第4話 厳しい練習の始まり
仮入部2日目。
昨日、先輩から説明のあったセッティングを行うために、授業が終わったら速攻で音楽室へ向かわなくてはいけない。
「早速大変そうだね、頑張って」と、裕子が声をかけてくれたが、お礼もそこそこに教室を出る。授業が終わって混雑している廊下を、すり抜けながら速足で向かった。
音楽室に入ると、昨日の1年生メンバーが集まり始めていた。
健太郎が、
「多分、1年生の準備は厳しくなるだろうから、お互い気を引き締めて頑張ろう」
と、昨日に引き続き声をかけてくれる。
昨日と変わらず、眩しい笑顔だ。
流石の私も、笑顔にどきどきする。と同時にこれが健太郎の通常運転なんだろうな~と思ってしまった。
でも、こんなに男の子に親切にしてもらう事は初めてだ。健太郎の面倒見がいいのに驚いている。
ま、数人(すうと)は、絶対私に声をかけないだろうな。気難しそうだし。
セッティングが始まり、森先輩から厳しい指示が飛ぶ。
「そこの配置が違う!」フルート志望の子が注意を受けていた。私も注意されないよう、先輩の指示を忠実に行う。毎日このセッティングをやるのかと思うと、気が滅入るが、準備しないと始まらないので、重要な仕事だ。
セッティングの20分が終わり、練習が始まる。
昨日説明のあった、部長による出欠確認だ。
「〇〇」
「はい」
部長は名簿を見ていない。部員全員の名前を記憶しているようだ。
「これから仮入部生の出欠を行う」
スピードがある出欠を聞いて、きちんと返事ができるか、ちょっと不安になる。
「石原」あいうえお順なので、最初に呼ばれた。
「はい」確かにテンポが速いのと、部長が仮入部生も覚えているのは驚きだ。
「出欠確認は以上。各自練習を始めてください。合奏は17時からだから、遅れないように」
「はい」
みな、それぞれの練習を始めた。
「トランペット借りてきたから、今日は楽器を使って練習をしよう」
中学まで使っていた楽器は、グレードが低く使えない。
どうしたらよいのか。
右往左往している私に、昨日色々教えてくれた須藤先輩が声をかけてくれた。
早速楽器を借りてきてくれたようだ。
「ありがとうございます」貸してくれた先輩にもお礼を言う。
今日は、楽器の正しい構え方と姿勢。音をまっすぐのばす、腹筋を使ったロングトーンと言う練習。あと、耳でチューニング(音程合わせ)を行うことを教わった。
なにもかもできないので『初心者と同じ』という言葉が胸に刺さる。
耳で行うチューニングは今までは全くやった事がなく、でも、先輩が吹く音を聞いてチューニングをしなくてはならない。
「合奏に参加するときは、耳でチューニングすることになるから、耳で聞き分けられるようにしておいて。こればかりは教えることが難しいから、まずは他の人が吹くの音と自分の音を同時に出したときにうねりが聞こえないようにすること、くらいしか助言できないわね」
「ありがとうございます。教えていただいた練習を始めてみます」
合奏が始まる時間となる。
「今日も合奏をみる?」
「いえ、ついていけないのが身に染みたので、基礎練習を続けます」
「了解。その調子で頑張って」
私は基礎練習を始めた。音楽室は合奏で使うので、練習場所は、基本、音楽準備室だ。
一人で練習することに一抹の不安を感じたが、教わったことを復習しながら楽器を吹く。
しかし、この音楽準備室は、私同様、基礎練習を行っている人も多く騒々しい。自分の音がわからなくなるので、音楽室へ向かう廊下を練習場所とする事にした。基本、邪魔じゃなければ、どこで音を出しても構わないと言われている。
実力が全くないので、今年の定期演奏会には出られない。来年は出ることを目標として、練習あるのみだ。
仮入部期間も終わり、正式に部員となる日がきた。今までは、途中で帰っていたが、最後まで練習するのと、居残り練ができるようになった。
居残り練を行うと、終了は19時近くなる。また、朝練の参加も必須だ。
私は、目覚ましがなっても起きることが出来ないほど朝が弱いので、起きられるか不安である。ここは母の手を借りようと思った。
終了時間まで練習していると、練習終了の部長挨拶を全員で聞くことになる。改めて辺りを見渡すと、男子が多い。吹奏楽部は女子のイメージがあったので、驚きだ。
森先輩が号令をかける。
「起立、礼」
部長の挨拶が始まった。
「新入生の皆さん。この部活を選んでくれてありがとう。厳しいと思う人もいると思うが、精一杯、頑張ってほしい。
また、担当する楽器も決定した。この組み合わせは、何万通りあるなかの、奇跡の組み合わせだ」
と、いきなり確率論をぶちかまして、みながざわつく。(そして私にはさっぱりわからなかったが、理数系の健太郎に聞くと正確な確率を即興で計算していたらしい)
そんな部長が挨拶を閉める。
「とにもかくにも、これからよろしく」
「礼」また森先輩が号令をかけ、
「本日の練習は以上です。明日の朝練は7時からです。遅刻することがないように」
「「「はい」」」と全員が返事をして、部活が終わった。
居残り練は、もちろん参加だ。先輩も、1年生も、思い思いの場所に座って練習を始めている。健太郎も雅美も数人も居残り練をするらしい。
私とは違い、居残ってまで練習する必要があるのかと思ってしまったが、この努力があって、今の実力につながっているのだな、と納得した。
練習をしていると、あっという間に19時だ。施錠の関係もあり、音楽室から追い出される。
まだ冷たい夜風を受けながら、雅美と、今日は健太郎も一緒に駅に向かっている。
私は気になる事があって、健太郎に話しかけた。
「先輩に付き合わされて入部した感じに思ったんだけど、他の部活は考えていなかったの?」
もしかしたら、別の部活に入りたかったのではないかと。
私の質問に、健太郎は、
「行きたい大学があって、勉強に専念しようと思っていたんだけど、先輩に誘われたら、楽器吹きたくなっちゃってさ」と答えてくれた。
強制ではないことに、ほっとする。
数人(すうと)にも確認したい。制服を崩すことなく着ていて人を寄せ付けない彼に聞けるかどうかは別の話だが。
そんな事を考えていると、健太郎が雅美を見て、
「鍵盤の女王が入ったから、パーカッション(打楽器)も安泰だね」
晴れ晴れとした笑顔で語りかけた。
パーカッションでいう鍵盤は、木琴や鉄琴を指す。
雅美は不服そうに、お願いしている。
「増田君、その呼び方やめてもらえるかしら」
「わるい、わるい。もう呼ばないからさ」悪気のない顔でからから、と笑う。
「わかってくれたのなら、もういいわ」
2人の会話を聞いていて、雅美が『鍵盤の女王』と呼ばれているのが気になった。
こっそり健太郎に聞いてみると、鍵盤をたたかせたら、右に出るものがいなかったという意味だよ、と教えてくれた。雅美の普段のおっとりとした印象からは、想像がつかない。今度、また音楽室にこっそり行って、雅美の姿を見ようと決心した。
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