第18話 いざ出発に潜む落とし穴
次の日。ライセリアたちは小屋を発つ前に最後の身支度を整えていた。
時間はまだ早朝で朝焼けの光が森を赤く染めている。遠く離れた星でも朝の空気は地球と変わらない清々しさだった。
「よーし、これで準備オッケー!」
「わぁっ、ライセさんその服すっごく似合ってます!」
「ノアもすっごくかわいい!」
ノアは嬉しそうにその場でくるりと回ると、スカートがふわりと舞い上がる。
ライセリアは護身用のショートソードを腰に差し、冒険用のしっかりした作りの衣服を身に纏っている。
昨日はサイズ確認のため試着しただけだったが、改めて着こなしてみると教会を脱走した時に来ていたローブに比べて、ずっと動きやすくて快適だった。
革のブーツもぴったりと足にフィットしており、長時間歩いても靴擦れの心配もないだろう。
「……遠足に行くんじゃないんだ。あまり浮かれるなよ」
外に出るとアインは小屋の壁に寄りかかりながら、ライセリアとノアをジロリと見る。
彼は相変わらずの全身黒ずくめの鎧姿で、その兜の隙間からは青い眼光が覗いている。
その姿、暑くないのだろうか。夏に着たら目玉焼きが作れそうだ。
「って、アインも付いてくるんだ。冒険者になったら後の生き方はお前たち次第だーとか言ってたからここでお別れだと思ってた」
「まさか。お前たちのような世間知らずの娘だけで放り出せるか。悪党に騙されて娼館に売り飛ばされたら寝覚めが悪い。お前はともかくノアがな」
「私はともかくという物言いは聞き捨てならないんですけどぉー? まあノアに関しては同意するわ」
「むーっ、わたし子供じゃないもん。こう見えても……どう見ても子供の体だよね……とにかくっ! 良い人と悪い人の区別ぐらいつきますよ!」
――ほんとかなあ? ノアはぷくりと頬を膨らませてむくれた。かわいい。
ライセリアは思う。正直に言うとこの世界の常識をあまり知らない自分にとって、この世界のことを少しでも知っている人間が同行してくれるのはありがたかった。
ノアも元天使――この世界を管理するシステム側の存在で遥かに物知りのはずなのだが、今の姿になってから容姿に精神が引かれているのかどうにも子供っぽい言動が不安だ。
だからアインのようなこの世界で地に足を付けた人間が同行してくれるのは心強かった。
目的地である街へは森の小屋からそれなりに距離がある。距離にしておよそ30km強ほど。
早朝に出発すれば休憩も挟みつつ夕方には到着できるだろうというアインの試算だ。
ふふっ……ところがどっこい。
ライセリアは笑みを浮かべる。自分とノアの特別製の体だ。ちょっとやそっとでは疲れにくいし、空腹感も感じにくい。
そう、アンデッドのアインに気を使われず強行軍で行くことが可能だ。
「さあっ! どんどん行くわよ~!」
「おいっ、そんなペースだと体が保たんぞ!」
「ライセさぁん、無理しちゃだめですよー」
「大丈夫大丈夫~! 私の体は特別製ですからー!」
ライセリアは足取り軽く、森を颯爽と駆け抜けていった。
そして数時間後――
「あの……ライセさん、大丈夫ですか? ちょっと顔色が悪いですよ?」
「……あれぇ? おかしいな……」
ノアが心配そうに声をかける。
確かにさっきから足取りが重くなっているような気がする。
ライセリアは平気な振りをするが、実は結構きつくなってきていた。
体は疲れていないはずなのに、体が重く集中力が散漫になってくる。
「ライセさん……確かにわたしたちの体は特別なものですけど、特にライセさんは元は普通の人。いくら体は大丈夫でも休憩もなしに歩きづめは精神的な負担がかなりあると思います。一回休憩しましょう」
「はい……」
「だから言わんこっちゃない。しばらく休憩だ」
ライセリアはノアの言うように近くの木の幹に寄りかかりながら、革袋に入った水を飲む。
アインはそんな彼女の様子をじっと観察していた。
「ライセ、お前は確かに妙な術を使って堕天しかけたノアを浄化した。実際ここまで一回も休息を取らずに歩くこともできた。確かにお前は――事情は知らんが特別な肉体なんだろう。だが、その特別さに対して精神が追いついていない」
ライセリアは水筒の水をごくごくと飲み、口を離す。
確かにアインの言う通りだ。ノアは人間の少女の姿で思考も人間に近づいてはいるが、それでも元は機械で精神もAIだった。
しかしライセリアは違う――肉体的には特別だが精神がその体に追い付いていない。だから本来肉体がストップをかけるはずの疲労を無視できるがゆえに精神的に無茶をしてしまうのだろう。
「まあ……冒険者になる前に自分の限界に気付けて良かったな。これからは精神面の鍛錬が課題だ」
アインはどこか優しい笑みを浮かべたような……いや、兜で覆われた顔では表情は見えないが、そんな声色だった。
その後も休憩を挟みつつ歩いたライセリアたち。街に辿り着いたのは当初の予定通り西日が沈み始める頃だった。
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