物に当たるのは、よくありませんが――
「君は物を投げることをどう思う?」
それは乗客の唐突な質問だった。
「物を投げるのはいけないですね。何かに八つ当たりするようで」と、私は当たり前の回答をする。
「そうだろう? 物を投げること自体、よくないことなのに、神社の賽銭で小銭を投げるのはもってのほかだ。神様に物を投げつけるんだからな」
私はこの乗客を神社の前で乗せたことを思い出した。おそらく、彼も神様にお願い事をしたに違いない。
「つまり、お客様はお賽銭で小銭を丁寧に入れたということですか?」
「当たり前だ。それこそが、神様への礼儀というものだ。君はどちらかね。投げ入れるか、丁寧に入れるか」
乗客は「丁寧に入れた」という言葉を欲しているに違いない。しかし、「私は投げ入れますね」と答える。
「君は神様への礼儀を知らんのか!」
ミラー越しに乗客を見ると、カンカンに怒り、血管が浮き出ている。しかし、私はこう続けた。
「お客様、お賽銭は投げ入れるのが正しいのです。古くから、小銭を投げ入れる動作には
「それは屁理屈だ。物を投げることで浄化するなど、ありえない!」
「では、他の例として節分の豆まきを取り上げましょう。あれも、『鬼は外』と言って豆をなげますね。つまり、豆に穢れを乗せて祓うのです。逆に『福は内』の場合は、丁寧に置くでしょう?」
赤信号でタクシーを止めると、車内が静かになり、乗客が「なるほど」とつぶやくのが聞き取れた。
「あくまでも、一つの説ですが」
私は信号が青になるのを確認して、アクセルを踏み込む。乗客とのやりとりで、神社に行きたい気持ちになった。願い事は決まっている。「お客様の小さな悩みを解決できますように」と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。