第45話 伝えられる警告
「なあ、さっきの話だが……」
縄梯子を降りて縦穴を下りる最中、アインはぽつりと言葉を漏らした。
「ん、どうしたの?」
「いや……さっきのノアの話に出てきた超新星爆発とやらだが……俺たちの世界の太陽もいつかはそうなるのか?」
「恒星エレウシスは太陽……わたしの故郷の太陽であるソルと同じG型主系列星ですから、何十億年も経つと超新星爆発は起こさず近場の惑星系を飲み込むほど膨張した後、一転して収縮して燃え尽きていきますね」
「うちの太陽と同じでここの太陽もずっと先なんだ」
「いまいち意味はわからんが、とにかく途方もない時間レベルの話だな……」
アインもライセも宇宙のスケールに圧倒される話を続けること数分、縦穴の底へ辿り着いた。
縦穴の底には動かなくなったエレベーターの本体が鎮座しており、点検用の天板が取り外され内部に入れるようになっていた。
「よっ……と、中からエレベーターの外に出られそうね」
ライセたちは天板の穴からエレベーター内部に飛び降りる。電源が通っていない半開き状態の扉の外に出た三人の目の前に広がる光景はこれまで見てきた地下鉄の遺構とは全く異質の空間だった。
錆びついてボロボロのレールに土砂に埋もれた通路、打ちっぱなしのコンリートの壁の代わりにそこにあったのは白く滑らかな金属光沢を放つ壁が通路の奥まで続く光景だった。壁はところどころ外装が剥がれ、内部の用途不明のケーブルや配管がだらしなく垂れ下がっている。
「なんだここは……さっきまでの場所とは全然様子が違うぞ……」
「まるで何かの基地か研究所みたいだ……ノアはここが何かわかる?」
「すみません……この施設については何も……」
ライセはノアの顔を見るが、彼女も首を横に振る。当然と言えば当然だ。ノアは神の端末のような存在だったが、今は一人の人間だ。確かに今もその膨大な知識の一部は引き継がれているが、森羅万象全てを知っているわけではない。
(あまりノアに頼ってばかりもダメだよね……)
ノアは感情が表に出やすい。質問された時、その知識が自分になかった時の彼女はいつも申し訳なさそうな顔をしていた。
ノアがそういう顔をするとライセも心が痛む。彼女の知識を当てにしすぎるのも良くないと反省するライセ。
この施設が何なのかわからないのであれば、三人で協力して調べるだけだ。
「ねえ……奥に誰かいる」
ライセがふいに足を止めて言った。通路の奥、明かりが届かない薄暗い空間に人影が見える。それは壁に背を預け、両脚を投げ出して床に座り込んでいるように見える。
三人は周囲を警戒しながら、ゆっくりと人影に近付いていく。ノアの肩口で浮いている灯りが徐々に人影を鮮明に照らし出し、その全身を視認できるようになっていく。
そして三人はその人物の姿を見て、あっと声を上げた。
バンダナを頭に巻いた赤毛の青年、その人物は間違いなく、行方不明になっていたレイモンドだった。
しかし、彼の様子はぐったりと頭を垂れてうなだれており、身体は微動だにしない。そして腹部は乾いた血液で褐色に染まり、その下の床にも褐色の染みが広がり、その血痕は通路の奥――半開きになっている金属製の扉の奥へと続いている。
ノアはレイモンドの脈を取る。彼女はしばらく沈黙した後、ゆっくりと首を横に振る。その動作でライセはレイモンドが事切れていることを悟る。
「とりあえずレイモンドは後回しだ。その血痕が伸びている扉の先を調べるぞ。――何がいるかわからん、警戒を怠るな」
ライセとノアは無言で頷き、アインを先頭にして扉をくぐる。扉の先は少し開けた空間になっており左手に閉め切られた扉、床にはテーブルや椅子だったもの、壁際には枯れ果てた観葉植物だったと思しきもの。
そして――一際目を惹く機械の残骸が転がっていた。のっぺりとした平べったい胴体下部から生えた蟹や蜘蛛を思わせるような脚部、胴体上部から伸びる四本のローター。そんな残骸の側に一本の長剣が放置されている。おそらくレイモンドの物だろう。
「……
「前のノアと同じタイプの……」
「地上の情報収集用に製造された偵察ドローンですね。かつてのわたしと同型機です。頑丈ではないとはいえ、武装として対人機銃を装備しているので遮蔽物のないこんな場所での鉢合わせしてしまうと……」
レイモンドはこの区画の探索中、ここで偵察ドローンタイプの堕天使に遭遇したのだろう。銃撃を浴びるも反撃し堕天使を撃破したが、傷は深く出血により動けなくなり先ほどの場所で息絶えた。といった流れだろう。
「あの扉の奥が気になるが、レイモンドのところに戻ろう」
アインはそう言うと来た道を戻る。ライセとノアもそれに続いて通路を戻った。通路に横たわるレイモンドの亡骸、その目は生気を失い何も映してはいない。ライセはかける言葉が見つからず、ノアは言葉無く立ち尽くすのみだった。
「死体を漁るのは気が引けるが……レイモンドがここで何をしていたかが気になる。調べさせてもらおう」
アインはそう言葉を漏らすと、レイモンドの衣服を漁り始めた。
ライセもノアもそれを止めず、黙って見守る。やがてアインは一冊の手帳を懐から取り出した。
アインはそれを開き、文字に目を走らせていく。そこに書かれていたのは手帳の持ち主であるレイモンドのメモ書きだった。最新の日付は九日前だった。
『おいおい
『魔核がまだ残ってる
『
『俺の見立てでは中央制御室が怪しいんだよなあ。もう一度ここを調べてみるか』
『やったやったぞ。ついに中央制御室の隠し通路を発見した。やっぱりこの遺跡にはまだまだお宝が眠っているんだ。この調子でどんどん調査だぜ』
『ああ、クソっ……しくじっちまった……駄目だ血が止まらない……いや、俺のことはいい、それよりも街の下にあんなものがずっと溜まり続けてたなんて……あれが地上に噴き出したらとんでもないことになる。あの様子だとそう長く持ちそうにない……誰か、このメモを見たら……このことを街の人間に伝えてくれ……街が滅ぶ前に……』
手帳はそこで終わっていた。
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