世界に色を塗っていく

「Vtuberって職業も経歴もなんでもアリってイメージあるよね。なんか考えてる?」


 まだまだ日が高いので、食事の後は腹ごなしに歩くことにした。といっても外は暑い。店舗を調べて、そのままカラオケに入り込んだ。ここでなら、誰に聞かれることもなくVの話ができる。BGMに穏やかなインストをかけながら、玲奈は手帳を開く。


 今回の依頼を正式に受けるに当たって、ひとつ約束をした。“独りよがりなデザインにはしたくないので、入れたい要素や方向性がある場合は全部言ってほしい”という内容だ。ガチファンであるたかのりとして、ここは押さえておかないといけないところだった。


 紬は、それにしっかりと頷いてくれた。「先輩の持っている解釈やアイディアも聞かせてくださいね」との言葉も添えて。


 その上で、この度の質問には、即座に「あります、あります!」と前のめりな返事が返ってきた。


「朗読の配信が主ですし、本の案内人がいいんすよね。図書館の司書さんとか、書店の店員さんとか。で、その図書館や書店は現実離れしているもので」

「天界の図書館みたいな?」

「そうそう、そういう感じの! ファンタジックなのがいいなって」


 きらきらしてるなぁ、と玲奈は思う。そういう自分だってすっかり気分が高揚していた。


 ファンの一線を越えたことをじわりと意識しつつ、それをもはや紬の活動を彩る手伝いができるわくわくが追い越していく。お互いに協力して、本を、物語を人びとに届けるのだ。楽しく、真摯に。様々なアプローチの方法を考えながら。


「著作権の関係上、まるごと読み上げられない本もあるから、そういうものは書籍自体の紹介とあらすじや見どころを語る配信をやっていきたくて。Vの姿もよく使えると思いますし」

「いいねぇ。ゆずりはくんの活動の幅が広がっていくの、ほんとに素晴らしい。全力でデザインしなくちゃ!」


 文具を持ったまま拝むと、どういうわけか紬はひとつ大きく手を叩いて、そのまま突っ伏してしまった。


 なに? なにが起こった?


「いや……レナ先輩がオレの前でそうやって笑ってくれる日をマジで待ち望んでいたんで……」

「そう言われると、もっとすんなり依頼の話を聞いてあげればよかったなって思うけど。リスナーとして、私にも葛藤がありまして……」

「それだけじゃなくて……なんでもないっす」


 ズゴゴ、とジュースをストローで吸い上げる勢いがあまりに強くて喉が心配になる。玲奈は首を傾げながら、そっと話題を戻した。


「仮に天界を舞台とすると、天使ってことになるのかな」

「羽、いいですね! 二次元ならではで」

「でもどうせなら……そうだなあ」


 カチカチ、とシャープペンシルを押しながら、玲奈は考えこむ。確か、さっき行ったカフェのモチーフは……。


「フクロウの翼があるっていうのはどう? 知識や学問の鳥だし」

「それ!!」


 ぴっと指さして、彼の表情が華やぐ。Vとリアルの姿をリンクさせる必要はないが、こういう表情の動きだとか笑ったときの八重歯なんかは投影してもいいかもしれないと思った。とても良いチャームポイントだ。


「そういえば、紬くんって身長どのくらい?」

「178ですね」

「でか……ゆずりはくんの体格も合わせるのでいい?」

「お願いします!」


 さらさらと手帳が埋まっていく。意見を出し合いながら、あれこれとアイディアを吟味した。


 そんな最中、ペン先が止まる。そろりと彼の顔を見て、唇を軽く引き結ぶ。


「……髪は赤い方がいいんだったよね」

「ぜひ!」

「どういう赤さがいい、かな」


 神妙に問えば、紬は前髪をちょんと摘んでみた。光に透かされて、彩度が上がる。そのままくるくるといじって、見せるように身を乗り出してきた。


「こっちだとちょい茶色寄りですからね、俺の肌に馴染むように。ここはどどんと鮮やかにして欲しいかも」

「……物に例えると?」

「え? んーとー」


 更なる問いに、腕組みをして宙を仰ぐ。端正な顔だちで、イメージを手繰っている様子がさまになる。


「絵の具のスタンダードな赤……? うーん、あんまり詳しくなくて……一緒に選ぶことってできます?」


 いっしょに、と玲奈は復唱した。


 そして、意を決して「うん」と頷くと、横に置いておいたスマホを手に取る。


「検索したら色見本が出てくると思う。赤ばかり集めたやつ」

「あざっす! 見ましょ」


 人間が認識できる色は100万色にものぼると言う。

 その中の赤に限った話ではあるし、全ての色に名前がついていなかったとしても。


 ここは、きちんと話し合いたいところだった。


 数十色ごとに並んだシートを、彼の長い指が辿る。よく手入れされているであろう爪の先が、いくつかの色の上に定まっていく。


「オレのイメージは紅赤っていうんすかね。っつっても、その中でも細分化されてて、ブレがあるみたいですけど」

「でも確かに原色の絵の具っぽい画像もあるね。となるとオレンジ寄りや暗めの色ではない……」

「衣装に合わせて調整して貰って大丈夫ですよ。あんまり浮きすぎないようにして貰えたら」

「そうだね、じゃあいくつか画像を保存して、スポイトしてからいじってみようか」


 今日日、デジタル絵のソフトはタブレットとスマホで行き来できる。描画自体はやはり大きな画面の方がやりやすいので、玲奈はスマホをラフと確認用として使っていた。今回、タブレットは自宅に置いてきてしまったので。


 描きかけのものを含めた絵のリストがぱっと表示されると、途端に紬の目の色が変わった。らんっ! とし出した輝きに、ちょっとおののいてしまう。


「な、なに?」

「これって、SNSに上げてない絵もあったり?」

「まあ、そうだね」

「見ていいっすか!!?」


 わふわふと尻尾を振る大型犬の如く、興奮した様子で紬がスマホと玲奈の顔を見比べる。思わず仰け反りそうになって、なんとか姿勢を正した。リアルの推しの顔が良くてビビる!


「いいけど……や、ちょっと待って。……変な絵がないかチェックしてからでいい?」

「あ、はい。変な絵って?」

「美形にしすぎた武将とか……」

「めちゃくちゃ面白そうなんですけど!? くっ……でも見せて貰えるだけありがたいんで、どうぞ選別してください……!」


 眉間にぎゅっと皺を寄せて我慢のポーズを取られると申し訳なくなるが、把握しきれないほどの枚数があるのと、あと赴くままに描き溜めているのであまりテキトーな行動は取れないのだ。イラストは特に、色んなジャンルを気ままに描く方なので。


 せめて、他の面白めのファイルを探そう、とフォルダを漁る。


「ていうかそうだ、SNS見られてるんだったね……」

「うわ、遠い目してる……ほんとすんません。でもブロックされるとつらいんで勘弁してください……」

「なんかもう、今更なのかもしれないからいいよ……。因みにいつから見てた?」

「フォローが来た頃からですね。あの頃って活動始めてそんなに経ってなかったから、フォロワーが増えたときはちらっとどんな人か見に行ったりしてたんですよね。そしたら、あの紫式部のイラストがメディアのログにあって」

「今、人に軽率に作品を見せることへのリスクを噛み締めてる」

「後悔するのは無しですよ、オレの人生を変えた1枚なんで」


 にかりと明るく笑われても変な動悸がするのを止められない。推し活中の叫び……配信の感想を呟きまくっていたことは、応援になるのならゆずりはに捕捉されてもいいと思っていたけれど。こうして本人に目の前に来られて語られると……。


 新規に作ったフォルダに、見られても問題ないような絵を詰め込んでいく。完全に脱線だけれど、楽しそうに待たれているので無碍にはできない。嬉しいは嬉しい。まあ、こういうところから紬のデザインの好みがわかるかもしれないので、と自分に言い訳をした。


 未公開の絵やラフ画を見せてもらった紬は感激していた。

 構図が逆だ、と思う。拝むべきは玲奈の方で、その先にいるのがゆずりはであるはずなのに。


 熱くなった頬を冷やすように、ジュースのグラスを押し当てた。彼の輝く笑顔が、胸の奥を痺れさせる。

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