第15話 歩みだす足、動き出す心

 アインとの出会いから数日、ライセリアとノアは彼の小屋で過ごしていた。その理由はノアだ。

 ドローンの姿から人間の姿になるという不思議な出来事、そのおかげで目覚めた時は上手く体を動かせず、歩くのにも一苦労という状態だった。

 なのでこの数日間はノアのリハビリも兼ねて小屋にこもる日々だった。 

 ノアは人間の姿になったことで、今までできなかったことができるようになりとても嬉しそうだった。


 二日を過ぎるころにはすっかりノアは今の体に馴染み、歩くどころか走れるようにまでなっていた。


「すごいねノア、もう走れるようになったんだ」


 ライセリアは小屋の外で走り回るノアに歩み寄る。


「えへへ、これも全てライセさんとアインさんのおかげです。ありがとうございますっ」


 ノアは笑顔でぺこりと頭を下げた。

 健全な魂は健全な肉体に宿る、というのだろうか。見た目は中学生か小学生の高学年ぐらいの肉体に引かれて言動も見た目相応になっている。肉体という器の違いの影響は大きいということだろうか。

 元気に動くノアを見てライセリアは自分の手のひらを見つめ何度も握り締めたり広げたりしていた。


「ねえノア、私は“ライセリア”だよね?」

「うん? そうですけど……どうしたんですか?」

「いや……ノアがこうして時間が経てば普通に歩き回れたんだから、“ライセリア”も時間があれば自我を持てたんじゃないかなって……」


 ライセリアは大昔の聖女ライセリアのクローンのようなものに宿った別人の意識。

 本来なら宿るべき意識を押しのけて、この体に入り込んだ異物。


「それは……わかりません、あの時は肉体の急成長を行ったせいで、本来なら脳神経ネットワークの成長と共に意識が成長するはずのものをスキップしてしまったので、肉体の成長に自我の形成が追い付かなくなったのが原因だと思います……それにあの時の緊急起動はわたしたちの判断なのでライセさんが気に病むことはないですから……」


 ノアが申し訳なさそうに俯きライセリアは慌てて笑顔で取り繕う。


「――ライセさんをこの世界に呼び出したわたしたちが言うのもなんですかけど……あまり自身のアイデンティティに気を揉んでいたら、またアインさんに『またそんなつまらんことで悩んでるのか』と言われちゃいますよ」

「……その通りね、つかあいつが吹っ切れすぎなのよ」


 まあアインもアインであの姿で目覚めた時は、ライセリアよりもずっと悩んだのだろう。

 そんなわけでライセリアは深く考えるのをやめることにした。アインに比べたら本当に些細なことなのだから。


「そう言えば……アインのやつまた留守にしてるんだ」

「今日も朝早く出かけてるみたいですよ。たぶんまた街にでも行ってるんじゃないですか?」


 ここ数日アインは朝早くから出かけては夕方に帰ってくるを繰り返している。

 どこへ行ってるのか、と一度尋ねたが彼はただ一言、街とだけ答えるだけだった。


 街――アインがそんなところに出入りしてるのは意外だった。だって全身黒ずくめの甲冑姿でその中身は骸骨だ。本人も不便なことがあるみたいなこと言っている。

 そう思ったところでふとアインの『……こう見えても冒険者の身分持ってるんでな。通り名ぐらいはある』という言葉を思い出す。



 冒険者――その言葉そのものにはライトノベル等で馴染みがあるものの、ライセリアの記憶にある21世紀の日本にはほぼ存在しない職業だ。

 例えば傭兵ギルドなんてものがあるとしたら、21世紀では民間軍事会社PMCがほぼそれに当たるだろう。


 それに対して冒険者ギルドの活動は多岐に渡りすぎて、現代でどの職業に対応するものかを想定するのは難しい。

 例を挙げれば人探しに身辺調査、荷物の運搬、港湾での船荷の揚げ下ろし、旅人等の護衛任務、または用心棒を総合的に行う民間組織――中国の武侠小説には鏢局という似たような組織は存在している。


 これを現代で表すならば、悪い言い方をするとヤクザやマフィアに近いものがあるだろう。

 もちろん、大半の作品に登場する冒険者ギルドは反社会的活動を行わないクリーンな組織であることがほとんどだ。

 とにもかくにもアインの冒険者という身分は気になるところである。


 ライセリアはノアに聞いてみることにした。

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