第10話 広末先輩好きですーーー雅美の成就しない恋
定期演奏会が終わり、今度はコンクールに向けた練習が始まる。
コンクールには定員があるので、レギュラーに選ばれないと参加する事ができない。
私は当然の事だがレギュラーではなく、健太郎、数人もレギュラーには選ばれなかった。
トランペットの枠は5名。先輩方は上手なので、1年生の出る幕はない。
雅美はレギュラーに選ばれた。
課題曲と自由曲を演奏しなくてはならないが。課題曲に木琴が難しい箇所があり、雅美しか演奏できなかったためだ。
私は、雅美がレギュラーに選ばれた事が本当に嬉しかった。
「雅美、レギュラーおめでとう。頑張ってね」
「ありがとう。頑張るしかないわね」
いつもの様におっとりと、気負うことがなく返してくれる。
雅美は、目にも止まらぬ速さで、しかも『こんなに木琴の音って澄んでいるんだ』という音を響かせながら、難しい箇所を演奏する。
いつもの様子からは、恐ろしいほど早く木琴を叩く姿が想像できない。1年生でレギュラーになれるのにも納得だ。
本格的にコンクールの練習が始まる前に、入部して初めての1日休みが与えられた。
私は、須藤先輩がマウスピース(楽器に刺して音をだす)を選んでくれると言うので、東京の楽器屋さんに行く予定だ。
先輩の貴重な休みを使わせてしまって申し訳なく思ったが、先輩は『後輩の面倒を見るのが先輩の役目なのだから気にしないで。こんなに早く選びに行けるようになるなんて、嬉しいわ』と言ってくれたのだ。
雅美はどのようにすごすか聞いてみた。すると、雅美は、
「あのね、広末先輩から、一緒に出掛けないかと、誘われたの」
顔をほんのり赤くして、おずおずと教えてくれた。続けて、
「私、広末先輩が中学の時から好きで、この高校を選んだのも、吹奏楽を続けるというのが大きな理由でもあるけど、やはり先輩を追いかけてきたというのもあるの」
真剣な眼差しで教えてくれた。
こんな事を話してくれるなんて、信頼してもらっている証だと思う。
「もちろん、行くんでしょう?」
「うん。それと勇気を出して、告白しようと思っているの」
意を決したようだ。雅美は強いな。
「うまくいくことを祈っているよ。いつも練習の合間に話している2人の姿を見ているけど、お似合いだと思っていたんだよ」
私は普段、感じていたことを口にする。
「ありがとう」
雅美は少し肩の力が抜けたようだ。
「差し支えなかったら、どうなったか教えてね」
「わかったわ」
休日はあっという間に終わり、再び練習の日々が開始した。
練習が終わると、雅美が、弱弱しく、
「今日は居残り練習しないで2人で帰ってもらえないかしら」と言ってきた。
そんな事は初めてだ。
「わかった。健太郎と岩沢先輩に一緒に帰れないと伝えてくるね」
「そうね、いつも一緒だものね」
ちょっと苦笑いされた。
駅に着くまでは、2人とも無言だった。夕方になっても温度が下がらない風をうけつつ、足早に自転車をこぐ。
「あのね」
いつもより帰る時間が早いので、まだ夕焼けの残滓がある。明かりがつき始めた駅の照明のもとで、雅美が意を決したように口火を切った。
私は、無言のまま、雅美の次の言葉を待つ。
「広末先輩も私の事を好き、って言ってくれたの。でもね、先輩は不治の病で、この先は安静にすごさなくてはならなくて、出歩くこともままならなくなるのだって。だから、付き合うことはできないって。期待させてはいけないのはわかっているのだけど、どうしても一緒に出掛けて、好きだと伝えたかった、って」
涙でハンカチを濡らしつつ、語ってくれた。
あまりの事に言葉が出ない。どうして神様は残酷なのだろう。悔しさに唇をかむ。
雅美は続けて、
「それでも構わないと言ったのだけど、先輩の負担になる事に気が付いて、付き合う事をあきらめたの」
涙目をまっすぐ上にあげて、言い切った。
「よくそんな決断ができたね。雅美は強いよ。私なら耐えられない」
月並みな事しか言えない自分が情けなくなってきた。泣きそうになるが、私が泣く訳にはいかない。
「付き合わないと言っても、両想いなのがわかって嬉しかった。私は、きっとずっと広末先輩が好きなのだと思う」
自分の思いを話したからだろう。涙目で、ふ、と笑った。
「雅美。広末先輩と付き合う事は出来ないと思うけど、工夫すれば一緒に居られるんじゃない?私も考えてみるよ」
と、雅美に話しかける。
「そうね。励ましてくれてありがとう」
雅美は少し気が晴れた様な顔を見せてくれた。
私に、雅美のように一人を思い続ける日が訪れるのだろうか。人を本気で好きになった事がない私には、想像がつかない。この時は、そう思った。
本数の少ない電車が着くころには、雅美も落ち着いて、お互い帰路につく。
その後だが、広末先輩は、30歳を迎えずにこの世を去った。
そして雅美は、いまだに独身だ。
期末テストは岩沢先輩の厳しいご指導で、無事赤点を取らずに済んだ。
先輩は教え始めると、絶望した表情になったが、根気強く教えてくれたのだ。
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