第44話 曇りのち矢、時々雹


 カニ生活28日目――――――――




 蟹江静香は、人間との協力関係を得る為、貿易拠点に引き続き、中央都市へと繋がる砦の奪還を実行する為、バーリーン精霊国の兵士たちが集う駐屯地へ訪れていた。


 度重なる会議の末、いよいよ作戦が決行されようとしている。


 高度を利用し、鳴海蝶子が砦を上空から監視、天の声を通して蟹江静香に伝達。頃合いを見計らって精霊魔法による一斉攻撃を開始、その後突入という流れである。


 開戦と同時に前面に敵の注目を集め、その隙に鳴海蝶子がルッツを抱えて飛行。城壁を飛び越え、城門内部へと侵入を手助けする。続けて内側から城門の解放を行い、それに雪崩れ込むという作戦




 砦の城門は機械仕掛けで管理されており、内部にて機械の操作を行うと、巻き上げによって、丸太で作られた落とし扉が上昇。扉が開く仕組みとなっている。


 机上では簡単な作戦に思えるが、空を飛ぶという有利な点があるとはいえ、侵入に関してはたった一人で行動をしなければならない。


 蟹江静香は兵士たちと城門の破壊に向かい、その背には金属の大盾で武装したツェルンが搭乗する形となる。


 甲殻の上に装着している巨大な鎧の隙間に、人一人分が隠れられる空間がある為、一番安全でありながら、兵士たちに状況の伝達や作戦の指示が可能となり、更には前線に立つことで、戦う兵士たちを鼓舞する役目も可能という。


 相塚みんとは、後方で精霊使いによって構成された、魔法部隊の護衛となる。魔法が届く範囲は、弓の脅威も届く範囲であるため、頭上からの攻撃にも注意を割かなければならない。もちろん、十数名の盾部隊は用意されるが、視線が高く、装甲が固い彼女にとって、打ってつけの配置といえるだろう。


 曇天の中、程なくして、ツェルンより攻城戦開始の合図が送られた。後ろには大太鼓を揃えた部隊が控えており、一斉にそれらを打ち鳴らす――




『タワーオフェンスモード突入!』


 オペレーションシステム天の声から、無機質な通知が届けられる。


 空気が一転し、徐々に緊張感が張り詰めていく。現在打ち鳴らしている大太鼓は、単なる虚勢や威嚇ではない。精霊に音楽を捧げる事で、優位に魔法を行使する儀式なのである。


 巨人が大地を踏み鳴らす様な爆音と振動が、戦場を瞬時に駆け巡り支配した。精霊使いの放った魔法が、上空を深い鉛色へと染め上げていく。


 魔法が発動するまでの間、弓矢の部隊が砦の内部に向けて曲射を放ち、ゴブリン達を牽制する。250人でローテーションを組みながら、隙間なく射撃を行う事で、反撃の隙を奪いつつ、魔法部隊への攻撃を阻止するのが目的である。


 この瞬間にも、砦上空には着々と雨雲が形成されていき、その密度は陽の光を遮る程にまで大きくなっていく。そして、時は訪れた。


 大量の氷塊が上空から降り注ぐ。ひょうである。雲に大量の水と冷たい空気を送り込み、雲の中で撹拌かくはんする事で鋭い氷の結晶を生み出し、それを落下させる。


 この様な攻城戦において、氷を使う戦闘は珍しいとされるが、これは精霊を使役するバーリーン独自のものであり、真似をする様なものではない。精霊との親和性が高くなければ不可能な芸当であり、決して効率に優れているという訳でもないのだ。


 従来の攻城戦であれば油などを駆使し、火攻めを行ったり、投石機を用いて岩を投げ込むのが話として挙がるが、バーリーンの術師は自然を破壊し過ぎる炎を、戦の場で使う事がない。


 周囲の森が破壊されれば、使役している精霊の力が必然と弱まってしまうからだ。


 集中的に降り注ぐ大量の雹は、容赦なくゴブリン達を追い詰めてゆく。雹を回避するために室内へ入ろうとすれば、兵士たちへの対応が間に合わなくなり、数で攻め切られる。だが、それを考慮して空の下に出れば、氷塊の餌食となる。


 人間から奪ったであろう、金属製の兜を装備している個体が、懸命に対応しようと動いているが、雹というものは頭に直接落ちてくるもの、と決まったものでもない。入射角が異なれば、当然の様に身体にも当然ダメージが入るというものだ。


 もちろん氷塊が降り注ぐ場所は、精霊の力によって指定されている為、バーリーンの兵士たちには被害がない。その隙に城門の落とし扉を、現地で拵えた簡易な破城槌で破壊していく。


 しかし、それもひとつの策に過ぎない。本命はルッツによる内部からの開門。どの道、彼女の作戦行動が遅ければ、落とし扉を完全に破壊する手筈となっている。


 鳴海蝶子は、ルッツを運び終わったらすぐに飛び立つ予定であった――


 索敵判定【2】【5】 成功!


 見張りのゴブリンが戦闘に駆り出されていたため、滞りなく侵入に成功した。城門を開ける為の仕掛けが作動し、ゆっくりと落とし扉が上昇解放されていく。


 敵の知能判定【5】【2】


 城門開閉装置の異変に気が付き、急いで駆け付けたゴブリン達、彼らは完全に城門が解放されるのを防ぐため、歯車の中に仲間のゴブリンを放り投げた。しかし、万力の様な力に巻き込まれた個体は、そのまま胴体を切断された。


【マスク判定】


 巨大な落とし扉が、半開きの状態で歯車は停止。偶然にも、投げ込まれたゴブリンの着込んでいた金属鎧が挟まってしまい、全ての開閉が操作不能となってしまった。


 それでも兵士がひとり、通過するには十分な空間が生まれ、そこから雪崩れ込むようにして城門は突破されていく。半開きの落とし扉を掻い潜る様にして、若き兵士たちが続々と突撃する。


 ゴブリン達も黙ってそれを見ている訳ではない。姿勢が低くなった者を狙い、武器を振り回して攻撃を行う。完全に扉が開いていれば、姿勢を崩すことなく侵入し、ゴブリンを撃退しながら進撃出来ると言うものだが、ツェルンは歯がゆい思いだった。


『おのれ! 機械式の落とし扉が詰まった様です! シズカ様! 落とし扉を持ち上げる事は可能ですか⁉』


『やってみよう!』


 城門に備え付けられている落とし扉は、年代や設計者などの要素に左右されるが、手動であれば大人が数人で操作する機構である。いかに巨大なモンスターであるとはいえ、たった一人で落とし扉を支えて持ち上げるなど――


 筋力対抗ロール 蟹江静香VS落とし扉 【1】【2】 成功!


 運命の神が嘲笑っていた感覚が通り過ぎた。一瞬の油断も許されない筋力と重りの拮抗が起こる。大斧を地面に突き刺し、それを支えにして、落とし扉をこじ開ける。


 レベルアップを果たしていた、蟹江静香の驚異的な筋力は、鍛え上げられた兵士の数十人分に達していた。徐々に落とし扉は全開に向かい、上昇する。


「何人かはツェルン様とシズカ様の身をお守りしろ! シズカ様が扉を上げ切れば我々の勝利は切り開かれる! 小鬼たちの追撃に備えよ!」


『んおぉおぉおぉっ! もうちょっとぉ!』


 筋力対抗ロール 蟹江静香VS 落とし扉 【3】【6】 成功!


 重量に逆らい、数度に分けて力を発揮し、扉を持ち上げるつもりが、思いの外力が上手く丸太へと伝わり、2回で落とし扉が上がり切った。


 これには、ゴブリン達も驚きを隠せずにいる。操作で数人、直接持ち上げるなら数十人必要な丸太の落とし扉が、一匹の巨大モンスターによって破られたのだ。


『ツェルン! 完全に持ち上げたよ!』


 蟹江静香からツェルンに念話が送られ、

即座にツェルンが大声で兵士たちに呼びかける。


『よし! 今だ! 行け! 行けぇーっ!』


 武装した兵士が万全の姿勢で次々と雪崩れ込む。常に二人組を維持し、ゴブリンの攻撃を受け止めてからの反撃。この戦法で確実に殲滅、踏み荒らし蹴散らしてゆく。


 乱戦に突入した事で、後方で魔法攻撃を行っていた部隊が、雹から吹雪へと魔法を切り替える。繰り出された吹雪は精霊の力が存分に込められており、精霊の守りがなければ、その被害は大きくなる。


 先程の雹によって、この場のゴブリン達は少なくない湿潤しつじゅんの被害を残している。この状態で吹雪が吹き荒れれば、彼らの体温は急激に奪われ、金属の装備は肌へと張り付き、身体の自由を著しく阻害するだろう。


 目論見は通り、寒さに体が硬直していくゴブリン達、相手の動きが鈍くなれば必然と人間側は有利となる。その隙を突き果敢に攻め込むと、続々とゴブリンを打倒す者が現れ始め、戦局は大きく動き始めていた。


「行けーっ! 進めーっ! 小鬼どもを生かしておくなーっ!」


 ツェルンが檄を飛ばし、兵士たちを鼓舞する。精霊に守られていようとも、彼らも吹雪の中で戦ってる。気力を振り絞り、握りしめた武器を的確に振り下ろす。


 既に二百と数十匹のゴブリンを亡き者にし、バーリーンの進撃は続く。『このまま行けば勝てる!』兵士たちの気分は高ぶり、大声で相手を威嚇しながら攻め入る。


 しかし、その勢いも上位種の登場によって、勢いを失う事となる。


 熟練の兵士たちを薙ぎ払い、一気に数名を戦闘不能へと追い込むのは――


『……出て来たか……! 王の親衛隊……!』


 小鬼の体躯を優に倍は越え、筋肉量も大幅に強化、肌の色は深い緑に染まり、人間から奪った上質な装備品で身を固める存在。


 【小鬼の英雄ゴブリンヒーロー】の登場である。



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