第24話 美佑の嫉妬と、2人の行動
定期演奏会を目前としても、3年生の出席率は悪いし、部長も指揮者も部員に対して弱いままだ。
須藤先輩は、他の3年生とは違い、練習を休むという事はほとんどないし、パート練でみなをまとめ上げている。
しかし、先輩は他の3年生の態度をみて、ずっと苦しんでいるように見えた。
トランペットパートだけが上手でも、意味がないのだ。私が先輩の立場だったらくじけていただろう。
先輩への恩に報いるのは、自分が上達する事だ、と思い、日々練習に励んでいる。日は浅いが、1年生2人も、須藤先輩に尊敬の念を抱いている様だ。
健太郎と数人も同じだと思っていた。なのに、状況が変わってしまった。
2人とも、パート練や合奏に参加できない日が多くなってきたのだ。
定期演奏会まで1か月を切ったが、健太郎と数人は、今日も合奏に参加できなかった。
理由は明確で、健太郎の場合は『副会長が、実は健太郎とお近づきになりたい女子の一人で、一緒に仕事をする時間を増やそうとしているから捕まっている』で、数人の場合は、『副部長の百合に引っ張りまわされている』だ。
健太郎の状況は、裕子が副会長の噂を聞いて、私が練習で困っていないか気にかけてくれたので、判明した。
数人に関しては、百合が数人の事が好きで一緒にいたいという狙いが見え見えで、そんな百合に引っ張りまわされている。
百合は気づかれていないと思っているかもしれないが、人のうわさをほとんどしない雅美が、
「関田さんって、どう見ても黒木君が好きなように思えるのだけれど」
と私に言うくらい、わかりやすいのだ。
私としては、健太郎と数人ならば自分でどうにかできるだろう、と思っている。
なのに、どうしてなにもしないのか、と悲しみ半分、イラつき半分、ストレスをためていた。
今日も居残り練の時間に音楽室にやってきて、何事もないように自主練を始めた2人をみて、私の中の何かが、ぶつっと切れた。
私は、2人の近くに行くと、
「健太郎も、数人も、部活と両立する約束で、生徒会長とか副部長を引き受けたんじゃないの?私の眼には約束を果たしていないように見えるんだけど」
と、努めて冷静に話した。
そんな私の言葉に、2人とも俯き、返答はない。
私の気持ちは怒りに代わり、手がぶるぶると震える。
「2人ともなにもいう事はないんだね。私は、約束を守ってくれるものだと思ってたよ。いつも私の事、助けてもらっていて悪いんだけど、2人を、正直見損なった」
感情が高ぶり、涙が止まらない。
「顔を洗ってくる。2人はもうちょっと考えて」
とだけ言い放ち、音楽室を飛び出した。
顔を洗っていると、ぐちゃぐちゃな気持ちが押し寄せてくる。
私は、約束を口実に、副会長と百合に嫉妬をしていたのだ。
嫉妬と言う醜い感情が私の心を抉り、みじめな気持ちが襲ってくる。
須藤先輩の怒った声が、音楽室から聞こえる。
「健太郎、数人、何をやっているの!早く美佑を追いかけなさい」
健太郎と数人は、須藤先輩の声に押されるように、私の所にやってきた。
2人は、辛さと後悔がまざった顔で、
「美佑、ごめん」
「美佑、悪かった」
と謝ってくれる。私は謝罪を受け入れたが、まだ2人にいう事がある。
「謝るのは私にじゃなくて、須藤先輩にでしょ?」
努めて冷静に、答えた。
2人ともおさまりが悪い顔で、同意してくれる。
私は、辺りに3年生がいないのを確認してから、続けて、
「2人が、両立させるためには、意味のない合奏に出るのより、自主練をしたいという気持ちがあるのもわかってる。でも、せめて須藤先輩のパート練には出てほしい」
これは譲れないと、お願いをする。
2人は、『わかった』と言う風に頷いてくれた。
音楽室に戻ると、儚い美しさを持つ先輩の顔が辛いものに変わって、
「ごめんなさい、美佑。本当は私が注意すべき事だったのに……」
と、謝ってくれる。
先輩が謝る事ではないのに……私は立ち尽くしてしまった。
思いを伝えるために、なんとか言葉を絞り出す。
「先輩が謝る必要はありません。私が勝手にした事なので、気にしないでください。悲しい顔の先輩をみるのは辛いんです」
先輩は私の言葉に、ぎこちないけれども、笑みを見せてくれた。
私が練習を再開すると、2人が須藤先輩に謝りに行っているようで、胸をなでおろした。
「僕たちさ、美佑にかっこいいところ見せたくて、生徒会長とか副部長頑張ったんだけど、逆効果だったね……」
「まったくだ。あんなに泣かせるつもりはなかった」
「何とかしないとね」
「ああ」
この健太郎と数人の会話を須藤先輩が聞いていたらしく、引退するとき、
「いい仲間ね。これからも仲良くね」
と、言葉を添えて教えてくれた。
居残り練が終わり、少し湿り気を帯びた夜風に押され、雅美と駅に向かっている。
私が落ち込んでいるように見えたのだろう。雅美が、
「あの2人の事は、私ですら、どうにかならないものか、と思っていたの。美佑が言ってくれてスッキリしたわ」と声をかけてくれる。
雅美の慰めの言葉に、
「これで2人も練習に出てくれるようになればいいんだけどね」
気持ちを切り替えて、くすくす笑いながら答えた。
それから2人は、なんとかやりくりをして、パート練や合奏に出席するようになった。
数人の場合は、本人がなんとかした訳ではない。
私が切れたとき、その場にいなかった百合に、派閥の友達が事の次第を話したらしい。百合も2年生の輪を乱していることに気が付いたのだろう。数人とは最低限の打ち合わせしかしないようになった。
驚いたのは、健太郎の行動だ。
今の状態が続くのなら、自分の罷免権を副会長に行使する、と宣言したのだ。
この噂は瞬く間に広がり、私の耳にも届いた。
しかし、再選挙が行われなかったので、事態は好転したようだ。
そして私は、決して健太郎を本気で怒らせないようにしないと、と肝に銘じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます