第6話 穢れの森に燃ゆる聖炎

 さらに森を進むと木々の様子が明らかにおかしな一角に足を踏み入れた。

 そこには信じられない光景が広がっていた。

 木々が歪に膨れ上がりうねるように絡み合っている。まるで苦痛に耐えているかのようにねじれた幹。

 そして赤黒い靄のようなものがその木にまとわりつき、まるで血管が張り巡らされているかのように脈動している。

 ライセリアはその異様な光景に思わず後ずさりをした。


「一体これは……?」


 思わず呟いた私にノアはカメラアイをキュインと動かしてライセリアの顔色を見つめ頷いた。

 ノアの仕草からこれがよくないことが起きてるというのは彼女も理解した。。


「これは千年前、世界を覆った瘴気の残滓です」

「瘴気?」

「千年前――世界のマナの均衡が崩れ、世界に厄災を齎したのです。人々が“瘴気”と呼んだそれによって大地は荒れ果て、海は腐り、空は黒煙に包まれ、人間のみならず魔物ですらも瘴気に触れればその姿を歪に変容させる――」


 そう告げるノアにライセリアは言葉を失う。

 千年前、世界はそんな大惨事に見舞われたというのか。そして、その厄災の残滓がこの森に蔓延っていると。


「そんな中、一人の聖女が現れその身を引き換えに世界を瘴気から救ったのです。しかし、その残滓は完全に駆逐されず今もこうして時折発生するのです」

「その聖女とやらが――」

「はい、伝説の聖女ライセリア様のことです。あなたの前世とも言うべきお方です」


 ライセリアは自分の手のひらを改めて見つめる。この体が、そんな大層なものだったなんて

 そんな大層なものに生まれ変わったというのに何も知らずに眠りこけていたというわけだ。


 とはいえ身体は偉大な人間のクローンみたいなものなのに中身は疲れたOLということにどこか申し訳なさを感じるライセリア。


「本来ならエデン教会の聖職者が派遣されて混沌の残滓を浄化するのですが、ここは人里から遠く離れた森の中となると――」

「ちなみにここから一番近い村か街は?」

「おおよそ西に40kmほど進んだ位置に」

「遠っ! いくら疲れにくい女神の身体といっても40kmも歩くのはメンタルにキツイわ。それで……私、中身は素人だけど身体はその聖女様なんだよね。だったらこの森を元に戻せるの?」


 ライセリアの問いにノアが胴体を縦に揺する。それは肯定のジェスチャーだった。


「やってみるよ。それでやり方は――」

「魔法とはイメージです。自らが行いたい現象をマナに問いかけるのです。人々はそれをよりイメージしやすいよう呪文なり構えなどで補助します。もちろん一般的にはそれらを体系化したものを学ぶのですが――」

「知っていなくても、一応我流で出来るというわけね」


 つまり柳生新陰流とか北辰一刀流みたいな流派がこの世界の魔法にもある、ライセリアはそう判断した。

 我流で出来なくともないが、先人の経験と知識が蓄積された流派を学ぶほうがより確実な成果が得られるというわけだ。


 ライセリアは深く息を吸い、そして吐く。右手を掲げ左手を胸に当てる。


(浄化のイメージ……イメージ……ここまで歪んでしまったものを祓う強いイメージ。そう……炎だ。穢れを焼き尽くす聖なる炎)


 ライセリアの右手に光の粒子がまとわりつき、燃え盛る火炎のイメージを顕現させる。

 ボッと音を立てて右手の手のひらにオレンジの色の炎が揺らめく。


「その浄化魔法は――」


 ノアが驚いたように声を上げる。ライセリアは炎が灯る右手を握りしめる。

 炎を圧縮して圧縮して……イメージするのは浄化の炎。全てを焼き尽くし、清め、癒す炎。

 そして圧縮した炎を解放する。右手から炎が大蛇のように渦巻き、木々を侵す赤黒い靄を焼き尽くす。


 ライセリアの炎は瘴気に汚染された部分のみを焼き尽くす。

 そして木々は炎によって瞬く間に灰と化し――燃え尽きた灰の中から、無数の新芽が伸びていく。

 その新芽はすくすく成長し、彼女の身長の何倍もある大きな木へと姿を変えた。


(わっ……すごっ……)


 穢れた森は浄化され、美しい森へと生まれ変わっていた。


「えへへ……どう、かな?」


 ライセリアはノアに向き直ると、ノアは胴体から伸びたアームをまるで拍手をするような仕草で打ち鳴らしていた。

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