第2話 出会い

 私は、念願の県立九十九高校に入学した。

 中二の時に、九十九高校吹奏楽部の定期演奏会を、聴きに行った。

 吹奏楽部に所属していたが、お遊びの延長線の部活では演奏もできない素敵な曲を、何曲も演奏する姿がとてもかっこ良く、胸の高まりがおさまらなかった事を鮮明に覚えている。

 そして、演奏会が終わるころには、九十九高校の吹奏楽部で演奏したい、という憧れというか目標ができた。

 志望動機はそんなものだが、『地元の進学校』に入学するため、受験勉強を必死に頑張ったかいがあって合格する。



 遅い桜が咲くころ、入学式が執り行われた。

 歴史のある伝統高だけあって、正面玄関に見事な桜の木がある。見上げると、一迅の風が吹き、はらはらと舞い散る花びらが、新しい門出を祝ってくれた。

式はやはり、かったるい挨拶が続く。

 そんな中、驚きは吹奏楽部が校歌を合唱したことだった。

 合唱部はないのか。

 楽器が上手ければ、歌も上手いのだなと、ぼんやり思ったのを覚えている。



 クラスの仲間もぼちぼちとできた頃、新入生への部活紹介が行われた。

体育館で実施するので、各々で固まって疲れる体育座りをし、おしゃべりに興じている。

 ざわめく中、隣に座っている裕子に声をかけてみる。高校最初の友達だ。

 美人で、性格もスタイルもよい。特に胸の美しさは、どちらかと言えばささやかな胸の持ち主としては、羨ましい限りである。

 「裕子はどの部活に入るの?」

 裕子は中学では吹奏楽部だったが、高校は別の部活に入る、と聞いていた。

 「うーん、茶道部か天文学部かな?どちらも見学に行こうとかと思ってるんだけど」

 この高校には茶道室も天文ドームもあって、この2つの部は結構部員が多いらしい。

 「美佑は吹奏楽部でしょ?」

 「もちろん。あ、紹介始まったね」

 今日の紹介でも、吹奏楽部以外の部活には興味はない。だが吹奏楽部はどのような紹介を行うのか気になっている。


 吹奏楽部の順番が回ってきた。金管五重奏を演奏するようだ。金管五重奏とは、トランペット、カタツムリのような姿をしているホルン、長い管をスライドして吹くトロンボーン、人の上半身ほどある大きなチューバで構成されている。

 演奏が始まると、騒々しかった体育館に音が響き、みな曲を聞いている。聞いたことがない曲だが、やはり美しく響く演奏は、否が応でも私の憧れをかき立てた。



 桜はすっかり葉桜になり、念願の仮入部期間が始まった。

 授業が終わると、さっそく仮入部届を持って音楽室に向かう。

 防音壁で囲まれ、窓がない音楽室はひどく圧迫感を感じる。こんなところで練習するのだ、と実感がわいてきた。

 周りを見渡すと、私と同じく仮入部届をもった人達がいた。みな、そわそわしているが、先輩方の邪魔にならないよう隅に固まり、自己紹介を兼ね、志望動機を話しはじめる。

 聞いていると、私と同じくコンクールにやっとのことで出場している弱小の吹奏楽部から憧れて入った人、関東大会や全国大会常連の強豪の吹奏楽部から続ける人と様々だ。


 私たちの自己紹介は途中だったが、先輩が声をかけてきた。

 「希望パートの先輩が呼びに来るから、お互い自己紹介をしてください」

 私は中学と同じ、トランペットを志望しているので、トランペットパートメンバーが集まっているところに向かう。

 まずは女子の先輩から自己紹介が始まった。

「私は八谷中学(強豪中学)出身の2年の須藤亜由です。これから一緒に頑張っていこうね」

と、先輩は微笑む。

 ドレスが似合いそうなお嬢様という感じだ。優しそうな先輩で緊張も解けてきた。

 須藤先輩は、自己紹介をしたのち、一人の男の子に紹介するように促した。

 「同じ中学の後輩、増田くんよ」

 「初めまして。増田健太郎です。これからよろしくお願いします」

 満面の笑みで、自己紹介をしてくれた。笑顔がまぶしいというのは、こういう顔の事を言うのだろう。

 「山野中学(弱小中学)出身の、石原美佑です。よろしくお願いします」

と、挨拶を交わす。

 増田君の輝いている笑顔に圧倒してしまい、うまく笑えない。

 「堅苦しいのは嫌だから、僕のことは健太郎って呼んで。石原さんは美佑でいい?」

 私の緊張を取り除くように、話をしてくれる。

「うん。美佑って呼んで」

 彼の真っ直ぐな視線が心地よく、自然と微笑む事ができた。


 挨拶が終わるころ、男子の先輩も1人男の子を連れてきた。

 「俺は、佐久義武。九十九東中学出身(強豪中学)の3年、トランペットパートのリーダーを務めている。これからよろしくな」

 明るく、朗らかな空気をもつ先輩だ。

 佐久先輩も、自己紹介をしたのち、もう1人の男の子に紹介する様、促した。

 「俺の後輩の黒木だ」

 「九十九東中出身の、黒木数人です。よろしくお願いします」

涼しい顔をしながら、最低限の挨拶だ。

 自己紹介が終わると、健太郎が黒木君に、

「美佑とも話していたんだけど同じ学年同士、堅苦しいのはやめようって。僕は健太郎、石原さんは美佑って呼びあうようにしたよ。黒木君は何て呼べばいい?」と、聞く。 

「なんでも構わない。中学では、『すうと』と呼ばれていた。『かずひと』は呼びづらいってさ」

「じゃぁ、『すうと』って呼ぶね」

無言は了承と、健太郎と私は受け止めた。



 つとめて冷静に挨拶はしたつもりだが、内心は『どうなるのかな。どうしよう……』と、戸惑いでいっぱいだ。男子と一緒になんか楽器を吹いたことがない。これから先、どうなってしまうのだろう。

2人の足を引っ張ってしまわないか、嫌われないかと、心がむずむずと落ち着かない。

 それと同時に胸に訪れたのは、『仲間になれると嬉しい』という感情だった。

 健太郎と数人。多分、2人と3年間一緒だから――。



 パートの挨拶が終わると、再び先輩から声がかかる。

 数人(すうと)と健太郎と目が合うが、強豪中学との説明が違うと言う事で、バラバラになってしまった。

 弱小中学出身では、強豪中学出身とレベルの差が激しいのであろう。予測はしていたものの、不安で胸が押し潰される。息が苦しくなるのを感じながら、先輩の話を聞く。

 「弱小中学では基礎もできていない状態であることを認識してください。扱いは初心者と同じになります。それが受け入れられないようなら、入部はあきらめてください。弱小中学からきた人が実際入ってみて、やはり厳しくて退部することが多いからです」

 どれほど厳しいのだろうか……さらに息が苦しくなる。先輩の表情も硬い。集まったみなの顔も、こわばっている。たとえそうだとしても、憧れの吹奏楽部である。

これからの練習に覚悟を決めた。

 先輩は続けて、

「でも上達して、合奏に参加できるようになった時は嬉しいものです。私も弱小中学出身ですが、辛いことが多くても頑張って続けています」穏やかな顔に戻り、語った。

 先輩の後に続けるように、と、決意する。



 先輩から、心構えを聞いた後、

 「一年生全員こちらに集まって」と、音楽室の黒板の前で集合するように言われた。

 「はい」と返事をして、移動する。

 「今、返事をしなかった人は、今後必ず返事をしてください。また先輩に対しては必ず敬語です。先輩は同姓がいない限り、苗字で呼ぶこと」と早速手厳しい。

私は弱小中学出身だが、無駄に上下関係だけは厳しかったので、そこら辺に抵抗はない。

 「これから1年生の仕事について説明します。」

 先輩は副部長の2年生、森と名乗った。ショートボブがよく似合う、どちらかというと体育会系女子である。

 内容は授業が終わったら、練習をするために、1年生が椅子や譜面台を並べる事、

出欠の確認は、開始直後に部長が全員の名前を順に呼ぶので、『はい』と返事をする事。あと、用事や体調の関係で、遅れる場合や欠席する場合は、部員の誰かに必ず理由を伝えること。伝言を受けた人は、出欠でその人が呼ばれたら、理由を伝える事を説明された。

 この後、音楽室とは別の練習室(音楽準備室)や、荷物の置き場所を、実際の場所を見ながら説明は教わった。

 この説明が、今後部活で重要な事になる。



 説明を受けるうち、強豪中学向けの説明はどんな内容だったのか興味がわき、先ほどお互いに自己紹介をした八谷中(強豪中学)出身の須田雅美に、声をかけた。

 気の強そうな感じの人が多い中、和装が似合うようなおっとりした感じを醸し出している子だ。

 「須田さん、どんな説明を受けたの?」

 「苗字読みは堅苦しいからやめてもらえると嬉しいわ。私のことは雅美って呼んで。石原さんは何て呼んだらいいかしら?」

 私が緊張しているのがわかったのだろう。やわらかい笑みで話をしてくれる。

 「美佑って呼んで。これからよろしく、雅美」

 「こちらこそ、よろしくね。美佑。で、強豪中向けの説明がなにか、とういう話をすればいいのかしら?」

 「うん。私たちは厳しいからついていけるように頑張れ、という説明だったから、気になっちゃって」

 「やっぱり説明が違うのね。私たちには、顧問の先生はいるけど、声楽の先生だから、ほとんど顔を出さないので、強豪中学出身者が、技術面を引っ張っていくことになるのと、厳しい顧問の先生がいないから、どうしても中学時代に比べると、練習が甘く感じるから、流されないようにして、ってことだったわよ」


 気を負うことのないような説明をしてくれた彼女にお礼を言い終わるころ、健太郎が早速声をかけてくれる。

 「僕たち、今日から合奏に参加することになったから、そろそろ行くね。美佑は基礎練習?」

 これから、須藤先輩に基礎練を教わることになっていた。

 佐久先輩と須藤先輩は、彼らに、私は初心者と変わらない、と説明していたのだろう。

 「うん。早く合奏に参加できるように頑張る」

 「頑張れ、頑張れ」

 健太郎が笑顔を残しながら、合奏前の自主練を始める。

 数人(すうと)は涼しい顔でそれにならった。


 私は、2人がどんな音色で吹くのか気になり、2人の合奏前の様子を見る。


 他の人が楽器を吹いている中、2人の音が聞こえてきた。


 健太郎は、その性格を表すように、華やかな音色だ。

 数人は、やはりその性格を表すように、落ち着いて深い音色だ。


 ああ、2人は、なんて美しい音色で奏でるのだろうか。

 聴いているだけで胸が高鳴る。


2人のように吹きたい。そして、自分の音色を作ると。

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