第21話 入学式と3人波乱の部活紹介
卒業式も終わり、少し冷たいが、春の気持ちよい風が私たちを包む。とうとう桜の咲く季節がやってきた。
桜を愛でる暇もなく、入学式で演奏する曲の練習が始まる。
先輩方が練習に来ないのでまとまらない。こんな演奏をしたのでは、入部希望者が減ってしまうのではないかと不安だ。
入学式に向けては、居残り練の時間を使って、校歌の合唱練習を行う。去年入学式で聞いた美しい合唱を、今度は自分たちが歌うのだ。
合唱は、声楽の先生である顧問の出番である。
指導がしっかりしているため、3年生もまとまってきた。指導力のある先生なのに、吹奏楽の面倒を見てもらえないのが残念でならない。
進級してから初めてのイベントである、入学式は何とか乗り切った。でも、昨年聞いた演奏とは程遠い気がする。
演奏を終えて音楽室に戻ると、パンの入ったケースが積み重なっていた。
これが何なのか、須藤先輩に聞いてみると、
「入学式で校歌を歌ったでしょ。学校から報酬がでるのよ」と、にこにこしながら教えてくれた。
中身を見てみると、購買で幻と言われている、チョコキャラメルパンだった。
みな喜んで食べている。私もこのパンを食べるのは初めてで嬉しい。
このパンを食べられるのならば、校歌なんていつでも歌うのに。
胸を高ならせていた1年前とは違い、欲の塊となっている。
まぁ、それだけ部活に馴染んできたのだろうと、自分なりに納得した。
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新入生が少し学校に慣れた頃、部活紹介が行われる。
どうやらこの行事は2年生が中心となるらしく、吹奏楽部は、健太郎・数人・私で演奏を披露し、化学部は、裕子が実験を披露する事になっている。
裕子は、凍らせた金魚を、生き返させるという実験を行うらしい。
健太郎と数人は『嫌な予感しかしない』と言っている。裕子には悪いが、私も同意見だった。
私たちの出番が回ってきた。『すごいイケメン』と後輩女子がため息を漏らしているのを意に介さず、数人の合図で曲を奏で始める。
入部希望者は増えるだろうか。そう思いながらも演奏は終了した。
私たちの次は裕子の出番だ。凍らせた金魚と、氷を解かす水を持って舞台に上がる。顔が真っ青で、かなり緊張している様だ。
そして事件は起こった。
金魚の氷を落としてしまったのだ。もちろん金魚はバラバラになる。
体育館は騒然となり、裕子は紹介もそこそこに、私たちのいる、舞台袖に戻ってくる。
裕子は半泣きで、
「失敗しちゃったよ……」と肩を落としていた。
そんな裕子を見て、健太郎と数人は『やっぱり』とは言えず、かける言葉を持ち合わせていない様だ。
私は、やっとのことで、
「楽器、片付けてくるから、一緒にお墓を作ろう」
と声をかけた。
少し落ち着いた裕子は、
「ありがとう」とだけつぶやいた。
私と裕子は、昨年私たちを出迎えてくれた、正面玄関の立派な桜の木の下にいる。
私は、
「ここにお墓を作ろう」
と言い、地面を掘り始めた。用務員の先生に事情を話し、スコップを借りていたのだ。
「そうだね」
裕子も地面を掘り、無事埋葬を終えた。
まだ立ち直れていない裕子に声をかける。
「坂口安吾の小説みたいだね」
「そうね。『桜の森の満開の下』でしょ?私、坂口安吾は好きじゃなかったんだけど、これから金魚の為にも、好きになるようにするよ」
流石、文学少女の裕子である。
スコップを返し、教室に戻る頃には裕子も落ち着いてきた。
裕子と私は2年生でも同じクラスだ。
落ち着いた裕子は、根本の問題に気が付く。
「部員が入ってこなかったらどうしよう……」
こればかりは、私でもどうにもしてあげられない。
「気にしない方がいいよ……」
これくらいの言葉をかけるにとどまった。
後日談として、健太郎から、
『すごい美人の先輩が、めちゃくちゃドジっ子だと判明し、気になる男子が化学室に押し寄せた』らしいと聞いた。
健太郎の情報網はどこまで張り巡らされているのだろうか。裕子はそんなことを一言も言っていない。
私はほっとしていいのか、何とも言えない気分になったのを覚えている。
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