第23話 神の思惑と人の業
「もーっ、ライセさーん! どこ行ってたんですかーっ! 心配しましたよ!」
噴水前ではノアがぷりぷりと頬を膨らませながら待っていた。
かなり心配させてしまって申し訳なくなる。
……にしても怒ったノアも可愛い。
「ごめんねノア。ちょっと考え事してたらみんなと逸れて……迷ってたところに親切な人に道を教えてもらって」
ノアには本当のことを話すのはやめておくべきだ。
あんな目に遭ったことを話したら、きっと泣いて心配するだろう。
ライセリアの言葉にノアは安心したようにほっと胸を撫でおろす。
ノアはこの世界で初めてできた友達で秘密を共有できる唯一の相手、そんな子に隠し事をするのは心苦しいがこればかりはしょうがない。
ノアには余計な心配をさせないようにしないと。
「ギルドに行く前に冷たい飲み物買ってきますね! あの、アインさんは――」
「俺には及ばないさ。ノアとライセの分だけでいい」
ノアはとてとてと近くの露天へ駆けて行く。ライセリアはアインと二人きりになる。
「で、本当は何があった? 髪が乱れている。誰かに無理矢理に掴まれて引っ張られたように見えるが」
アインはじっとライセリアを見つめながら問いかける。手櫛で髪を最低限整えはしたが、やはりアインは誤魔化せない。
「ノアは自分がいたらライセは心配させまいと本当のことを話さないだろうと席を外したんだろう。俺になら打ち明けてくれるだろうと――ったく俺はお前の保護者じゃないんだぞ……それで、何もされなかったんだな?」
「実は助けが入らなかったら危ないところだったんだけど……その、親切な人が助けてくれて……」
ライセリアはアインにルシルとの出会いと別れまでの一部始終を話した。
「……俺が目を離さなければ。奴らと同じ魔族としてすまない」
「アインは何も悪くないわ。悪いのは道に迷った私と襲ってきた男たちなんだから。ところでルシルさんも言ってたけど……魔族って何? どうも普通の人間とは違う意味合いに感じられるけど」
「なんだ、そんなことも知らんのか」
「しょーがないでしょ。たぶん……あなたのようなアンデッドを含む――私たちとは少し違う姿をした種族の総称かな」
「ほう、意外と鋭いな」
「意外は余計」
アインと言ったらそういう調子だ。変に心配してくれると逆に心配になってしまう。
何というか、素っ気ない態度の方がライセリアとしては安心できる、そんな感じであった。
アインの説明はライセリアの予想と大体同じだった。
大まかにアインのようなアンデッド、獣の特徴を持った獣人、そして尖った耳と角が特徴のダイモンを一括りに“魔族”と人間から呼ばれており差別を受けている。ライセリアを襲った男たち三人はまさにその魔族というわけである。。
「長いこと差別を受けるとな、言動は暴力的なものになりながらも卑屈さが身に染みついたものになってくる。特にアンデッドはな」
「その……私を助けてくれた女司祭――ルシルさんはアンデッドは神の奇跡の賜物だと」
「ああ、らしいな。一応教会にはアンデッドは可哀そうなやつだから大事にしてやれ、それが神の思し召しだみたいな教義があるそうだな。まったく優しい神様だことだ」
実際は神の思惑通りにはならず、アンデッドへの差別が横行している。
(でもこの世界の神って――)
神はこの世界に実在する。だけどそれは神ではなく機械仕掛けの船だ。
地球から気の遠くなる時間をかけてこの星にたどり着いた恒星間移民船、エデン・エンデバーのコアAIこそが大神エデンと呼ばれこの世界の人々に崇められている。
ふとライセリアは思う。――そういえばあの聖印とやら見る限り個人情報の羅列で、聖印というのは別に聖なるものとかいうわけでなく、個人を識別するための情報なのではないか、と。
ノアならもう少し詳しいことを知っているかもしれない。今度聞いてみるべきか。
ライセリアはそんなことを考えているとノアが両手にカップを持ってぱたぱたと駆け足で戻ってきた。
「すみませーん、お店が思ってたより混んでて時間かかっちゃいましたー! ライセさんどうぞ!」
中身は果物の摺り下ろし汁を冷たい水で薄めた単純なジュースのようだ。さっぱりした酸味と甘味が疲れた体に染み渡る。
こういう時何も口にすることができないアインに申し訳ないのだが、アインは気にするなと言ってくれた。
色々と知りたいことは山積みだが今は身の振り方が先だ。
冒険者になって生活の基盤を整えることを優先しよう。金さえ稼げば今後のことはゆっくり考えられるはずだし、頼れる伝手もできるだろう。
冒険者ギルド、一体どんなところななのだろうか。
ライセリアは期待半分不安半分で中央広場を後にし、冒険者ギルドへと再び足を進めるのだった。
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