第28話 楽しい健太郎と拗ねた数人
今年もオフの時期がやってきた。
来年のプログラムも決まり、基礎合奏、慰問演奏の合奏練習に加えて、定期演奏会に向けた合奏も始まった。
3部は『プロコフィエフ』のバレエ組曲、『シンデレラ』に決まった。
『シンデレラ』がバレエになっていることも知らない私は、自分の学のなさに落ち込んだ。
去年までは派手な曲が多かったが、この組曲は、しっとりとした雰囲気の曲が多い。
曲の中には、もちろん12時の鐘が鳴る部分も含まれる。わかりやすいが、その分実力が試される。
そして、私にとっては意外なところで苦戦している。
ゆったりした曲なので、出番を待つ間、眠くなって仕方ないのだ。
眠たがりの私にとっては睡眠時間が少ない毎日なので、どうしても気怠くなり、眠くなってしまう。
「美佑、頑張って」
健太郎に注意される事が多くなってきた。
「こればかりは、僕がどうにかしてあげられない。他の人が吹いてるのをみて勉強する気持ちを忘れないで」
とうとう健太郎に、合奏中にも関わらず、厳しく注意されてしまった。
私は瞳を伏せ、縮こまってしまう。
そんな私を見かねた、数人が、こそっと、
「これをやる。どうしても眠くなったら、目の下に塗ると良い。あと、休憩時間には必ず顔を洗え」とあきれ気味に、メンソレータムを渡してくる。
塗ってみると、目元がすーすーして、確かに眠気がおさまりそうだ。
「これなら、大丈夫だと思う。2人ともありがとう。あと夜早く寝る様にするよ」
と、つぶやいた。
「頑張って」「頑張れ」と2人にそっと励まされる。
私は気合を入れなおした。
そんな私を見て、2人は口元を抑えて控えめに笑う。
このやり取りに気付いた、指揮者の田中君に、
「トランペット3人組、集中できない様なら、合奏から出て行ってくれ」
と厳しく注意されてしまった。
「「「失礼しました」」」3人で謝る。
2人を巻き込んで、注意されてしまってはいけない。
眠気は吹っ飛び、合奏に集中する事ができる様になった。
ただ、どうしても、と言うときは、メンソレータムの恩恵を受けている。
1年生5人組が部内で発表する、5重奏を行う事となって練習を始めた。。
それを聞いていた私は、自分もやりたくなって、健太郎に相談する。
「やってみよう。美佑にとって良い経験を積むことができるからね。」と、前向きに答えてくれた。
そうと決まると、健太郎は百合と相談し、2年生のメンバーを揃え、曲も選んでくれた。
トランペットは健太郎と私で担当することになり、数人はお目付け役だ。
明るい曲を演奏するため、普通は編成にない、パーカッション(打楽器)で花を添える事になった。
もちろん、メンバーは雅美だ。楽譜はないが、即興で演奏をしてくれる。
楽器は鍵盤ではなく、ドラムだ。
私は、雅美がドラムを叩く姿を初めて見て、惚れ惚れしてしまう。
この布陣を見た、百合の提案により、部内で発表会をすることになった。
みな、個人練の時間を少し割いて、金管五重奏の時間にあててくれる。
健太郎が言う通り、他の楽器と音を合わせる事によって、音の聞き分けができる様になり、音を合わせるための理解も深まった。
心が躍りっぱなしの、楽しい時間を過ごしているが、そんな私に付き合わせる5人は当然の事だという風に
「私たちも、いい経験になるから、美佑は気にしなくていいよ」
と言ってくれている。
半面、数人は
「俺も指導じゃなくて、アンサンブルに混ざりたい」
と拗ねてしまった。笑う顔は多く見せる様になったが、拗ねた顔は初めて見る。
健太郎は、数人に、
「交代で参加する?」とお腹を抱えて大笑いしながら提案した。
「悪いな」
数人は、ちょっと照れ臭そうな顔をしながらも、健太郎の提案を受ける様だ。
楽しそうな健太郎と、他のパートには笑顔を向けない涼しい顔の数人で、交互に参加する事になった。
対照的な音色、音楽の作り方が違う2人をトランペットのトップに据えると、健太郎の回と、数人との回とで、まったく違う曲に変化する事に驚きを隠せなかった。
楽しい日々は終わり、部内発表の日を迎える。
トランペットは健太郎と私で参加する事になった。
練習にあまり時間が割けなかったが、なんとか形となった演奏を披露する。
部員のみなは、惜しみない拍手をしてくれた。
私のわがままで始まったこのアンサンブルは、一応の評価を受けて、終わりを告げる。
私も、他のメンバーも、『いい経験ができた』といってお互い、笑顔を見せあっていた。
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