第43話 まだ見ぬ未調査区域へ

 地下鉄の遺構はアルシオネの地下を蜘蛛の巣状に張り巡らされているが、大半が土砂に埋まっているため広大ではあるものの探索はそう難しくない。

 遺跡のほとんどは調査済みで、希少な遺物は既に回収されている。

 未調査区域があると信じる物好き以外は今となっては訪れる者も少ない。

 とはいえ定期的に魔物が出没したりするので討伐クエストが張り出されたりはするのだが。

 レイモンドは未調査区域を探しがてら、遺跡に住み着いた魔物の討伐を請け負っていたのだろう。


「レイモンドさん見つからないね……やっぱりもう……」


 ライセは遺跡内を歩きながら呟く。

 遺跡に入ってからは数時間くまなく調べたものの、レイモンドの姿はおろか彼の持ち物らしき物などは何一つ見つからなかった。


「すでに暴食竜バジリスクの腹の中……という可能性もないではないな」


 アインがそう呟く。ライセもノアもその言葉に同意するように頷くのだった。


「まだこの遺跡全ては探せてないんですよね? 暴食竜バジリスクを解体して調べるのは最後の手段としたいですね……」


 ライセもアインもノアの言葉に同意する。

 暴食竜バジリスクを解体して調べる――もし体内に消化中のレイモンドの死体があったらと思うとゾッとする。

 しかし、何の手掛かりも見つからない以上、その選択肢は頭に入れておかねばならない。

 手詰まり感漂う中、一行は黙々と遺跡を進んでいく。


 アインは手元の地図と現在地を見比べて道を確認している。

 ふいにアインが「ふむ……」と言葉をこぼした。


「ど、どうしたの?」

「いや……今は教会の入口から北上して中央区画にいるんだが、地図によるとしばらく行った先にこれまで通り過ぎた開けた場所とは違った場所があるようだ」


 アインの言う通り抜けた開けた場所――つまり駅のホームだ。

 それとは違う空間がこの先にある、いったいどういう場所なのだろうか。一行はアインの先導のもと、地図に書かれた場所へと目指す。


 土砂に埋もれた箇所を迂回しながら歩くこと数十分、ライセたちは地図に記された場所にたどり着いた。

 そこはホームよりも小ぶりな空間で、壁には扉が一つついているだけだ。金属で出来た引き戸はかつては自動ドアだったのだろうか。人一人が通れるぐらいの隙間だけ開いており、その奥には別の空間が広がっているようだった。


「――中央制御室と書いてますね」


 ノアが扉の上部に据え付けられた金属プレートを見てそう言った。プレートの文字は掠れ何とか読める程度だ。

 制御室――おそらくこの地下鉄網の列車の運行をコントロールする部屋なのだろう。


「制御? 何を制御するんだ?」

「遺跡の通路歩いてたらところどころにおっきな金属の長い箱が放置されてましたよね。列車と言って昔はそれに人が乗ってこの長い通路を移動していたです。おそらくここはそれの運行を管理していた部屋かと……」

「……千年前の技術は大したものだな。しかし制御室か……ここに何か手掛かりがあればいいが」

「とりあえずここを調べてみようよ」


 ライセは扉の隙間に顔を突っ込んで中の様子を窺う。中は薄暗くてよく見えないが、少なくともこの空間に魔物の気配はないようだ。隙間に身を潜らせて恐る恐る中に入る。続いてアインとノアも入ってくる。


「暗くてよく見えないわね……ノア、灯りをお願い」


 ライセはノアにそう声をかける。ノアは頷くと、光球ライトスフィアを展開し光源を確保する。

 光に照らし出された室内は制御室の名の通り壁に埋め込まれた複数のモニターに地下鉄の運行を管理する制御盤が並べられていた。電源はとっくに失われているようで、モニターや制御盤は光を失ったままだ。

 ライセは天井を見上げる。天井には照明機器が埋め込まれているが、やはりそちらも電源が落ちており光が灯る気配は無い。


「待て、埃まみれの床に足跡があるな……この感じは最近のものか……?」


 アインはしゃがみ込み、制御室の床に残された足跡を指差してそう言った。

 その足跡は入口から制御盤辺りをうろうろとさまよった後、奥の通路に吸い込まれるように続いている。

 アインは光源が届かない足跡が続く通路の奥と手元の地図を何度も見比べる。

 ――この通路、地図に記されていない? ライセはアインの顔を見る。彼も同じことを考えたのか、無言で首を縦に動かして肯定する。


 通路の入口はスライド式の自動ドアで、丁寧に壁に偽装されていた。

 電源が落ちたまま長年放置されていた状態で経年劣化が進んだのか、生じた隙間に剣か何かの硬い金属を差し込んでこじ開けたような形跡がある。

 そして床面から続く最近のものと思われる足跡。つまり何者かが最近この場所に出入りしたということだ。


「レイモンドさんが……この奥に……?」

「地図に無い通路に最近付けられた床の足跡。可能性は十分ある」


 ライセの言葉にアインが同意するように返す。

 レイモンドは日頃この地下遺跡には未調査区域があると語っていたと資料にはあった。

 この奥に彼がいる――そう考えただけでライセは無意識に喉がゴクリと鳴った。


 果たして生きているのか死んでいるのか。いずれにしてもここに何か手掛かりがあるかもしれない以上は調べないわけにはいかないだろう。

 ライセたちは意を決してその奥へ続く通路へと足を踏み入れた。

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