第46話 死と向き合うそれぞれの想い

「一体……レイモンドさんは何を見たの……?」


 ライセは恐ろしくなって思わず声を出してしまう。

 そして同時に、時折街を揺らす地響きの原因はこれではないかと直感した。

 街の地下に眠る何かの存在。それが地上に影響を及ぼしているとすれば辻褄は合う。

 それに手帳に記されていた内容から、それが余程危険なものなのだろう。レイモンドだって素人ではない、一目でそれが危険なものだと理解できるような代物なのだ。

 ――街を滅ぼしかねない何かがこの地下で蠢いている。


「それを確かめるためにも、レイモンドが見つけたものとやらがある場所に向かう必要があるな。……だがその前に彼を弔ってやらないとな。ノア、魂還ソウル・リリースを頼む」


 ノアは無言で頷くと、レイモンドの亡骸の前に立ち両手を胸の前で合わし目を瞑る。

 この世界の死者は一定の確率で蘇る。自我のないゾンビとして蘇るならまだしも、自我を残したままアンデッドとして蘇ってしまえば、彼はこの社会の中で厳しい偏見と差別の対象となるだろう。それを避けるためにも、彼には安らかな眠りが必要なのだ。

 二度目の生の機会を奪うのかと思う人間がいるかもしれない。だがこの世界のアンデッドを取り巻く環境は、二度目の生を安易に望むほど生易しいものではないのだ。

 だからこそ、二度と蘇らぬよう魂還ソウル・リリースによってマナの粒子へと還元し、その魂を大地に還すのだ。


(マナへの還元――?)


 ライセは魂還ソウル・リリースの作用機序を反芻する。

 それはまるで――、と次の思考をしようとした時ノアは動きを止めて言った。


「あの……ここで魂還ソウル・リリースしなくても、ライセさんの量子収納クオンタム・ストレージを使えばレイモンドさんの遺体を地上に持ち帰ることができるのでは……?」


 その指摘にライセはノアも同じ考えに辿り着いていたのだと理解する。

 ノアの言う通りだ。量子収納クオンタム・ストレージを使えばレイモンドの遺体を地上に持ち帰り、然るべき場所で弔うことができる。できるのだが――


「うん……ノアの言う通りだよ。量子収納クオンタム・ストレージを使えばレイモンドさんを街に帰すことができる。でも……それってまるで人の遺体をモノとして扱ってるようで……ちょっとね。それにレイモンドさんを暴食竜バジリスクと同じ場所に置いておくのは気が引けるというか……わかってる、わかってるよ。別にこの魔法はそういうのじゃないって」


 ライセの言葉にノアはその意図を理解できないわけではなかった。魂還ソウル・リリース量子収納クオンタム・ストレージも、その魔法の本質は物質をマナの粒子――ナノマシンに還元すること。

 その後大気に霧散させるか、自身の肉体を構成するナノマシンの一部として収納するかの違いだけだ。ならばレイモンドの遺体を回収できるのであれば、回収するに越したことはないはずという考えがあった。

 ライセのその感情は理屈では説明できない、死という概念に対するプリミティブな感情だ。

 しかしノアは、ライセのそんな感情を無下にしたくはなかった。だからそれ以上は何も言わなかった。


「俺は……どちらも正しいと思ってる」


 アインは言った。

 アインはライセの感情も、ノアの合理的な判断も尊重するつもりだった。

 元々冒険者などという職業は死と隣り合わせだ。いつどこで死んでもおかしくないそんな世界で生きている。

 家で死ねることのほうが珍しい、それは冒険者証を手にした時点で誰もが多かれ少なかれ覚悟していることだ。


 ライセとノアには答えは出せないだろう。だからこの判断をするのはアインだ。

 ライセの考えを尊重するか、ノアの合理的な判断に則るか。それはこの依頼を受けた冒険者であるアインが下すべき決断なのだ。


「ただ――それが出来る能力を持っているからとそれを無理強いはしない。ノア、魂還ソウル・リリースでレイモンドを送ってくれ」


 ノアはアインの言葉に頷くと、ノアは再びレイモンドの遺体の前に立った。

 その小さな体からは普段の少女らしさが消え厳かで神聖な雰囲気が漂っていた。彼女は目を閉じて、両手を胸の前で合わせる。

 ノアの口から、静かに詠唱が始まった。


「――大地に還る魂よ、安らかに眠れ

 汚れなき風に乗り、自由に羽ばたけ

 大神の慈愛に抱かれ、永遠の安息を得よ――魂還ソウル・リリース


 詠唱とともにレイモンドの身体が温かく柔らかな光に包まれる。光は徐々に強くなると同時にレイモンドの身体から光の粒が零れ出て舞い上がる。

 最後の言葉とともに、レイモンドは光の粒子となって消えていく。それは美しく儚い光景だった。

 光の粒子は風に乗るように揺らめき、やがて消えていった。


「これで――レイモンドさんは安らかに眠れます」


 ノアは目を開け、深く息を吐いて言った。

 ライセとアインは無言で頭を下げ、レイモンドの旅立ちを見送った。

「ごめんなさいノア。我がまま言っちゃって……」


 ライセは申し訳なさそうにノアに謝る。ノアはゆっくりと首を横に振った。


「ううん、わたしも……まだヒトの死について完全に理解できてるわけではないので……だから、ライセさんの考えは間違ってないと思います」


 ノアのその言葉にライセはありがとう、と優しく微笑んだ。そしてアインに向き直り言う。


「ごめんアイン、あなたの判断に任せる形にしちゃって」

「……構わん。この中での年長者で冒険者としての先達は俺だからな。何かの判断を求められる時が来たら、それは俺の役目だ」


 アインは若干照れの感情が入った声色でライセに言った。

 ライセはアインの言葉に少し安心したように微笑んだ。


 そして――再び地響きがこの地下空間を揺らす。

 その正体は未知ではあるが、レイモンドの遺言で言及された地下の何かとの関連性が高いのは間違いないだろう。


「クエストは完了はしたが――レイモンドの手帳の中身を無視して戻れんな」


 三人は顔を見合せると無言で頷いて通路の奥へと歩みを進めるのだった。

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