第6話 優しい先輩達と

6話目分割しました。


1年生だけで、セッティングが始まった。

私は須藤先輩から、曲ごとのセッティング内容を教えてもらっていた。『知っていたほうが、知らないよりスムーズにセッティングができるからね』と。

準備が始まった。百合の監督の下でのセッティングだ。

「石原さん、セッティング違ってる!」

と、危惧していた通りになってしまった。自分より下と認識し、派閥にも入っていない私をいじめる事にしたらしい。私は須藤先輩に教わった通りにセッティングしているというのに。

「あってるよ」須藤先輩が助け舟を出してくれた。

百合も先輩には逆らえず、

「自分が間違っていました」と、悔し紛れに謝罪する。

セッティングが終わった後、須藤先輩が私にだけひっそりと、

「なにあの1年。美佑、目をつけられているの」

不快感を隠そうともせず、聞いてきた。

「どうやらその通りです。自分の派閥に入っていないからだと思います」

私も先輩の前では素直に愚痴をいう。

「くだらない。明日から見張っておくから」

美しい顔が歪みながらも、ありがたい申し出をしてくれた。

「本当に何から何までありがとうございます」

心の底から感謝だ。私のほっとした様子を見て、須藤先輩も穏やかな表情に戻る。


百合に不当なダメ出しを受けてから、セッティングは須藤先輩が見張り役として、1年生と同じ時間に来てくれるようになった。百合も先輩の前では、正しい指示をするしかなく、イライラをため込んでいそうだ。

そんな中、須藤先輩がセッティングに間に合わない日がやってきてしまった。

やはり百合から強烈なダメ出しがでて、セッティングが終わらなさそうになる。

前々から健太郎も数人も百合に注意しようとしてくれていたが、男子は打楽器の準備で忙しく、声をかけてもらえないままだ。

流石にあっていると、言おうとした瞬間だった。

「セッティングあってるぞ」

たまたま、佐久先輩が先に音楽室に来ていた。

「なに石原、毎日こんななのか?」いつになく、真剣な顔だ。

「いつもは須藤先輩がいるので、スムーズにセッティングできるのですが、今日はいなかったからだと思います。関田さんは間違った指示をするので」

「なんだそりゃ。先輩がいないと正確に指示できないのか」

と、百合に向かい、強烈な一言をはなった。

「指示できています。先輩に頼っているのは石原さんだけです」と、不貞腐れた様に返事をする。

だが、その一言は、佐久先輩の逆鱗にふれた。

「お前、関田といったか。礼儀も知らないんだな。

石原は須藤に聞いた通りセッティングしてるんだよな」

「セッティングは全て頭のなかに入っています。先輩方が合奏に専念できるようにと」

「わかった。岩沢!関田に注意するように言ってくれ」

流石に百合もたじろいでしまう。いじめているのが、部長に知られることになったからだ。

佐久先輩は、いつも朗らかだが、怒るとめちゃくちゃ怖い事を知った。

「なんだ、佐久。なにかあったのか?佐久が僕を呼ぶなんて」

「石原が関田にいちゃもんをつけられている。トランペットのセッティングがあっているのにあっていないと。須藤や俺の言うことをきかないから、お前の出番だと思ってな」

「わかった。関田、出欠確認が終わったら、音楽準備室にこい。あと森もだ。副部長として監督責任があるからな」

「「わかりました」」

音楽準備室でどんな注意を受けたのかはわからないが、以降はいちゃもんをつけられることはなくなった。

ただ注意を受けたことに納得してはいないようで、私への謝罪はなく、無視される事となった。

友達は雅美がいるし、セッティングはわかっているので、支障はない。

手を差し伸べてくれえる人が周りにいるのは、本当に心強い。


「美佑、ごめんなさいね。でも、良かったわ」

雅美も気にしていたらしい。彼女も派閥に入っていないが、強豪中出身ということで、百合も強く出られない。雅美も男子と一緒に打楽器のセッティングをしているので、気がかりだったが、百合に注意できなかったと謝られた。

いつも通り、駅までは雅美と健太郎と一緒に帰っている。百合の事については男子の間でも、百合の私への態度を見て、不快感を抱く者も多い、と健太郎が話してくれた。『悪口は言いたくないけどな』、と、普段の明るい表情を曇らせ、ぼやきつつ。私が言うのもなんだが、できれば悪口を言いたくない、という点については、健太郎に同意したい。



駅で2人と別れると、岩沢先輩と一緒に帰ることが日課?になっている。いつも通り、自動販売機の明かりのもと会話がはじまった。

先輩はいつになく真剣な顔で、

「関田の件、僕に言ってくれればよかったのに。一緒に帰っているんだから。もっと早く問題解決したぞ」と言って、手を差し伸べてくれた。

「忙しい岩沢先輩のお手を煩わせると悪いと思い、今まで黙っていました。これからは、お言葉に甘えて相談しようと思います」

「迷惑とか考えなくていいぞ」いつものいたずらっ子の表情になった。

「ありがとうございます」安心した自分の顔が緩んでいるのを感じながら、お礼をいう。

「じゃあ、そういう事で。気を付けて帰ってな」

「はい。先輩もお気をつけて」

気がかりがなくなり、明日からはまた練習に専念できるな、と安心した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る