第45話 小鬼の英雄


 バーリーン砦奪還攻城戦は、【神子の騎士ルッツ】による城門の解放を成し遂げ、好転していた。途中ゴブリンの手により妨害を受けたものの、蟹江静香の圧倒的な筋肉による補助によって落とし扉は大解放し、兵士たちは突撃を敢行した。


 一気に形成を有利に出来ると思ったのも束の間、ゴブリンキングの親衛隊である、【小鬼の英雄ゴブリンヒーロー】が姿を現した。


『通常の小鬼ですら、熟練の兵士が必要……! その上で英雄まで現れるとは!』


 ツェルンは小鬼の英雄ゴブリンヒーローの登場によって、編成の指示を出した。最低でも4人以上でチームを構成し、隙を見せない事を重点とした。


 城門を既に突破した事で、兵士たちにもほんの少しだが余裕が生まれていた。


 頭で考える猶予があるうちに陣形を完成させ、守りに入る。何故この様な作戦が成立するのかと云えば、大量のゴブリンは吹雪によって続々と体力を奪われる個体が増えて来ているからである。


 この手の戦いで最悪なのは、大本の数を減らされることにある。力で押し合いをするにしても、数を失い連携と陣形を崩されれば、種族の身体的優位性で、人間側が負けてしまう。


 力で対応出来ないのであれば、数と技術でそれを補うしか道はない。


 小鬼の英雄ゴブリンヒーローの攻撃は一見、通常の個体と比べて鋭く脅威に思えるが、大盾を構えた部隊が流し受けを行う事で姿勢を崩し、そこから逆転の手を狙う戦法で、少しずつ相手の戦力を削っている。


 更に、蟹江静香が圧倒的な筋力で大斧を振り回し、嵐の様に周囲の敵を殲滅している。死角となる真後ろは大盾部隊が陣形を組んで防御に回ってくれる。


 部隊数人を完全防御に回してもお釣りがくるほどに、

武器を装備したデスマスクの攻撃は脅威なのだ。


 一振りで平均12体のゴブリンを巻き込んで殺す事が出来る。たとえ一撃で死ななくても、重傷を負った個体には戦闘を継続する能力は残されていない。その場にいるだけで他の個体を邪魔し、足を引っ張る存在となる。


 砦内部の混戦によって同士討ちまで起こる始末。


 彼らゴブリンが集団戦において、数と身体能力頼みの戦いを続けてきたのは明白である。賢しいモンスターであるとはいっても、それはずる賢い程度であり、知識や知能で戦いを覆そうとする系統のものではなかった。


 なんとか嵐の中心となる蟹江静香を止めようと、重量のある武器を投擲したりする個体も現れたが、全て大盾と自前の鎧によって防がれている。


 吹雪によって敵の総数が減っていく。寒さで硬直したゴブリンの頭を叩き割り、遊撃をする部隊が、着実に自分のなすべき仕事をこなしている。


 二時間ほど乱闘は継続し、最終的には小鬼の英雄ゴブリンヒーローを数匹残して、前線で戦うすべての通常個体が斃された。


 ここで、吹雪の効果が切れる。遂に魔法部隊が力を使い切ったのである。


『兵士たちよ! ここからが正念場である! 全体回復魔法をかける! 気張れ!』


 ツェルンが戦場で傷ついた兵士たちを一斉に回復魔法で治療する。その範囲は広く、密集している兵士たちは神子の奇跡によって戦意を取り戻していく。


「長槍部隊! 一斉に! 突けぇえぇいっ!」


 部隊長の合図と共に、重たくも鋭い槍突きが繰り出される。小鬼の英雄ゴブリンヒーローはそれを一部、盾で受けきるも、受けきれなかった攻撃が深々と肉体を突き刺し、負傷を与える。


 回復魔法によって傷が癒えたと言っても、消耗した体力が戻る訳ではない。兵士の殆どが戦い続きで満身創痍となっている。


 「シャアッ! 薙ぎ払いッ!」


 小鬼の英雄ゴブリンヒーローを複数相手取り、薙ぎ払いを叩きこむ。英雄と名がつくだけはあり、レベルも実力も確かに高い。だが、今まで戦ってきた格上たちと比べれば大した脅威だとは感じられなかった。


 「能力値ステータス1のレベル0でこの世界に叩き込まれた私が! 何度も死にながら戦い続けた私が! 大人として生徒を守り抜かなければならない私が! こんな所で負ける訳にはいかないんだ!」


 それはまるで、自分に言い聞かせて鼓舞する様なセリフであった。積み上げて来た経験と自信、命と未来を掛けた重圧と背負う者の覚悟。蟹江静香はこの世界で確実に、精神の成長を見せていた。


 その丹力は、現代社会で培えるものでは到底なく、繰り返されてきた激しい戦いの中で徐々に確立し、まるで戦国時代を生き抜いた武将の様に、強く逞しく気高いものとなっていた。


『先生、右手より伏兵。弓矢ですわ!』


 鳴海蝶子から送られた念話を理解し、即座に反応。遠距離からの攻撃を回避する。


『鳴海さんナイス!』


『わたくしが周囲を警戒しながら、遊撃部隊と共と掃討を行います。先生は目の前の戦いに集中し、確実に数を減らしてください!』


 そう連絡を行うと、自慢の尾針でゴブリンの目玉を突き刺して仕留めた。


 残った小鬼の英雄ゴブリンヒーローに対し、長槍部隊が攻撃を繰り返す。そして、最後の一体が斃されると、満を持して砦の奥から、ゴブリンの担ぐ御輿に乗った小鬼の王ゴブリンキングが姿を現したのである。


 体躯は通常種の3倍程あり、上等な装備で身を固めている。その手に持つのは魔法の力が込められている業物であり、人間の英雄を騙し討ち、手に入れた代物である。


「神子さま! 小鬼の王ゴブリンキングが所持しているあの武器、【英雄シャドラス】の大剣です! あれは炎を纏い、攻撃を繰り出す名剣! 我々の力では抑える事叶いませぬ!」


『仕方あるまい! シズカ様! 小鬼の王を頼みます! あの者が持っている大剣にご注意ください! 相手は炎を使います故!』


『炎か……! 相性最悪なんだけど……。やるしかないか……! ツェルン、危ないから降りて補助を頼むよ』


『はい! お任せください! 神子の回復魔法は残り3回。ご入用の際には指示をお願いいたします!』


『わかった』


「神子さま! こちらへ!」


 ツェルンは、ルッツの手によって蟹江静香の背中から下ろされ、その他の兵士たちは仲間の救助とツェルンの護衛、砦内部の掃討に分かれて作戦を開始した。


「ルッツ! シズカ様の鋏に神子の大盾を装着させなさい。きっと役に立ちます!」


「かしこまりました!」


 ルッツは蟹江静香の左鋏に金属製の大盾を縛り付けた。ロープで大盾の持ち手の金具と鋏を縛ったため、大盾に阻害されて鋏が使用不可能になるような事はなかった。


『ふたりともありがとう。壊したらごめんね』


『その時はその時です! ご武運を!』




「オペちゃん、これ、タワーオフェンスモードからの派生戦闘になると思うんだけど、通常戦闘とルールは同じなのかな?」


能力値ステータスの変化や天の声システムを通した通知が発生しておりません。恐らくは通常戦闘と仕様は変わらないと思われます』


「イメージ的には、某ゲームの一騎打ちモードみたいな……あっ!」


 蟹江静香の迂闊な一言で、世界の理は少し形を変化させる。




『一騎打ちモード突入!』




「いらんこと言った! そんなパチンコみたいにモードをコロコロ変えるなや!」


『蟹江先生、どうやらルールに大きな変更は無いようです』


「あっ! ファンタジーな水滸伝の一騎打ちモードか! 助かった! 戦国や三国だったら面倒なことになっていた!」


 イニシアティブ判定の結果、蟹江静香が先行となった。


 初撃はもちろん定番の【カルチノーマの鋏】繰り出した攻撃は成功し、腐食が発動する事で、相手に継続ダメージが確定する。小鬼の王ゴブリンキングが着込んでいた豪華な防具も、腐食の発動によってその効果が失われていく。


 この時点で小鬼の王ゴブリンキングは誰を相手にしているのか気が付いた。腐食の力を持つ蟹のモンスター。【蝕のカルチノーマ】が王の瞳に映る。それは蟹江静香が内包している、【闘気に含まれた残滓】の様なものであるが、敵対する相手を震え上がらせるだけの効果は持ち合わせていた。


『まさかコイツ、次世代の八英祖なのか……⁉』と、顔をしかめて一瞬思考を巡らせる小鬼の王ゴブリンキング。しかし、ずる賢い彼はこの戦いを千載一遇の好機であると考えた。


 以前戦ったオーガも同じ結論に至ったが、次世代の八英祖であっても、その発展はまだ途上に過ぎない。もしも、打ち取る事が可能であればレベルは爆発的に上昇し、自身の経歴に箔も付けられる。


 小鬼の王ゴブリンキングはなんとかして気を反らそうと、ある作戦を実行に移した。

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