第21話 闇を撃ち貫く聖女の魔弾

 魔法とはイメージ。ならばライセリアが求めるのはどんなイメージだろうか。

 男たちに引きずられながらも必死に考え続ける。剣よりもずっと簡単で、そして強いイメージ。それは――

 右手にマナが集まる。青白い光が収束し形を成していく。


「こ、このアマっ……! マナで聖槍・・を……!」


 男たちが何かを叫んでいる。ライセリアはそれを無視し、そのイメージをマナに流し込み続ける。そしてそれは完成した。

 ライセリアの手には一挺の銃が顕現していた。黒銀色のそれは長さは1m弱、拳銃よりもずっと銃身が長い。その姿は映画に出てくるような散弾銃を形作っていた。


 ライセリアは本能的に銃口を男たちに向ける。男たちは一瞬狼狽えるような仕草を見せるも、すぐに下種な笑みを浮かべていた。


「おもしれー手品じゃねえか。教会のクソ坊主共の武器をマナで編むとはな、だがな……それはガワだけのただのおもちゃだろ?」


 羊角の男が嘲けるように言う。

 確かにそうだ。これはライセリアのイメージで形作られただけの銃で、内部の複雑な機構なんてわかるはずもない。

 だけどそんなおもちゃでも銃を狙って撃つ、という動作は再現できる。ライセリアは銃を構え、男たちに狙いを定める。そしてそのまま引き金を引いた。

 黒い銃身に光が収束し、そして弾ける。圧縮されたマナの塊が銃身を伝って銃口から射出される。これは銃じゃないライセリアにとっての魔法の杖だ。


 マナの弾丸は羊角の男の長い耳をかすめるように飛んでいく。それだけで男の耳の1/4を吹き飛ばしていた。


「ぎゃああああ!! み、耳が……俺の耳がぁ……!」


 男は耳を押さえ、地面に倒れもがき苦しむ。その隙にライセリアは男たちから素早く距離を取る。


「てめぇ……ナメやがって……!」


 狼頭とアンデッドの男は激昂し、血走った目でライセリアを睨み付けショートソードを抜き放つ。

 剣と銃、この距離ならライセリアのほうが圧倒的に有利だ。しかし――かすっただけで耳の一部を持っていくような攻撃だ。まともに当たれば確実に殺してしまうだろう。

 素人でも殺意さえあれば簡単に殺せる。殺意さえあればどんな屈強な人間をも素人が殺せてしまうのが銃の強さ。


 ――だからこそ、自分に人を殺せるのだろうか?

 ライセリアの震える銃口を見て、アンデッドの男の口元が歪む。


「ククッ、殺しは初めてか? お嬢ちゃん、手が震えてるぞ。どうやらこっちも処女ってわけだ。ほら撃てよ、その引き金を引けよ」


 迷いを見透かすかのように、アンデッドの男は挑発するように言う。


「おい、耳を吹っ飛ばされたぐらいでガキのように泣き叫んでんじゃねえよ」


 アンデッドの男は地面に蹲る羊角を軽く蹴飛ばす。

 羊頭は欠けた右耳から血をだらだらと流しながらも腰のショートソードを抜いて憤怒の形相で立ち上がった。


「この……クソアマァッ!! 殺すだけじゃ気が済まねえ、手足ぶった切って殺して死体を犯してやらぁッ!!」


 ――もうここまで来たらやるしかない……

 ライセリアは覚悟を決めて引き金にかけた指を、ゆっくりと引き――


「あら、女性の悲鳴が聞こえたので駆けつけてみれば、男性三人で女性一人を取り囲んで不埒な行為に及ぼうとしているなんて……穏やかではありませんね」


 コツンコツンと裏路地の石畳を踏み鳴らし、男の背後から聞こえる女性の声。この場に似つかわしくない、鈴の音のような美しい声。

 全員が、声のする方向に視線を向ける。路地の暗闇の奥から、見覚えのある教会の白い祭服に身を包んだ女性が歩いてくる。

 美しい金髪をヴェールで覆い、慈愛に満ちた微笑みを浮かべるその顔立ちは清楚で純朴な乙女そのもの。

 ただ、その双眸が黒い布で覆われ隠されている。


(あの人――目が見えないの? でも――)


 視界を目隠しで塞がれているにも拘らず、彼女は何かにぶつかることもなくするすると歩いていく。まるで全て見えているかのような動きだった。


「何だあ……お前!?」

「そのツラ見覚えがあるな……この間教会に新しくきた女司祭か」


 男三人は突然現れた女性を訝しげに睨みつけ、一方、女性はにっこりと口元に微笑を浮かべたまま歩みを止めることなく近づいてくる。


「はい、私はこのアルシオネの教会に先日赴任してきた司祭ルシルと申します、以後お見知りおきを。それはさておき魔族の方々とて大神様、女神ライセリア様のかけがえのない子であることに違いはありません。そしてアンデッドの方、あなたこそ神の奇跡の賜物で尊重されるべき者なのです。ここは私の顔に免じてどうか彼女を解放してあげてくださいませんか?」


 女性は両手を合わせ、男たちに懇願するように言った。

 その慈悲深く神々しい佇まいはまさに聖女と呼ぶにふさわしい姿だ。


 (……うん、一応聖女のクローンらしい私よりもずっと聖女って感じだよね。見た目の歳はそう変わらなさそうなのに全然様になってるよ)


 ――それにしても彼女の言葉にあった魔族というのはどういう意味なのだろうか。


「このアマなあ……俺の耳を吹き飛ばしやがったんだ。落とし前つけさせてもらわねえと気がすまねえよ! だったらお前の顔をグチャグチャにしてやろうかぁッ!!」


 羊角の男が怒気を孕ませた声で叫ぶ。

 しかし、女司祭は動じない。


「だからこそ、あなた方にはここで引いていただきたいのです。これ以上無益な争いを続けることはお互いにとって不幸なことですので……」


 あくまでも穏やかな口調のまま諭すように言葉を紡ぐ彼女に対して、男たちの怒りは増していくばかりで彼女に罵倒の言葉を投げかけていく。


「はあ、困りましたね……では仕方ありません――無理矢理にでも彼女を放してもらいましょう。“聖槍ピュリファイアー”による対象の無力化を実行します」


 法衣姿の女性は小さくため息をついて言葉を紡ぐ。次の瞬間、彼女が纏う空気が一変した。

 穏やかで優しい言葉なのに、底冷えするような威圧感のある声色。


 その瞬間、彼女の右手がするりと法衣の下に潜り込み、白銀に輝く大型の拳銃が現れる。

 女性の細腕では到底扱えそうになさそうな巨大な回転式拳銃が握られ、刹那銃口が光ったと思った瞬間、狼頭の左脚が撃ち抜かれ地面に崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。


 ――目隠しをしていて見えてないはずのにあんな正確な銃撃を……!?


「ぎゃあああああああ!! 足がああああああ!!!」


 発砲音がしなかったということはあれもライセリアのものと同じマナを弾丸として撃つ銃なのだろうか。

 しかし“聖槍”という名称、確かに銃身が長いものは槍に見えなくもないだろうか。


「クソがッ、“聖槍使い”の坊主か!!!!」

「どうしますかアンデッドの方? 次はあなたの額に三つ目の眼窩が開くことになりそうですが……まあその程度でアンデッドが死ぬわけがありませんね」


 やれやれといった風に首を振る女司祭。羊角の男は彼女の威圧感に気圧されてしまっている。この場の生殺与奪権は完全に彼女のものとなっていた。

 ただ一人アンデッドの男だけが彼女に負けず気勢を張っているようだが――


「くっ……ずらかるぞお前ら!」


 アンデッドの男は捨て台詞を吐くと、足を撃たれてうめく狼頭の男に肩を貸す。


「お、おい……! 俺を置いてくんじゃねえぞ!」

「ああ、わかってらぁっ!!!」


 完全な不利を悟り、アンデッドと狼頭は羊角と共にその場から逃げ去っていく。

 アンデッドは狼頭を必死に引っ張る。

 その姿は、これまでの凶悪な印象からは想像もつかない、仲間思いの一面を見せていた。あんなのでも仲間意識はあるのに他人は平気で傷つけられるのか。

 ライセリアは男たちが見せた歪んだ絆にやるせなさを覚え、爪が食い込むぐらい拳を握りしめる。


「治療費です。あなたたちに怪我を負わせたせめてもの償いだと思ってお納めください」


 逃げる男たちの背中に彼女は小さな袋を投げつけた。

 男たちは袋を拾い上げると一目散に逃げていく。

 すえた臭いが漂う裏路地に残されたのはライセリアと謎の女司祭だけだった。

 月明かりに彼女の白銀の銃が照らされ、鈍い光を放っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る