第3話 どきどきした会話
レッスンを受けていると、合奏が始まった。もちろん健太郎も数人(すうと)も参加だ。
いままでこんな迫力のある音を聞いたことがなく、耳がわんわんする。また、全体的にテンポが速く、聞くだけでも追いつくことが難しい。さらに言うと、先輩が使っている楽譜が難しくて読むことができない。指揮者の先輩が厳しい指示を出す場面が、何度も何度もあった。
あっという間に時間が過ぎる。聞いたのは良いが、頭の中が混乱状態だ。
合奏が中断し、仮入部生の終了時間となる。
楽器を片付けながら、健太郎と数人に声をかけた。
かなり勇気がいる。
「2人とも、凄く上手だね」
私の誉め言葉を聞いて、健太郎は、
「僕は中学で始めたんだよ。美佑もすぐに上手になるよ」
と、輝かしい笑顔ではなく、穏やかな笑顔が返ってきた。
私は、健太郎の言葉に驚きを隠しきれず、
「そんな風には見えなかったよ。すごく努力をしたんだね。私も頑張る」
と、決意を新たに答えた。健太郎は、すごし照れた様子で、
「ありがとう。そんな風に褒めてくれて嬉しいよ」
と返ってきた。続いて、
「数人はいつ始めたの?」
と、今度は眩しい笑顔で聞いている。
数人は涼しい顔で、
「小学校の時からだ」
とだけ返ってきた。
自己紹介の時に感じた様に、最低限の言葉だ。
会話が続かない。
健太郎はちょっと戸惑った感じで、私は、多分微妙な顔をしているだろう。
ぎくしゃくした中で、楽器を倉庫にしまっていると、ふと数人の手が触れた。
顔をあげると、数人の顔がちょっと赤くなっている。
少し、『ドキッ』としたが、
健太郎が、
「楽器、しまってあげるよ」
と声をかけてくれ、あっという間に片付けてくれたので、数人の様子を忘れてしまった。
眩しい笑顔の健太郎と、涼しい顔の数人。
2人の違いを、なんとなく、納得した自分がいるのを自覚する。
楽器を片付けると、下校だ。当然だが、下校時刻も同じだ。夕焼けの空のもと、何となく分かれて、帰路につく。
帰り道は、学校の坂道を下ると、駅方面に向かう人と、駅とは反対側に向かう人に分かれる。
帰り際、学校の下で別れる、数人に声をかけてみる。
「また、明日もよろしく」
「ああ」
涼しい顔のまま、目も合わせず短い返事だ。やっぱり難しそうな人だなと感じたが、どうやったら仲良くなれるのか、努力をしてみようと思う。
一方、健太郎にも声をかけてみる。
「また、明日もよろしく」
「よろしく、美佑。また明日」
数人とは正反対の、人好きのする笑顔が返ってきた。健太郎とは、このペースで仲良くなれればと、胸に安堵が広がる。
数人、健太郎と別れて、夕方の心地よい風の中、部活の親友となった雅美と私は自転車をこぐ。
ふと、雅美の顔を見ると、一日でパニック状態になった私とは違い、平然としているように見えた。
「私、今日一日でパニックになったんだけど、雅美はこういう練習、慣れているの?あまり疲れた顔をしていないから」
「まぁ、中学で鍛えられたわね。弱い中学だと、厳しいと感じるかもしれないわ」
やっぱり、楽器の実力だけでなく、乗り越えてきた厳しさも、くらべものにならないみたいだ。
意気込んでは見たものの、本当に練習についていけるのか。
疲労とあいまって、私は胸に黒いシミが広がっている様な気持ちにとらわれてしまい、心地よいはずの風になびく髪さえ鬱陶しく感じてくる。
私の明らかに疲れている表情をみて、雅美は、
「でも、私も中学入りたての頃は苦労したわよ。美佑はこれから苦労するのでしょうけど、うまくなりたいのならば、いつかは通る道よ」
ふわりと微笑みながら、元気づけてくれた。続けて、
「なにかあったら聞いて。お友達ができて嬉しいわ」と、言ってくれる。
「ありがとう。友達になってくれるの嬉しい。雅美には色々と頼ってしまいそう」
雅美とはクラスとパートが別なのが寂しい。彼女はパーカッション(打楽器)を志望しているのだ。
駅に着いたところで、お互いに手を振る。
「雅美、今日はありがとう。明日もよろしくね」
「よろしくね。気を付けて帰ってね」
家に帰り「ただいま」と靴を脱ぐ。
吹奏楽部体験の濃い一日はこうして終わった。
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