第17話 異世界ニート生活の終焉

 働け。はたらけ。ハタラケ。

 唐突に言い渡された言葉にライセリアとノアはぽかんと口を開けてしまう。


「いつまでタダ飯食らいでいるつもりだ。自分の食い扶持は自分で稼げ」


 アインはぴしゃりと言い放つ。

 確かに――いつまでも居候というわけにもいかない。


(働くって……この世界のこと何も知らない私が働ける場所だなんて……はっ! もしかして体を売れってこと!? た、たしかに手に職のない私が手っ取り早く稼げる方法なんてそれくらいしか……)


 ライセリアは自分の体をぺたぺたと触る。

 ゆったりとしたローブを着込んでいたせいで意識していなかったが胸は意外と大きい。これならそれなり以上に需要があるはず。


「……ライセさんなにくねくねしてるんですか?」

「大丈夫よ、私がちゃんと稼いでくるからね……! あなたは何も心配しなくていい。アイン、体なら私がいくらでも売ってあげるからノアは見逃して!」

「……何を言ってるんだお前。働けとは言ったがそういう意味で言ったわけじゃない」

「はい?」

 

 アインは呆れた様子で兜の奥から溜め息を吐く。


「それが望みなら手頃な娼館を紹介するが……まあお前ならそれなりに稼げるだろう」

「い、いいいや! 結構です!」


 ライセリアは内心、他人から見ても容姿は結構イケてるほうなのだろうかと思い頰が緩む。


「体を売るつもりがないなら冒険者になれ。あまり効率のいい稼ぎ方ではないが、駆け出しでもその日の食い扶持ぐらいなら稼げるはずだ」

「あはは、はは……そうだよね~」

「ライセさん……何を勘違いしてるんですか……」


 ノアにも呆れた表情で見られる。

 ライセリアは恥ずかしくて顔から火が出そうだった。


「お前たち、訳有りなんだろう。あんな深い森を教会の服を来て彷徨いていたんだからな。おまけに最近ではすっかり見なくなった天使も連れて、俺の素顔を見ても驚くだけだった。どう考えても真っ当な素性じゃない。冒険者になれば最低限身分を保証してもらえる。お前が大量に人間を殺めた逃走犯でなければな」

「大丈夫よ。教会の人間に殺されかけて逃げ出しただけで神に誓ってそんな人殺しとかなんてしてないし、する理由もないわ」

「殺されかけた……? お前何をやらかしたんだ……?」


 アインは腕を組み冷静な口調であるが、その声色は訝しげだった。

 確かにこの案は悪くないかもしれない。冒険者になれば身分を証明できこの世界の常識も知ることができるだろう。


「すでに近場の街の冒険者ギルドにお前たちの話は通してある。行けばすぐにでも冒険者登録が済むはずだ。その後はどう生きるかはお前たち次第だ」


 この数日アインが毎日出かけていたのはその辺の根回しをしてくれていたのか。ライセリアはなるほどと納得する。

 口数少なく不愛想で何を考えているかわからない男ではあるが、意外なところで面倒見が良いところがあった。


「後はそこの袋にお前たちの着替えを用意しておいた。聖職者でもないのにその格好で街を彷徨くのはまずいだろう。俺には女物の冒険者用の軽装はわからんからな。街の店員が選んだやつだ。それなりにまともな格好になるだろう。寸法は……小さすぎはしないはずだが」

 

 アインが床に降ろした大きな布の袋。中を開けると衣服や小物類が入っている。

 彼が買ってきた服は冒険者らしい動きやすい服に最低限急所を守るための補強がされており、防御力よりも動きやすさとファッション性を重視した物のようだ。


 しかし……この一式はそれなりに高くついたのではなかろうか。

 見た目によらず面倒見が良く、気が利くと言ってもここまでされると気が引けるものである。


「……これ幾らしたの。結構したでしょ……いつかこのお金は返すけど……」

「構わん。どうせ俺に金なんぞ使い道のないものだ」

「そう……じゃ、お言葉に甘えていただくわ」


 ライセリアたちは着替えようとして――


「ちょっとアイン、なにぼさっと突っ立ってんのよ。着替えるから出てって」

「俺はお前の裸に興味はないが? 別に骸骨姿の化物に見られたって恥ずかしくもなんともないだろう」


 アインは平然とした口調で言う。


「あんたがどう思おうと、私はあんたこといっぱしの男だと思ってるの! それぐらい礼儀でしょ!」

「……そうか」


 アインはカシャカシャと鎧の金属音を鳴らしながら外に出ていった。

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