物に当たるのは、よくありませんが――

「君は物を投げることをどう思う?」



 それは乗客の唐突な質問だった。



「物を投げるのはいけないですね。何かに八つ当たりするようで」と、私は当たり前の回答をする。



「そうだろう? 物を投げること自体、よくないことなのに、神社の賽銭で小銭を投げるのはもってのほかだ。神様に物を投げつけるんだからな」



 私はこの乗客を神社の前で乗せたことを思い出した。おそらく、彼も神様にお願い事をしたに違いない。



「つまり、お客様はお賽銭で小銭を丁寧に入れたということですか?」



「当たり前だ。それこそが、神様への礼儀というものだ。君はどちらかね。投げ入れるか、丁寧に入れるか」



 乗客は「丁寧に入れた」という言葉を欲しているに違いない。しかし、「私は投げ入れますね」と答える。



「君は神様への礼儀を知らんのか!」



 ミラー越しに乗客を見ると、カンカンに怒り、血管が浮き出ている。しかし、私はこう続けた。



「お客様、お賽銭は投げ入れるのが正しいのです。古くから、小銭を投げ入れる動作にはけがれをはらい、浄化の効果があるとされています。つまり、小銭を投げ入れることで、浄化され、清らかな状態で神様の前に立てるということです」



「それは屁理屈だ。物を投げることで浄化するなど、ありえない!」



「では、他の例として節分の豆まきを取り上げましょう。あれも、『鬼は外』と言って豆をなげますね。つまり、豆に穢れを乗せて祓うのです。逆に『福は内』の場合は、丁寧に置くでしょう?」



 赤信号でタクシーを止めると、車内が静かになり、乗客が「なるほど」とつぶやくのが聞き取れた。



「あくまでも、一つの説ですが」



 私は信号が青になるのを確認して、アクセルを踏み込む。乗客とのやりとりで、神社に行きたい気持ちになった。願い事は決まっている。「お客様の小さな悩みを解決できますように」と。

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