第42話 謎と攻城戦
カニ生26日目――――――――
夜が明け、ツェルンの構成した探索部隊が、
ゴブリンの巣穴から戦利品改め、残骸と遺留品を持ち帰った。
これらの遺留品は、モンスターの生態などに大きく関わるものであり、分析する素材において需要な役割を果たしている。
巣穴に残されたゴブリンの死体は、その多くが一酸化炭素中毒による死を迎えており、外傷などは殆どみられなかった。
しかし、問題はそこではない。
なんと巣穴から【上半身はゴブリンで下半身は別のモンスター】を始めとした、様々な死体が発見されたのである。
生物的な境界線は、肉片で溶接したかの様に繋がっており、それも多岐にわたっていた。腕が複数接続されていたり、脚が複数本生えていたりしている。
『神子の目には映りませんが、禍々しい魔力の残滓を感じます。小鬼の身体に刻まれた紋様。これは、現在使われている魔法の術式とは異なるものです』
ツェルンの話によれば、かの昔、驚異的な力に立ち向かう為、自らの身体にモンスターの力を宿そうとする魔法実験が行われていた。それは、人間の精神に大きく負荷をかけ、脳を破壊する可能性を秘めていた為、大々的に中止となった禁忌であった。
『禁忌魔法、【融合法】その実験が、あの巣穴で行われていた可能性が極めて高い』
ここで蟹江静香一行には疑問が生まれる。
『融合法がそんなに力を高めるなら、なんで拠点制圧の際に、そのモンスターが存在していなかったのかな』
『えぇ、その事ですが【融合法】には明確な弱点があるのです。それは――』
陽の光に極端に弱くなり、様々な病気が発症する事。他にも融合したモンスターの種類によって、様々な短所が存在したのだが、長所としての一点である、【生物的な強化】が霞んでしまう程、デメリットが強かったのである。
「他の生物を取り込んで強くなる……。つまり、私と鳴海さんが持っている
陽の下に晒された死体は、徐々にその表面が焼け爛れている。
「この死体を見た所、体毛が全て抜け落ちていますわ。極端な痩せ方を見るに、病気に対する耐性が、著しく低下する要素もあったと思われます」
『
死体の様子を熱心に観察していると、ツェルンが続けて報告を伝達した。
『部下の報告によれば、これらの死体を残して、物理的な資料は全て存在していなかったという事です。既に融合法を行った人物は、他所に移動したと考えるのが妥当だと思われます』
『こんな邪法を研究している人物が存在してるのは、厄介極まりないけれど、この問題は基本的に国で処理してもらう事になるだろう』
『はい、何処かで同じ形跡を発見したら、即座にご報告ください。対処致します』
近隣のゴブリン生産所は、おぞましい実験の跡地であった。
今回の大規模討伐によって、周囲のゴブリンは掃討され、【貿易拠点デスシズカ】は名前も新たに再稼働をすることが決定した。
貿易拠点を後にした一行は、大怪獣形態【ブレーメン】となって、山岳地帯を山沿いに北上していく。オーガを食した事で手に入れた
この大怪獣形態【ブレーメン】は速度を確保し、外敵から襲われる可能性を抑える効果がある。蟹、蟻、蜂の特徴を模した合体モンスターの様に見えるこの形態は、周囲のボスモンスターであったとしても無暗に手を出さない程に迫力がある。
『快適とはまさにこの事。よもやこの世界で移動に神経を尖らせないで済む日が来ようとは、思いもしませんでした。シズカ様たちには感謝いたします』
ツェルンは、バーリーンの言葉を話せない三人に同行し、各拠点を制圧する際の手筈を整えてもらう為に同行してもらっていた。彼女が居れば、鶴の一声で状況が一転する為、蟹江静香たちも助かっている。
「うぉおぉ……! 馬よりも早く、それでいて揺れないなんて……! なんて素晴らしい乗り心地なのだ……! 許されるのであれば、蟹の騎士に私はなりたい……!」
同じくツェルンと共に【神子の騎士ルッツ】も同行した。ツェルンの目が見えない部分を補う形での参加である。彼女がいる限り、この国での厄介事は全て解決する。
彼女は、途轍もない速度で国を横断する巨大モンスターに感動を覚えていた。
「本来であれば貿易拠点から次の拠点である砦まで、かなりの距離があるため、数日の移動は覚悟をしておりましたが、シズカ殿の移動ならば悪路も無関係で突破できる……。なんて素晴らしいんだ……!」
「あれ程警戒していたルッツが、ここまで心を開くとは思わなんだ」
「えぇ、長き歴史の中で、八英祖の物語は多く語られてきましたが、実際その力に触れれば考えも改まります。その多くは支配とされていますが、ここまで話が通じる相手だとは思いませんでした」
「そうであろうな……。実際に魅惑のミルウィートを始めとした、【マガラス】【カーツ】【バルデン】【フータオ】八英祖の殆どが、支配を求めてきていた。強いものには逆らえない。だからこそ、バーリーンは共存という形で協力関係を求めた。他の国とは、一味違うという所を示したい」
「えぇ、これは歴史的一歩です。力関係は事実上、変化しておりませんが、交渉という場にありつけたのは大きな前進だと思われます。我々もこの世界に生きる生命のひとつであると、認めて頂きたい次第であります」
これから向かう先には、陥落した砦が待ち構えている。拠点を支配していたゴブリン達と明らかに異なる点は、統率者である王【ゴブリンキング】が存在していることにある。
進化の過程で色と肉体を変質させ、トロールやオーガになるのとは異なり、純粋に知恵が発達した種族に分類され、念話とは異なる種族特有の言語を操って統率を図っているという、厄介な存在である。
以前戦ったトロールやオーガの様な、力と恐怖で支配するのとは異なり、社会性があり、秩序が存在している。これは数を有する種族にとって、かなり強力な部類に入る。
『偵察によって、凡その数は把握できています。兵隊としての小鬼は約500。貿易拠点と比べれば約5倍の規模です』
『落とし扉に水堀、堅牢な壁と砦。攻略は簡単ではなさそうだね』
『もちろん、今回はこちらも兵士を用意してあります。熟練の兵士を1000人。内訳は近接700、弓矢250、魔法50です。運搬や伝令、工兵は数に入れておりません。以前申し上げた通り、小鬼一体につき、兵士二人で対応するのが基本である為です』
『人間との連携は基本的に望めないだろう。ツェルンは私の上で安全策を取り、仲間の回復と伝令、鳴海さんが上空から敵の動きを見て、相塚さんはゴブリンを魅了して内部崩壊を狙う。この方法が一番適切でしょうね』
『攻城兵器はありませんの? 攻城塔や破城槌や投石機。それらがないと正面での突破は厳しいと思われますわよ?』
鳴海蝶子の考えは常識的だった。攻城戦は基本的に、【攻める側が三倍から五倍の戦力を持っていないと成立しない】と云われている。分厚い守りが攻撃力を削ぎ、内部に届くまではかなりの力を浪費するからである。
『そこを補助するのが、魔法部隊の役割です。幸い明日は曇りのち雨、我々にとっては最高の環境と云えるでしょう』
人間側には知恵がある。その最たるものが魔法の存在であった。魔法と一言に言ってもその種類は多岐にわたる。バーリーン精霊国は、精霊の力を借り得て、自然の力を再現する事が肝要である。
その中でも特に、風と水の魔法に長け、環境が支配する大規模戦闘において、それは大きなアドバンテージになるのであった。
『今までは貿易拠点を抑えられていた事により、運搬の目途が立たず、手をこまねいていた状況が続きましたが、シズカ様達の参入により均衡は崩れ、我々バーリーン側へと傾きました。今こそ攻防の
程なくして、蟹江静香一行は、バーリーン精霊国部隊が駐屯地へと到着し、ひと騒ぎ起こった。大怪獣形態【ブレーメン】を遠目で発見した兵士が敵襲を警戒して部隊を総動員させてしまったからである。
【トピックス】――――――――
バーリーン精霊国は、山岳地帯東方面に位置する国家である。精霊を崇め、精霊と共に暮らしており、その歴史は長い。八英祖に支配されることなく国が成立していたのは、その地帯一面が険しい山脈に囲まれている為でもある。八英祖は何かしらの目的の為に、人々を支配しているが、バーリーン精霊国は条件に当て嵌まらなかったのだろうか……?
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