第24話 嘘から始まるセカンドライフ
アルシオネの冒険者ギルドは中央広場から少し歩いた場所にあった。大きな看板に“冒険者ギルド”と大きく書かれ、二本の剣が交差する意匠が刻まれている。
ライセリアは期待を胸に秘めながら、その扉を開く。日も落ちたにもかかわらず多くの冒険者の喧騒が耳に入り中は活気に溢れていた。
壁に貼られた巨大な掲示板には無数の紙が所狭しと貼り付けられており、きっとあれがクエスト一覧なのだろう。受付カウンターにはそのクエストを受注するために冒険者たちが列を成していた。
(すごい……本物だ……)
ライセリアはその光景に圧倒される。ゲームやアニメでよく見る光景が今目の前に広がっているのだ。ライセリアとノアは物珍しそうにキョロキョロと見回しながら、“冒険者新規登録はこちら”と書かれた窓口に向かう。
ギルドに入る私たちの後ろからアインの姿が現れた瞬間、喧騒がぴたりと止んだ。そして聞こえる囁き声――
「おい、あれ……あいつが噂の“鉄仮面”か……?」
「ああ、“鼻無し”のくせに冒険者なんぞやってる変わり者だ」
「でも三等級冒険者らしいぞ」
「あら、いいじゃない。スラムでチンピラやるしかないアンデッドに比べたらずっと立派と思うわよ?」
などと、ひそひそ話が聞こえ再び喧騒が訪れる。ここでもアインは偏見の目に晒されるのかとライセリアはげんなりするが、アインは陰口を言われても決して気にする様子もなく平然としていた。
(何、いつものことだ。慣れている。何だかんだで冒険者は実力主義で――元々脛に傷持つ者たちの集まりだからな。あまり人のことは言えん連中も多い)
アインはそう囁き、ライセリアたちより先に窓口に歩いていく。偏見を持たれつつもアインは認められている。アインの後姿を見つめつつここの冒険者たちにそんな印象を抱いたのだった。
「鉄仮面さん、先日の魔物討伐お疲れ様でした! まさか堕天使にも遭遇してその討伐も成し遂げてしまうなんて流石ですね~! 追加報酬も出ていますのでお受け取りくださいねっ」
カウンターには赤髪をポニーテールにまとめた若い女性が立っており、アインの姿を認めると満面の笑顔で出迎える。
――堕天使の討伐。受付嬢の言葉に再びギルド内に動揺が走る。
「マジかよ、あの“鼻無し”が堕天使討伐だって!?」
「どうせフカシだろ」
「あたし、あの“鼻無し”が堕天使の残骸を担ぎながら帰ってくるのを見たわ。本当よ!」
「アンデッドのくせに!?」
「だからこそ、じゃないか? 元から死んでる分タフなんだろ」
ざわざわと騒ぐ声があちこちから聞こえてくる。アンデッドという色眼鏡を通した評価でもあってもアインが注目され賞賛されている姿は素直に嬉しい。
「わぁ……アインさんってわたしたちが思っていたよりもずっとすごいんですね……!」
ノアもぽかんと口を開け、感心するばかりだ。ライセリアも同意の意を込めて頷いた。
「俺のことは置いておいてだ、前から話していた二人の冒険者登録を頼みたいんだが?」
アインはそう言ってライセリアとノアを窓口の前に並べる。二人は慌てて頭を下げて挨拶をする。
受付嬢の女性はにこりと微笑むと自己紹介をした。
彼女の名前はフィオレ、歳の頃は20代半ばぐらいだろうか。冒険者へのクエスト斡旋が主な業務内容である。
彼女は羽ペンを私たちに手渡し「お名前フルネームでお願いしますねっ」と言い、書類の記入欄を手で指し示す。
(ライセさん……! わたしのフルネームどうしよう……!)
ノアが困ったように小声で私に囁く。
(うーん、ノア・エンデバーでいいんじゃない? 私はライセ・リアーナにするから)
(……なんか安直ですね)
(名前なんてそんなものよ。変に凝るよりかはシンプルに分かりやすくが大事)
ノアにそう答え、ライセリアは名前欄にライセ・リアーナと書き込む。
これで、公に名乗る名前はライセリアでなく、ライセになるのだ。
「お二人はどういうご関係ですか?」
「えっとわたしたちは……あのっ……」
「義理の姉妹です」
「えっ!?」
「義理、ですか……」
ライセリア改めライセの即答に戸惑うノア。
そんなノアの様子をよそにライセはすらすらとでっち上げた設定を語ってゆく。
「ノアは幼い頃、両親が魔物の犠牲に……私の親と彼女の親が親友同士だったのでうちに引き取られるようになったんです。それから一緒に暮らすようになりまして――」
(ライセさん……!?)
ライセは目でノアを制し、話を続ける。
「私の両親も流行り病で亡くなってしまい天涯孤独の身となったのですが……父親が亡くなる前に古い知り合いである鉄仮面を頼れと、アンデッドだが信用できる人間だと聞かされていました。だからこうして二人で彼のところに身を寄せることにしたのです――」
ライセは嘘八百をつらつらと述べていく。
隣のアインが(……よくもまあそんな口からでまかせをぺらぺらと)と呆れ声で呟いているが気にしない振りをした。
「そうですか……それは大変でしたね……」
どうやらフィオレはライセのでっち上げた身の上話をすっかり信じ込んでいるようだ。
彼女に嘘を吐いてしまったことに罪悪感を覚えるが、嘘も方便という言葉もあることだしここは仕方がない。
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