第47話 宙(そら)を目指した夢の跡

 ライセたちはレイモンドの亡骸があった通路から奥の小部屋に戻る。

 この頻発する地響き、そしてレイモンドの手帳に記された街の地下にて蠢く存在の正体を確かめなくてはクエスト完了とはいかない。

 奥の小部屋にはレイモンドが刺し違えた堕天使の残骸と、彼の長剣とその鞘が残されている。


「アイン、この堕天使私が回収しておこうと思うけど……どうする?」

「そうだな。お前がそれでいいなら頼む。あとレイモンドの剣は持っておけ。ここで野晒しにするよりかはずっといい」


 ライセは頷くと量子収納クオンタム・ストレージにて堕天使の残骸を回収し、レイモンドの剣を眺める。


「かなり良い剣だ。どこで手に入れたか知らんが五等級冒険者が持てるような代物じゃない」


 シンプルな装飾であるが刀身はしっかりとした作りで堕天使と斬り結んだにも関わらず刃こぼれ一つない。

 装甲の薄い偵察ドローン型とはいえ金属性の機械だ。それを両断できる剣となればかなりの業物なのだろう。


「あれっ、この剣……剣というよりは刀みたいな形なんだね」

「カタナ……? 確かライセさんの故郷で作られる両手剣のことですよね。刃が刀身の片方にしかついてないのもカタナの特徴だとか」

「そうそう。こっちの世界にもあるんだね」

「まあ武器なんてものは用途を突き詰めていくと似たような形になっていくものだ。現代でもこの形の剣は多くはないが出回っている」


 ライセはアインの言葉に納得して頷き、そしてふと思い立ったことを口にした。


「そうだこれ解析アナライズで鑑定してみよっか。何かこの剣についての情報が得られるかも」


 ライセの提案にノアがそうですね、と頷く。アインはそんな二人の様子を興味深そうに眺めている。

 ライセは解析アナライズを長剣に使い、表示された情報を読み取る。



 型番:AAS-97

 名称:白閃刃ホワイトグリント

 等級:最上大業物

 種別:両手剣(刀)

 特殊スキル:自己修復、対堕天使侵食機構。

 備考:魔科学時代末期に製造された対堕天使兵装。自己修復機能による高いメンテナンスフリー性と対堕天使侵食機構による堕天使への高い特攻効果を持つ。アーセナル・アームズインダストリー製ベストセラーの最上位モデル。




「まさか魔科学時代に作られたものだったとはな……レイモンドはこんなものどこで手に入れたんだ……」


 アインは白閃刃ホワイトグリントをまじまじと眺め呟く。

 魔科学時代に作られたものは当時の人類の叡智を結集させた最高クラスの一品であり、現代よりも遥かに進んだ技術で作られている。

 その製造は現代技術では一朝一夕で再現できるものではない。

 造られた時期的は魔科学時代末期、世界に瘴気が溢れ出し人類が堕天使や変異生物の脅威に晒された時代だ。

 おそらくこの剣も堕天使との戦いの中で重要な役割を担ったのだろう。


「この刀……私よりもアインが使ったほうがいいかも。私じゃあまともに剣術なんて習ったことないから使いこなせるとは思えないし」

「俺はこの大剣と長剣があるからな。俺のは量販物だが量販物には量販物の強みがある。使えなくなったらすぐに買い換えられるし、誰が使っても安定した性能を発揮できるからな。その剣はライセが使うといい、まあ……遺族が遺品として返却を望むなら応じるべきだが。そうでなければお前が使ってもいいし、街の武具屋に売却して路銀の足しにしてもいい、選択肢は色々あるだろう。ここで誰の目を見ることもなく朽ち果てさせるより、何かの役に立てればレイモンドも剣も報われるさ」

「そっか、じゃあノアが使ってみる?」

「うーん……わたしの体格ではちょっと大きすぎて振り回せないかも……わたしには魔法がありますからそれはライセさんが使ってください。この剣はきっとわたしよりライセさんが使うほうが相応しいと思います」


 ノアの言葉にアインも頷く。ライセはそれならばと白閃刃ホワイトグリント量子収納クオンタム・ストレージにしまい込んだ。

 そして三人は奥の小部屋を後にし、左手に見える扉へと進む。


  扉の奥は緩やかに弧を描きながら下へと伸びる長い通路だった。カーブは右回りに弧を描き螺旋状に伸びているようだ。

 そして通路の右側にはガラス張りのような透明度の高い壁がある。ライセは壁に近づき、その透き通った壁越しに中を覗き見る。


「なに、ここ――」


 ガラスの向こうには広大な縦穴が広がっていた。深さは底が見えないほどに深い。

 そして巨大な白い円筒形の物体が、壁に寄りかかるようにその長大な身を預けていた。その周りには足場らしきキャットウォークが無数に張り巡らされている。

 白い円筒の周りでは赤黒い靄を纏った偵察タイプの堕天使が数体、絶え間なく往来していた。


「この白いやつ……もしかしてミサイル、いやロケット……?」


 ライセの前世の記憶の中で白い円筒にもっとも近い形をしたものといえば、そのどちらかだろう。


「ライセ……なんだその“ろけっと”とか“みさいる”というのは」

「えっとね……」


 ライセは生前の知識での白い円筒の正体を説明する。

 アインは興味深そうにその話に耳を傾け、ライセの話が終わるとなるほどと頷いた。


「たぶん、これは魔科学時代のロケットだと思います。あともう一歩のところで達成できなかった、当時の人類が夢見た空の向こうへ至る挑戦の成れの果て――」


 ノアがライセの説明に付け加えるように言った。

 魔科学時代のロケット。当時の人類の夢の跡。

 彼らは空の向こうの大神との邂逅を夢見て、その夢は世界を覆い尽くす瘴気によって潰えた。

 そして人類は魔科学時代の終焉と共に空への挑戦を終えた。

 ここはそんな夢の墓所だった。


 ライセはガラス越しに傾いたロケットを眺める。どういう理由かその白い円筒には傷一つなく、新品のように輝いていた。


 再び地響き、その揺れは徐々に周期が短くなり揺れの規模も大きくなっていく。

 ライセはふとロケット下部を見た。底なしの闇が蠢いた――


 ――ちょっと待って。これがロケットなら、下が深さがわからないような穴のわけがない。

 ライセは考える。そしてある答えに行き当たったと同時にロケット下部に広がる赤黒い闇がその大きさを増して見悶え地響きを起こすのをライセは見た。

 それはまるで獲物を見つけた蛇のように、その身をくねらせてこちらを凝視しているように見えた。


「ウソでしょ……」

「? どうしたんですか?」

「どうしたライセ、顔色が悪いぞ」


 顔色が悪くなるのも当然だ。

 下に広がる闇こそがレイモンドの手記に遺された街の地下に溜まるモノの正体――ロケット地下格納庫の下部にマグマのようにたぎる瘴気だった。

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