第11話 鈍感な私の悲しい野球応援
落ち着く暇もなく、本格的な夏がくる。
夏と言えば、吹奏楽部はコンクール、野球部は甲子園である。
野球部の県大会が始まるので、壮行会を行う事になった。
壮行会と言っても、全校集会の場で、『狙い撃ち』を演奏するだけであるが。
演奏はトランペットのみで行うので、選ばれたのは、健太郎、数人、私の3人組となった。
全校集会はグラウンドで行われる。夏の日差しが容赦なく降り注ぎ、体育座りのみなはぐったりしている様に見えた。出番を待つ中、手の中にあるトランペットが熱くなっていく。
「暑いから、さっさと吹いて教室に戻りたいね」
私は2人に語りかけた。
「そうだね」
「そうだな」
3人一緒にクスクス笑いながら出番を待つ。
演奏の方は、難しい曲ではないのと、一緒に演奏するのが1年生2人という事もあり、気楽に吹けた。ぐったりしたみなは、多分うるさいぐらいにしか思っていなかっただろう。
事件は、教室に戻ってから起こった。
いきなり、クラスの女子に厳しい顔で問い詰められる。
「なんで、増田君と黒木君と一緒にいるわけ?」
と、言われても何の事だかわからない。なので、
「吹奏楽部で一緒にトランペットを吹いているだけだよ。なにか問題ある?」
と、事実をそのまま話す。私の様子がとぼけているように見えるのだろうか。女子達の表情が更に険しくなっていく。聞くに堪えない金切り声で、私の事を責め立てた。
「あんたみたいな女が、2人と一緒にいるなんて許せない」火に油を注いた様だ。
『あんたみたい』と言われるのは心外だが、クラスでの地位を上げるよりも、吹奏楽部に精を出しているので、下に見られるのは仕方ないとも言える。
「一緒にいたいのなら、吹奏楽部に入って、トランペット吹く?練習めちゃくちゃ厳しいよ」
冷静にそう返すと、みな一様に顔を見合わせ、渋りながらも、反論してこない。
「何をしているの?」
騒ぎは他のクラスにまで広がり、聞きつけた健太郎と数人がやってきた。
数人が私を背でかばう。
「石原さんが言う通り、吹奏楽部で一緒にトランペットを吹いている仲間なだけだよ。彼女は僕たちを追いかけてきたわけではなく、一緒に入部したんだ」健太郎が、目の奥が笑っていない笑顔で弁明してくれた。数人は顔が見えないが、いつも通りの無表情だと思われる。
「そ、そういう事なら仕方ないわ」
女子たちも溜飲を下げ、ばらばらに散って行った。
「増田君、黒木君、ありがとう」
下の名前で呼ぶと、せっかくおさまったのに燃料を投下してしまうので、苗字呼びにする。
2人は軽くうなずくと、自分のクラスに戻った。
人だかりが消えた後、裕子の所に向かうといつになく、真剣な顔で問い詰められた。
「大変だったね。でも、美佑。あの2人と一緒にトランペット吹いているのは本当なんだ」
「そうだよ。2人と一緒で何が問題かわからないんだけど」
さっきから、何がおきているのかわからず、おろおろする。
裕子は大きなため息とともに、机に突っ伏して説明をしてくれる。
「え、知らないの?増田君と、黒木君は、女子の人気を2分しているんだよ」
ちょっとあきれ気味だ。
「全然知らなかった……」
「もしかして、彼らがイケメンなのにも気付いていない?」
「言われてみればイケメンかも……」
健太郎は正統派イケメン、数人はクールなイケメンで、お近づきになりたい女子が多いそうだ。しかし、2人とも寄ってくる女子に目もくれない。そんな中、親し気な女子(私)が現れたから、問い詰められたのだ。
「気付かない、って美佑らしいね。今日は撃退できたみたいだけど、ダメな時は助けるからね」私の腕を小突いて、あはは、と笑いながらそう言ってくれた。
「ありがとう。持つべきものは友達だね」小突き返す。
「お任せあれ」
彼らがイケメンだろうが何だろうが、一緒にトランペットを吹く仲間には変わりない。これからも2人に対する態度は変わらないだろう。
後から知る事になるのだが、健太郎と数人が、この事件の後も相変わらず寄ってくる女子をなんとかしてくれたらしい。靴に画びょうを入れられずに済んだのは、健太郎と数人のおかげだったのだ。
でも、健太郎がなんとかするのは想像できたが、数人がどうしたのかは、いまだに想像がつかないままである。
野球部の県大会が始まった。
高校の吹奏楽部ならではの、野球応援だ。中学の頃、応援ができるのも楽しみにしていた。念願が叶って、トランペットで華やかに、応援するはずだった。そう、だったのだ。
曇り空で、湿っぽい空気が重苦しい。そんな中始まった試合は、攻撃が続かない。
攻撃の時にしかトランペットの出番はないので、ほとんど、ただの試合観戦で終わってしまった。気まずい雰囲気の中、初戦敗退した野球部員の涙で更にテンションが下がる。
健太郎にしては珍しく、さえない顔だ。
「野球部には悪いけど、なんだか疲れたね」
私の疲労は心理的なものだろう。
「そうだね。疲れたね」
数人も珍しく、げんなりしている。
「確かに疲れたな」
「学校に帰ったら練習だよね。もう、真っ直ぐ家に帰りたい」
思わず弱音が口から出た。
「確かに、練習中、モチベーションを保つのは難しいな」
数人も同感らしい。
「そんな事言わずにさ、って言えないよ」
健太郎も後ろ向きの発言だ。
だからと言って、練習をサボる訳にはいかない。重い足取りで、音楽室に向かう。
練習はコンクールに向けての合奏なので、レギュラーではない3人は自主練である。レギュラーで応援に行ったメンバーも、モチベーションが下がっていた様だ。指揮者の先輩はみなの様子に切れてしまい、合奏は厳しく終わったと、岩沢先輩が嘆いていた。
練習が終わっても、みなの疲れ切った顔が元気になる事はなく、私も同様だっただろう。
3年生には悪いが、来年は晴れやかな気持ちで応援出来たらなと、思ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます