第44話 あの日、人類は選択した
隠し通路を十数メートルほど歩いた三人の前に重厚な金属製の扉が立ちはだっていた。
扉は半開きの状態でアインは中の様子を窺うと「なんだこの穴は……?」と困惑の声を漏らした。
目の前には底の見えない深い縦穴が口を開けており、穴の壁には縄梯子が掛けられている。
縄梯子はその質感を見るに、古いものではなく最近になって設置されたもののようだ。
アインが試しに縄梯子を揺らすと、ギシギシと軋みながらもしっかり固定されているようだ。
ライセとノアは穴の前に立って底を覗き込んでみたが、縦穴には闇しか広がっておらず底が見えない。
アインはこの縦穴の正体に皆目見当が付かないようだが、二人はそれが何なのかをすぐに察することができた。
「エレベーターみたいね」
「はい、エレベーターですね」
「えれべーたー……とはなんだ?」
「昔の人々が上下に移動するための装置です。この縦穴を箱が上下に移動することで人や物を移動させることができるんですよ」
「これも魔科学時代の遺産ってやつか……すごいな」
ノアの解説にアインはそう返す。
現代とは考えられないような技術の結晶がこの地下遺跡には眠っている。
そんな魔科学時代すらも、大神エデンと称する星を渡る方舟の技術力には遠く及ばないという。文明スケールの違いにアインは言葉を失う。
「この時代の遺物ですら俺の想像を遥かに超えるものだが……ノア、お前の故郷――あの空の彼方の方舟を作った文明はどれほどの……いや、止そう。俺には到底理解できん」
「アインの言う通りよ。私が元いた世界でこの地下遺跡の文明と同じかちょい下ぐらいの文明なのに、エデン・エンデバーを作った未来の地球はどんだけすごかったのよ」
「あはは……でも、どれだけすごくても結局滅びを回避できずわたしたちは――エデン・エンデバーはこの星に流れ着きましたからね……」
「そういえばさ、なんで地球は滅んだんだっけ? まだ聞いてなかったよね?」
「……そういえば言っていませんでしたね。別に隠すつもりもないし、話しましょうか――」
ノアはそう言うとライセとアインに向き直り語り始めた。かつて地球が滅んだ原因を――
――遥か昔、そう現代から数えて一万年以上の昔、西暦2300年代初頭。
各国の天文学者たちはベテルギウスの超新星爆発によるその膨大なエネルギー――ガンマ線バーストが地球に降り注ぐと予見した。
当時の技術力をもってしてもガンマ線バーストから地球圏を防衛することは叶わなかった。
到達すれば一瞬にして大気を剝ぎ取られ有害な放射線が大地に降り注ぎ、地球は死の星となることは避けられないことが確定した。
地球の滅亡を回避するには宇宙に脱出して生き延びるか、それとも地下深くでガンマ線バーストをやり過ごすほかに術はなかった。
地球上全ての国々の首脳が苦渋の選択を迫られた結果――地球種が絶滅から逃れるためには恒星間航行が可能な宇宙船を建造する以外にない、そう結論付けた。
ガンマ線バーストの到達までの猶予は十数年、急ピッチで宇宙船の建造は始まった。
そして西暦2317年の人類史上最大の偉業である恒星間航行船エデン・エンデバーが完成した。それにはナノマシンによるテラフォーミングシステムNOAHが組み込まれていた。
「でも人類は最期の最後まで――争いを止められませんでした。ただでさえたった十数万の人間しか搭乗できないエデン・エンデバーに誰が乗り込むのかで争い、そしてとどめがわたし――いえNOAHの存在でした」
「どうしてNOAHが……?」
「見つかるかもわからない居住可能性の惑星を探してそこをNOAHでテラフォーミングするぐらいなら、荒廃した地球をテラフォーミングしたほうが早いのでは、と」
ノアはそう淡々と語る。その顔はいつもの優しげな顔とは違い、どこか悲哀に満ちた顔をしていた。
「出航を目前に、エデン・エンデバーとNOAHの接収を目的とした軍事作戦が実行されました。結果は――結論から言うと彼らの攻撃の最中、エデン・エンデバーは出航の強行に成功し、最後まで内輪で争い続けた地球人はガンマ線バーストと共に滅びました」
ノアはそう言うと壁に手をついて長い溜息を一つ。その小さな肩が震えているのがライセたちにも分かった。
「いつの時代――いや、どこの世界でも人間は変わらんな……」
アインがぽつりと言葉を漏らす。
ライセはノアにどんな言葉を掛けるべきなのか思いつかなかった。
ライセ自身の前世である仮想世界の地球が現実の地球と必ずしも同じ歴史を辿るとは限らないが、人類の業はそう変わらない。
何かしら地球規模の危機が訪れても人類は内輪揉めを続けるのだろうという暗い未来を予感させる話だった。
ズゥゥゥゥン――ふいに地響きが足元を揺らす。
下から突き上げるような軽い衝撃が数秒続き、すぐに揺れは収まった。
「また地震……? 嫌な感じね……」
ライセはそうぼやく。ノアも首を縦に動かして同意を示す。
「この散発的な地震は気になるが、俺たちがどうこうできるような話でもないだろう。今できるのはレイモンドの捜索だ」
アインの言葉にライセとノアは頷く。
この縦穴の底に彼がいるのかどうか、今はそれに賭けるしかない。
アインを先頭に縄梯子を降りようとして、「ちょっと待って」とライセがそれを制止した。
「どうした?」
「私とノアが先でアインが最後」
「……どういう意味だ」
「……スカートの中が見えちゃうからアインは最後」
アインはその言葉の意味を理解するのに少し間を要したが、理解した途端に呆れたように顔を押さえ溜息をついた。
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