第29話 健太郎、数人ごめん。ルール違反なのはわかってるの

4階建ての校舎より高い銀杏の紅葉も終わり、本格的な冬がやってくる。


田中君の厳しい指導は緩むことがなく、ハードな日々を送っているが、休みが全くないわけではない。オフの時はひと月に一回、日曜日のお休みが約束されている。

12月のお休みはいつにしようか、と幹部メンバーが考えた結果、クリスマスに近い日にしようという事になった。いつも厳しい練習についてきているメンバーに彼氏・彼女がいるメンバーもいるので、ご褒美替わりだ。



休みが決まると、お約束の様に、健太郎からお誘いを受けた。

「3人で東京に行って遊ばない?」

健太郎のわくわくした気持ちが、いつものまぶしい笑みに追加されている。

一緒にいる数人も、いつも通りの涼しい顔だが、普段の交流から、健太郎と同じく楽しみにしている事がわかる。

私は、裕子と雅美は別の用事があるとの事なので、2つ返事でお誘いに乗ることにした。

「と、言っても、まだノープランなんだけど、美佑の希望はある?あと数人も」

 と健太郎から希望を聞かれる。数人に対する希望の確認は、いささか雑ではあるが。

 私は一人で東京に行こうと思っていた。3人で東京に行くなら、用事を済ませたい。

 「だったら、楽器屋さんに行って、マウスピース(楽器に刺して音をだす)を選んでから、新宿のデパートでケーキを食べて、都庁の展望室で、東京の街を上から眺めて、最後はゲーセンで遊ぼうよ」

 と、提案してみた。

 健太郎は、私の提案にちょっとびっくりしながらも、

 「マウスピースって、美佑らしいね。僕ももう一本買おうと思っていたから、選びあおうよ。数人はマウスピースどうする?」

 同意し、数人に確認する。

 「そうだな。来年の定期演奏会の曲に合わせて、もう一本買おうかな」

 と、乗ってきた。健太郎は、

 「じゃ、3人で選びあうの、決定だね。それぞれ楽器を持っていかないといけないから、ちょっと大変だけど」

 行こうと思っている楽器屋さんは、試し吹きができる防音室を備えている。自分の楽器を吹きながら、ほしいマウスピースが選べるようになっているので、楽器を持っていく、という話になる。また、楽器屋さんは新宿に近いので、遊ぶのは新宿にしてみたのだ。



お誘いを受け、2人に聞きたいことがあった。

誘ってもらっているのに、このタイミングで聞くのはルール違反な内容だと思いつつも。勇気を振り絞って。

でも、顔を上げられず、髪がはらりと顔に落ちる。


「ところで、2人とも彼女とか好きな人、いるの?」

答えを聞くのが怖い。聞きだしたのは良いものの、膝の上で両手を握りしめ、瞳をふせてしまった。

聞いた以上、2人からどの様な返事をもらっても、目をそらしてはならない、という複雑な気持ちを持っている。

ただでさえも、もてる2人だ。近寄ってくる女子と、なにかあってもおかしくはない。


2人はしばらく黙っていたが、健太郎が沈黙をやぶり、

「彼女いたら、今日2人を誘っていないよ」

と、顔を上げた私の目をしっかり見つめた。

同時に数人も、

「俺もそうだ。逆に美佑には、彼氏とか好きな人はいないのか?」

と、目をそらさずに、私に問う。

私は2人に彼女や好きな人がいないことに、浅ましくも喜ぶ気持ちを抑えきれない。

数人の問いには、私は二人の目を見返して、

「私だって一緒だよ。消去法みたいにお誘いに乗っていてなんだけど」

と、お手上げと言う風に肩をすくめる。

私の様子を見た2人は小さく笑いはじめ、最後は私もまざり、3人で大笑いをした。


まだ、2人と仲間でいられる。私の恋が成就するより、今の関係が愛おしい。

仲間でいる方が優先なのは、人によっては私の恋は本物ではないと思うだろう。

けれども、恋という気持ちと、仲間でいる気持ちと、どちらを選べというなら、仲間でいる方を躊躇なく選んでしまうのだ。


ひとしきり笑ったあと、「当日は、3人とも最寄り駅が違うから、乗る電車と車両を決めて、合流しよう」

と、健太郎が、段取りを決めて、東京に行くことになった。

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