第5話 部長の先輩と一緒に帰る事になりました

健太郎と雅美と別れて、帰ろうとしたところ、私を呼ぶ声が聞こえた。

「おーい」その声の方向にふりかえる。

「石原は、駅の先に帰るのか?僕もその方面だから一緒に帰ろう。なかなか一緒の方面にむかう仲間がいなかったからな」

部長の岩沢先輩だった。

「私でよければ、ご一緒させてください」

お互い自転車をこぎ始めた。初めて会話をする先輩と言う事と、部長と言う事もあり、声をかけられて心臓が口から出てしまいそうな位、びっくりした。一緒に帰るといっても縦列で走っていることもあり、会話が続かない。


走ってほどなく、自動販売機がある場所に着いた。あたりはもう暗くなっているので、自動販売機の明かりの中で会話が始まる。

「なにか飲む?おごるぞ」

最初は遠慮したが、先輩は後輩におごるものだと押し切られた。

「ありがとうございます。じゃあ、ウーロン茶で」

「了解」

手渡されたウーロン茶に口をつける。緊張で味がわからない。

緊張した様子をみて、先輩が会話を始めてくれた。

「石原は、部活に慣れたか?初心者同然となるから厳しいだろう」

「はい。厳しいですけど、九十九高校吹奏楽部に入部できたことが嬉しくて、みんなと一緒に合奏ができるように頑張りたいです」

先輩は私の言葉を受け、

「僕も最初はそうだった。今もなんとか合奏に参加している、という状態だからな」

苦笑いをして、そう語った。

岩沢先輩は、弱小中学出身と聞いている。

「石原は毎日居残り練習をするの?」

「はい、そのつもりです」

「僕は部長で、音楽室の鍵を閉めないといけないから、必然的に居残り練習なんだよ。

明日も駅から先からは一緒に帰ろう」

よほど、一緒に帰る人ができて嬉しいのだろう。私は二つ返事で了承した。

お互い飲み物がなくなると、

「じゃあ、帰るか」

「はい」一緒に帰ってくれる人がいるのは私も嬉しい。

「朝練、遅刻するなよ」

先輩は部活中では見せないであろう、いたずらっ子のような顔で茶化された。

そんな先輩の顔を見て、帰ろうと自転車とこごうとしたら、体制を崩してしまう。

先輩は、さっと私の手を取ってくれた。

「大丈夫か?」

暗い明かりの元なので、はっきりとは見えないが、先輩の顔がほのかに赤いように見える。

私は、完全に赤くなっているだろう。

なんてドジなんだと後悔しつつも、

「大丈夫です。すみません」

ドキドキする胸でなんとか答えた。


自動販売機がちょうど、先輩と分岐する場所であり、ここからは1人で帰る。


明日からは朝練だ。朝が超弱い私は自分で起きることができない。母親に起こしてもらうようにお願いした。

「起こすのはいいけど、二度寝しないでね」

ありがたいお言葉を胸に、ベッドに入る。

おかげで朝練には遅刻せずに済んだ。



「結局裕子はどの部活に入ったの?」仮入部期間が終わったので、聞いてみる。

クラスの親友になった裕子と、いつも一緒にお昼ご飯を食べている。部活で忙しい私にとって、クラスメイトとの交流は、休み時間だけだ。

「化学部に入ったよ」斜め上の回答に、私は目を白黒させながらも、

「え、化学部?どうして入りたいと思ったの?」と、聞いてみる。

「実験をやっているのを見て。面白そうだなって」

裕子と話しているうちに、彼女が変わり者だと思い始めた。美人なのに、ちょっと残念な感じで話を聞いている。

太宰治が大好きで、授業中「人間失格」を読んで悦に入り、更には京都御所に住みたいとか、持統天皇(女性の天皇)が憧れだと相当だ。夢が叶ったら、私の事は『お菊』という名の女中として雇ってくれるらしい。でもそんなところも楽しいので、一緒にいて本当に飽きない。

「化学部だと、文化祭で実験したり、成果発表したりするんでしょう?私絶対に見に行くよ」

「ありがとう。楽しみにしていてね」

そんな話をしていると、お昼休みの終了を告げるチャイムがなった。



部活にも慣れてきたころ、仮入部1日目に説明があった通り、副部長の森先輩から『1年責任者』を決めるようにいわれた。

1年生同士で話し合わないといけないのだが、音楽準備室は先輩も使っていて、使用することができない。私たちは、放課後、みなが帰った後の教室を使うことにした。

「一年責任者をやりたい人」

関田百合が口火をきった。最初に会った時から、仕切りたがり屋の雰囲気を醸し出していたが、本当に仕切りたがり屋のようだ。百合は辺りを見渡し、みなに確認をとる。

「いないなら、私でいい?」

いいもなにも、誰にも反論はさせず、百合はやる気満々だ。

こうして、あっさりと1年責任者は決まった。

決まったものは良いものの、私は関田百合に苦手意識を持っている。

彼女も弱小中学出身で、私も弱小中学出身だといったら、値踏みするような視線を感じ不快だった。また、1年の人数が多いことから、自分中心の派閥を作ろうとしている。

『そんなことより、練習に専念すべきでしょうに』と、雅美も不快感を覚えているようだ。そんな雅美と私はもちろん派閥には入っていない。

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