第7話 数学の出来事。そんなに笑わなくたって(涙)

学校には残酷な行事がある。

中間テストだ。


6月に行われる定期演奏会の練習が本格化していく中、行われたテストで、私は赤点をとってしまった。教科は数学である。

私は数学が大の苦手だった。どれくらい苦手かというと、中学の時にほかの教科と偏差値が10以上離れていたくらい苦手だった。この高校に入れたのは、他の教科で点を稼いだからだ。

赤点者は追試だ。今回の数学は難しかったらしく、追試対象者は2クラスの人数にのぼった。その中には裕子もいた。数学の時間に太宰治を読んでいるのだから、当然の結果だ。

試験期間が終わり、また部活に集中してしまった私は、追試を突破することができなかった。

追試を突破した裕子は、なんとも言えない顔で、

「頑張って、としか言えない……」

と、微妙な励ましをしてくれた。

追試を突破できなかった者には追追試が待っている。

試験を受けるため、部活は遅刻になる。他の部員に遅れる理由を伝えなくては、と焦る。

こんな時に限り、雅美や健太郎がいない。

辺りを見渡すと、数人がいた。

「ごめん、数人。今日の出席の時に『追追試で遅れる』って伝えてくれないかな」

そうお願いすると、数人は、肩を震わせている。どうやら爆笑したいらしい。自分が追試を受けていないからといって。失礼なやつだと思いつつも、数人と着実にコミュニケーションがとれているな、とも思う。

「とにかく、お願い」

そう言い残して、追追試が行われる教室へ向かった。

試験が終わり、いつもの通り基礎練習に励んでいると、数人がやってきた。

数人の方からやってくるのは初めてかもしれない。健太郎は、合奏の合間にちょくちょくきて私の隣に座り、色々アドバイスをしてくれるのだが。

数人は、私の対面に立ち、話を始めた。

「頼むから、もう二度と『追追試で』とか言わせないでほしい。みんなが笑いをこらえているのを見るといたたまれない気分になる」

いつもと表情は変わらないが、どうやら文句を言いに来たらしい。

情けなさと、恥ずかしさが混ざってうつむきながら、今日伝えさせてしまった事に謝罪の言葉を口にする。

「ごめんね。でも今回は勉強したから多分大丈夫」

「本当だろうな。頼むよ本当に」

念を押してから、合奏へ向かっていった。今日の合奏に私の出番はない。部活終了まで、基礎練習に励む。

その後、追追試は突破したので、数人や健太郎に迷惑をかけずに済んだ。



今日も居残り練習である。

駅で、雅美と健太郎にさようならをすると、いつも通り岩沢先輩が待ち受けていて、自動販売機の前まで行く。夜でも風が幾分か熱くなってきた中、会話が始まった。

「追追試、びっくりしたぞ。思わず笑いそうになった」いたずらっ子の笑みだ。

「すみません」

何に謝ればいいのかわからないが、とりあえず謝ってみた。多分情けない顔をしているだろう。

「数学、苦手なの?」

「はい」どれだけ苦手か熱弁をふるった。

先輩は爆笑しながらも、

「次の期末は、数学教えてあげるよ」

と、ありがたい提案をしてくれる。

初めての部長挨拶の時に、確率論をぶちかました件について、健太郎から、『岩沢先輩は予備校に通っていないにも関わらず、全国模試で10位以内をキープしており、東大確実と言われている』と教えてもらっていた。九十九高校には理数科があり、普通科と偏差値が5以上離れている。もちろん岩沢先輩は理数科で、私を含め、周りはみな普通科である。そんな先輩に教われるならば、期末は安泰だ。

「ありがとうございます。でも、先輩も試験がありますよね。ご迷惑になりませんか」

「それは大丈夫だから気にしなくていいよ」

涼しい顔だ。流石である。

「天才と聞きました。勉強ができるこつ、ってありますか」

思わず聞いてしまった。

「天才かどうかは別として……うーん、こつと言うものはあまり考えたことはないけど、努力はしているな。努力をしている事をみなに知られると恥ずかしいから、石原の中でおさめておいてほしい」照れくさそうに、お願いされた。

「わかりました。誰にもしゃべりません」

「じゃ、数学教えるのは決定だね。試験の部活動禁止期間に入ったら、音楽室に来るのを忘れないで。この期間の音楽室は、勉強するために結構人が集まっているよ」少し誇らしげだ。

「ありがとうございます。期末は乗り越えられると思い、ほっとしました」

先輩は、私の言葉通りにほっとした顔を見て、

「それはよかった。じゃ約束な。気を付けて帰れよ」と、帰って行く。

「はい」自転車をこぐ足が軽くなった。

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