第5話 それは特別製ボディ
鬱蒼と茂る森の中でライセリアはノアと共に歩いている。日はすでに落ちていて、森の中は真っ暗だ。
ノアが照らす光を頼りにここまで歩いてきたが、この森が一体どこなのか皆目見当がつかない。
もう小一時間ぐらい歩いていただろうか。ライセリアは自分の身体の違和感に気づいた。
森の茂みはノアが自分の腕を鎌に変形させて切り拓いてくれているが、地面は木々の根っこが至る所で隆起しており、とても歩きづらい。
歩き辛いはずなのに疲労をほとんど感じないのだ。そして、一向に空腹を感じず喉も渇いた感じもしない。
「ねえノア、さっきから気になるけど……さっきから私全然疲れないし、喉も渇かないし、お腹も空かないんだけど」
ライセリアの言葉にノアは飛行を止め、その場でホバリングする。
青いカメラアイがキュインと音を鳴らして彼女にピントを合わせた。
「その通りです、ライセリア様。あなたの体は通常の人間とは異なり、高濃度のマナで編まれた神の肉体です。マナはあらゆる生物の体内で循環しており、その量によって生命活動を維持しています」
「マナって……魔法のエネルギーとか生命力とかそういうアレ?」
ライトノベルやゲームでもよく聞く言葉だ。
作品によってはエーテルなんて呼び方もする魔力の源という概念。
「理解が早くて助かります。マナとは……簡単に言えば、大神エデンが世界に与えた神聖なる力です。目に見えませんが世界中に満ちあふれています」
「へぇ……じゃあこの木とかにもマナがあるの?」
「はい、その通りです。植物や動物、そして私たちにも普遍的に存在します。そして――マナは魔法を使うときの魔力の源にもなりますし生き物の生命力の源でもあります」
「ふーん……ということは私の体は普通の人よりマナがたくさん詰まってるってこと?」
「はい。ただし、あなたの体のマナは特別です。大神エデンの神力が直接注ぎ込まれた最高品質のものなのです」
ライセリアは自分の手のひらをじっと見つめた。
シミ一つない白い肌は限りなく普通の人間と変わりない物のように思える。
「じゃあ、私って……人間じゃないってこと?」
「ふむ……人間の定義ですか。それは難しい問いですね。我が主もかつてそれに悩んでいたと記録にあります」
ノアは胴体から伸びたアームをまるで顎に当てるような仕草で考え込んでいる。
今の質問はそんなに哲学的なものだったのだろうか。
「人間の定義を魂や意識、自我の在り方とするならばあなたは紛れもなく人間と言えるでしょう」
「ふーん……それで、このマナの体って、他にどんな特徴があるの?」
「疲労しにくい、空腹を感じにくい、怪我の回復が早いなどです。また、魔法的な才能も通常の人間より高いでしょう。もちろん魔法については別途使い方を学ぶ必要がありますが」
(なるほどね、だいたい理解できたわ。つまり――チートボディってことね。バッカだねえ教会の連中……こんな私を目覚めない役立たず扱いして殺そうとするなんて。まあ殺されそうになったから私がここにいるんだけど)
しばらく歩いていると少し開けた場所に出た。生い茂る木々に隠されていた夜空が顔を出し、星と三日月が輝いていた。
見上げた空に青白く輝く月、地球のそれより二回りほど大きく見える姿に改めてここが地球ではないことを実感する。
ふと月の傍らで明るく輝く星があった。
それは周りの星よりもずっと明るく、金星ぐらいの明るさだ。
その星は月の光にも負けずにその存在をアピールしていた。
「ねえ、ノア。あの月の横で妙に明るく輝いてる星ってなに? 金星みたいな明るさだけど……ちょっと明るすぎない?」
「あの星ですか? 人々は“エデンの瞳”と呼んでおります。まさに大神エデン様の御眼光が宿るとされる聖なる星。月夜にあのように輝くのは、大神様が地上を見守っておられる証と言い伝えられています」
「へぇ、神様が見てるって星なんだ。この世界の人たちにとっては、あれを見るとちょっと安心する感じなのかな」
「その通りですね。一ヶ月に一回ほど訪れる特に“エデンの瞳”が明るく輝く夜は、神々の加護が地上に注がれる神聖な時と信じられており、その夜人々は催し物を行い、そして大神エデンの瞳に祈りを捧げます」
(月に一回の定期的にお祭り、言わば縁日みたいなものなのかな?)
――と、ライセリアは思ったものの月の傍でギラギラと輝く星になにか違和感を覚える。
ここの人間達には悪いが、見守っているよりは――監視されているような、そんな気がした。
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