第12話 2人との距離が近くなる

蝉の鳴き声がうるさくなり、遂に夏休みがやって来た。

クラスのみなは喜びにあふれている。各々遊びに行く約束等をしていて、教室の中は熱気を帯びていた。

みなとは対照的に、微妙な顔をしている友人に、夏休みの予定を聞いてみる。

「裕子は夏休みどうするの?」

「うーん、メインは予備校の夏季講習かな。美佑は部活一色でしょ?」

「そうなんだよね。休みはほとんどない……」

「本当なら遊びに誘いたいけど、無理そうだね。私は中学の友達と遊びに行くよ。あと、化学部の活動かな。文化祭の準備が始まるから」

九十九高校の文化祭は、9月末に行われる。夏休み中から準備をするのか、と思ってしまった。

「予備校に、準備と大変そうだね。私も裕子と一緒に遊びに行きたいんだけど、ごめんね」

がっくり、肩を落とした私に、

「気にせず、部活頑張って」

と言い、背中をバン、と叩いてくれた。

「ありがと。じゃ、休み明けに。いい夏休みを」

「じゃあね」

それぞれの夏休みが始まる。


8月頭に行われるコンクールまであともう少しだ。

レギュラーメンバーの顔つきも変わってきた。

レギュラーではない、俗に「降り板」(おりばん)というのだが、メンバーは、気持ちがだれない様に、レギュラーに向かって発表する曲を練習している。


降り板チームの指揮者は現在1年生で、3年生になったら指揮者になる田中君だ。もちろん強豪九十九東中出身で、なんとなく同じ中学出身の数人と友達っぽく見える。ぽい、のは、数人が誰とも親し気に接していないからである。

合奏はやはり、注意されてしまうのは、私の様な弱小中学出身者だ。技術不足なのはもちろん、次々と進んでいく、厳しい合奏の経験がないのも原因だろう。

やはりへこんでしまうが、逆に成長できる機会ととらえて、注意を受けたところを居残り練で復習する。


今日も合奏前に基礎練習を行っている。そうすると、健太郎がやってきて、

「曲の音程が合わないところを一緒に練習しない?」

と、ありがたい申し出をしてくれた。私は合奏で音程の悪さを指摘される事が多いので、健太郎が気にかけてくれたのだろう。

「ありがとう。ついていくのが精一杯で」

日頃口に出せなかった悩みを吐露した。

「美佑が吹ける様になるまで付き合うよ。合奏前は基礎練で忙しいだろうから、居残り練でやろう」

「ごめんね。自分の練習もあるだろうに、付き合わせてしまうけど大丈夫?」

「これくらいなら、なんともないよ」健太郎はいつもの笑顔で答えてくれた。


居残り練で、健太郎と一緒に練習していたら、数人がやってきた。

「音合わせするなら3人の方がいいだろう。俺も美佑が吹ける様になるまで付き合う」

ちょっと苦笑いしながら、申し出てくれる。

数人が練習の事で、何か言ってくるのは初めてだ。苦笑されるのは仕方ないが、いつもの無表情よりずっといい。

「ありがとう。数人も自分の練習もあるだろうに、付き合わせてしまうけど大丈夫?」

「これくらいなら、なんともない。後は早く美佑がうまくなってくれれば負担が少なくて済む」ふっと、笑われた。

「早く追いつけるように頑張るよ」

こうして、居残り練は3人で行うことになった。

私は素直に、

「2人が仲間になってくれて本当に嬉しいよ」

と、2人に伝えると、それぞれ、ちょっと照れ臭そうに『仲間だと思っているよ』と返してくれた。

そうして3人で練習する日が始まった。

一緒に吹くと勉強になることが多い。2人のすごさを実感している。


居残り練が終わるのは、レギュラー組も降り板組も一緒だ。

でも、私は一人で帰っている。

まぁ、駅の先からは岩沢先輩と一緒に帰ることに変わりはないが。

雅美に、広末先輩と一緒に帰るように提案したのだ。同じ中学出身で、帰る方向も同じだから、できるだけ一緒にいてもらいたいと。

「ごめんね。ありがとう」

花がそっとこぼれるような、控えめの笑顔で喜んでくれた。頬が少し赤くなり、嬉しさに恥ずかしさも混ざっている様だ。

「私の事は気にしないで。雅美が喜んでくれるのが嬉しいんだから」

雅美の嬉しさが伝わり、私は笑顔で答えた。


「あ、ごめん」

居残り練を3人でしていて、私は盛大に間違えた。

恥ずかしさのあまり、あわあわしてしまう。

2人は、思わず大爆笑だ。健太郎の笑顔は見慣れているが、数人の笑顔は珍しい。数人は、3人でいるときは、少しではあるものの、思ったことが顔に出ている時がある。

「練習で間違える個所は、本番でも間違う可能性が高い箇所になるから、気を引き締めて」

笑いをおさめて、健太郎が注意をしてくれた。厳しさも優しさのうちだ。

練習が終わり、私が帰り支度をしていると、健太郎と数人が毎日何か話をしている。今まで、2人は他人行儀だったが、打ち解けてきて嬉しい。どんな会話かは知らないが。

「今日の美佑も面白かったね」

「確かに。普通間違えるか?あんな個所」

別の日は、

「美佑って珍獣っぽいよね。かわいいけど、きょどっているというか」

「おとなしくしていれば、かわいいのにな。もったいない」

とか。

ある日は真剣に、

「美佑は気が強いよね。僕たちはかなり厳しく接しているけど、ついてこれるよう必死に努力しているからさ」

「そうだな。練習を熱心に続けるには、気の強さも必要だろう」

「でも、見かけは柔らかそうでかわいらしいのにね」

「同感だ」

2人は今でも話していた内容を教えてくれない。何度聞いてもはぐらかされたままだ。

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