都下某人気ラーメン店近くの路地裏で

「ぁありあとっ、したあ!!」

「ごちそうさまでした、今日もおいしかったよ大将!」

 馴染みのラーメン店で本日三食目のラーメン、お気に入りの牡蠣から出汁をとった海老ラーメン大盛りを食べ終えたの子は、爪楊枝で奥歯をせせりながら店を出た。

 ラーメンは良い。本当にラーメンを好きになってよかった。あの、ラーメン嫌いだった暗黒時代を思い出すと身震いがする。

 あの頃の俺は生きているとは言えなかった。常に視界がグレーに曇り、世界と俺との間には確かな壁があった。若造なりに息巻いてみては撤退戦を繰り返す日々だった。

 ラーメンで俺の日々は薔薇色になった、そしてツイ廃の日々が薔薇色の輪郭を綺麗に彩る。

 幸せや。

 同期四人が一年半で全員退社してしまった社会人生活も、ラーメンとツイッターがあれば他に何もいらん。出世も、給与アップも、上司からの感心も、後輩からの憧れの眼差しも、なんもいらん。

 しかも最近は、質問箱に投げられた質問への回答から産まれ出た、藤堂さんを主人公とした架空の物語、通称「藤堂ノベル」の筆のノリも良い。

 分かる。

 これは運命だ。

 体重63キロの我が身には不釣り合いな、ラーメンによるカロリーの過剰摂取。年間350杯のラーメンのカロリーはどこに行ってしまったのか。

 ここだ。これまでのラーメンの全て、そしてこれからのラーメンの全ては、このためにあったんだ。

 ツイ廃とラーメンの日々、ハイブリッドで産まれた藤堂ノベルへの情熱が、俺の身体のど真ん中でグツグツと煮えたぎっている。


日の子「××食堂@神保町 今日は季節限定の牡蠣出汁海老ラーメン。丁寧な作りのスープが海老の甘みを邪魔せず、手打ちのちぢれ太麺に程よく絡んで、本日三食目のラーメンでも食欲をそそる。相変わらずの腕前」


 よし。

 日報をツイートすると、日の子はワイヤレスイヤホンを付けた。空想委員会の「エンペラータイム」をエンドレス再生する。ラーメンで上がりきった彼のテンションは更に高まり、小躍りするように駅までの近道である細い路地に飛びこんだ。


 ラーメンで膨らんだ腹をさすりながら、今日はどんな質問が質問箱に飛び込んでるか、浮き浮きで駅へ向かう日の子の背を緊張が走る。何度かの炎上を体験が生んだツイ廃独特の危機への直観か。

 日の子は立ち止まり、振り返った。

 凸される心当たりはなくはない。直哉学会へのヘイト連中か。昔馴染みの中華ラーメンアンチ組か。ツイッターでは表面化していないが、東堂さん弄りに苦い思いをしてる誰か、という線もある。日の子はそっと懐のスマホに手をやり音楽を止めた。

 のそりと現れたのは、鍛え上げられた肉体、特に逆三角形の上半身は際立つシルエットを成していた。頭部は煙が立ち昇る蝋燭台の皿。

「わいやで」

 低い声でそう口にしたのは、日の子が一度だけオフ会で顔を合わせたことがある、ツイートを目にしない日はない、藤堂一門でも腕利きの嘘つき、新戸先生だった。

「新戸先生?いつ東京に…」

 両耳からワイヤレスイヤホンを外した日の子は怪訝な顔をした。無理もない。互いに日に数度、心がツイッターから離れてしまうことを「未熟」と断じあうほど、ツイッターに入り浸っている二人である。互いの居場所はほぼ把握されている相互監視状態だ。この数日のツイートで、新戸先生は東京行きを匂わせていなかった。突発的な東京入りに違いない。

 しかしそれにしても、普段四国の素封家の座敷牢で寝起きしている新戸先生がどうしてここに。

「ガチらせてもらうで」

 日の子の疑念をそのままに、新戸先生は言った。その言葉の重さと彼の空気から全てを悟った日の子は、一瞬唖然としたが、すぐに不敵な目になった。

「けひゃひゃ。藤堂門下にボンボンは二人もいらねえって、そういうことですねー!」

 礼儀正しい好青年だが戦闘狂。これは決して矛盾する資質ではない。積極的に喧嘩は売らないが売られた喧嘩はとことんまでやり尽くす。これが炎上芸で身についた彼の処世だ。

 彼は自分の首を掴むと。そのまま頭を上方へ引き抜いた。僧帽筋が千切れ、胸鎖乳突筋が弾け、裂けた頸動脈からは噴水のように血が噴き出る。切断面からは成人親指ほどの太さの紐状のものがいくつもぶら下がっていた。異様な頭部を右手に構え、掴まれた首が叫ぶ。


日の子脊髄麺年間350杯!”


 * * * * * * * * * *


DM

新戸先生「わいです。予定通り明日投稿お願いします。お手数かけてえらいすんません」

ぬう「りょ」


 * * * * * * * * * *


 翌日の夜のことだった。

 藤堂アートにかけては第一人者の一人である、ぬうさんが一枚の藤堂アートをツイッターに投稿した。

 いつものゴリゴリマッチョの新戸先生は、張り付いた笑顔を浮かべて右手で何かを掲げていた。

 それは首だった。頭部を鷲掴みにした指の隙間からは白髪混じりの頭髪が覗いていた。

 首の下からは、指の太さくらいのちぢれ麺が何本もぶら下がっていた。

 キャプチャーは「9月15日」とあるばかりで他にはなんのコメントもなかった。

 1時間ほどして、件のイラストに藤堂さんのコメントが付いた。


藤堂部長「あかんたれがおるようやな」


<続く>

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