座敷牢の中心で愛を叫んだ新戸先生

金魚術

四国のとある座敷牢

「げぼははは!やっとるのう、ぴの字!」

 ツイッターに上げられた彼奴きゃつの新作藤堂ノベルを読み終えたわいは、思わず叫んどった。やりおる。着実に一歩ずつ、藤堂はんを追い詰めてけつかる。

 ツイ廃の日々で培いよった研ぎ澄まされた言葉の刃が、藤堂ノベルという形で、確実ににじり寄って行き腐る。

 深い。深い殺意や。愛こそ全てや。

 わいは改めてそう思う。憎しみや嫉み妬み、結局そういう濁った感情では届かない純度の高み。わいらを導くのは愛や。


新戸先生「藤堂さん、正気の極み。わいは常にそう意識して絡みに行く。腹ならいつでも切るし既に切った」


 わいはぴの字が投稿しよった藤堂ノベルにリツイート感想を投げ、ツイッターを閉じようとした。

 その瞬間、リツイートしたぴの字のツイに付いた××のコメントが目に入りよった。


××「最近の日の子さんの藤堂さんへの執着、新戸先生を越えてない?」


 鼻で笑うてしもた。木っ葉が。貴様ごとき新参に何が分かりよる。わいは手にしたスマホを畳に放った。


 西陽が射しとった座敷牢やが、藤堂ノベルを読んどるうちに日は暮れてしまいより、どこからか鈴虫の声が聞こえ始めとった。

 わいは食膳に向こた。夕飯の途中やった。焼酎を一口し、皿に残っていたメジカの白子に箸を伸ばした。ぶしゅかんの酸っぱさが白身魚の淡い味わいを引き立てよる。秋が来よるな。

 残ったぶしゅかんを焼酎に絞り、一気に呑み干すと、座敷牢の真ん中で大の字にひっくり返った。酩酊が心地よい。高い天井の木目をじっと眺めていると、次第に木目の波が動き出しよる。節目が目になってワイに下卑た笑いを向け腐りよった。なにわろとんねん。気色わるいわ。


 あのコメントが、魚の小骨のように喉に引っかかりよる。


 馬鹿馬鹿しい。ぴの字もわいも、藤堂はん弄りを競っとる訳やない。どっちがどうやとか、そんなんちゃう。わいら一人一人が、藤堂はんと一対一での魂の対話をしとるんじゃ。何も知らんボケの戯言たわごとなんぞに心乱れされよるもんやない。

 わかっとる。そんなんは百も承知や。

 ほならなんや。

 認めとる。ぴの字の最近の勢いは確かに目を瞠るものがありよる。

 わいは焦っとるんか。ちゃうな。

 スマホを手に、わいは改めてさっきのぴの字の藤堂ノベルを読み返した。やっぱ出来が良い。藤堂はんへの殺意にも溢れとる。

 ふと思う。

 最近のわいはどうや。ぴの字のように、ほんまの殺意からの呟きをしとったやろか。

 どうや。確かにわいは藤堂はんが迷惑がるような、じっとりした呟きはしとる。

 しかし。

 わいはアルコールで痺れた頭を振った。

 ここんとこのわいは、日和ひよってへんかったか。

 ほんまにそこに殺意はありよったか。

 アンチの頃、わいは芯からアンチやった。藤堂はんの一言一句をしゃぶり、隙があればいつまでもつつきたおし、天然めいた空気読めん発言があればそのわざとらしい作為っぷりをひたすら揶揄したもんやった。今から思えばそこには敵意があった。嘘でできたわいには到底至れん、素で他人と交われん異質さへの嫌悪が。ゆえに、殺意も本物ほんもんやった。

 アンチから転向した理由はもう思い出されへん。かなわん、おもたのは間違いないやろ。こないな人、嫌いになりきれへんとも思ったはずや。

 ほんまか。わいはそない簡単に藤堂はんの軍門に降りよったのか。

 ちゃう。ちゃうで。断じて「いな」や。

 わいは畳の上に起き上がった。なんちゅうこっちゃ。楽しすぎたんや。わいはこの楽しみが「暗い情念」ちゅうやつやと思いこみ、しこたまでてしもた。そないな日々が、アンチ時代には当たり前やった常在戦場たまのやりとりの心構えから遠ざけよった。

「あかん」

 思わず声が漏れた。

 こないになりたくて、わいは藤堂はん粘着勢として頑張ってきたんか。ちゃうやろ。わいの殺意はこんなんやない。

 殺らな愛さなあかん。

 唐突にそう思った。そうや。嬲りたい時に嬲り、斬りたいときに斬る。わいはずっとそうやって生きてきとったやないか。なんや、座敷牢に収まりきって名主気取りか、わいは。とり戻さな。取り戻さなあかん。

 わいは褌を締め直し、座敷牢を出た。遠く東の空の下、まず目指すべきは奴や。


<続く>

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