第41話 ゴブリンの穴


 ゴブリン集団との戦いに勝利し、バーリーン精霊国に存在する貿易拠点のひとつを奪還した蟹江静香一行は、人間達と協力関係を築き上げる事に成功した。


カニ生25日目――――――――


「――これを以て、バーリーン精霊国は、デスマスクのシズカ様を始めとした、善の心を持つモンスター達との協力関係を承諾し、憎きゴブリン達を我が大地から一匹残さず排除する事を宣言する!」


 広場の中央に作られた特設壇上で、バーリーンの神子ツェルンが、蟹江静香との協力関係を高らかに宣言した。


「なお、今回打ち出された作戦により、【バーリーン西の貿易拠点】は、シズカ様の名を受け、【貿易拠点デスシズカ】として名を改める!」


 この決定を後に知り、蟹江静香は膝から崩れ落ちることになる。元来、村や町、拠点などに個人の名前を付ける行為は、最大限の恩賞であり、敬意の表れなのだ。


「この地に再度集まり、国の復興とゴブリンへの報復に集まってくれた皆には感謝の意を伝えておく。戦える者は、こちらで用意した装備を取り戦い、戦えぬ者には個人に合わせた相応の仕事に対応してもらう! だがその前に、神子の覚悟と誠意を受けてもらう!」


 ツェルンは天に手をかざし、光を以て民衆に祝福を与えた。超広範囲のヒールである。神子のヒールは他とは性質が異なり、より多くの者を癒す事が可能となっている。例え腕が砕けても、腐り落ちていない限り身体は再生すると云う。


 集まった数百人の人々は、神子の奇跡を目の当たりにし、復興と報復という大きな希望を胸に抱いて決起した。握られた拳は天高く掲げられ、大歓声の下に演説は終了した。




「人間との友好関係に伴い、早い所、バーリーンの言語を取得したいところだね」


『演説が始まる以前に、ツェルンより渡された書物をインストールし、解析しましたところ、ほぼ八割方解読が完了致しました』


「オペちゃんやるじゃん!」


『しかし、今度は皆さんの発声器官が問題として挙げられます。この中で誰一人、人間と同じ、もしくは似たような声帯を所持している方が不在です』


「終わった」


「そりゃあ、蟹と蜂と蟻ですもの、仕方ありませんわ」


「……この先進化したら声帯は生まれるのかなぁ?」


『お三方の進化傾向を見る限り、進化の際に自らが強く願えば、可能性はあるかもしれませんね』


 いかに友好関係が築けたといえど、念話がなければ会話すら成立しない。この現状を打破したいが、進化するにも経験値が圧倒的に足りない。


 そこで一行は【タワーオフェンスモード】を利用し、ゴブリンを一気に討伐する事で経験値を稼ごうと考えたのであった。


『ツェルン、何処でも構わないんだけど、ゴブリンが生息している場所はない?』


『えぇ、ありますとも。ここより北に位置する山の中に、大規模な小鬼洞窟が存在しています。そこを制圧出来れば、この拠点に攻めてくる小鬼たちの脅威を失くすことが出来るでしょう』


 ゴブリンの産まれる地が観測されたはいたものの、その数は脅威であり、バーリーン精霊国は、長い間入り口を崩落させる事でゴブリンの進行を阻止してきた。


 しかし、それも焼け石に水。ゴブリン達は新たな横穴を掘り続けて数を増やし、結果として拠点を奪われてしまったという話だ。


『その洞窟……は……私たちの大きさで入れるのかなぁ……?』


『わたくしはともかくとして、蟹江先生とみんとさんは既に身体の高さが2メートルを超えていますわ。ゴブリンや人間と比べれば、些か問題があると思われます』


『こればっかりは、実際に現場を見てみない事には始まらないね』


 ツェルンは山において道案内する事が出来ない為、位置情報を頼りに道なき道を切り開いて行く。すると――


 山探索【5】【6】 成功! けもの道を発見し、遠目にゴブリンが山鹿を運搬している場面を発見した。遠くから後をつけると、位置情報と合致する洞窟へと辿り着いた。


 洞窟の前には門番として、武装をしたゴブリンが2体配置されている。距離がある為、こちらにはまだ気がついていない。


「じゃあ、やるかぁ。相塚さん。お願いします」


魅了チャーム!」


 知能差がある為、魅了チャームは自動的に成功した。それらを早々に始末して、一向は準備を始める。


 モンスターには、モンスターなりのやり方がある。蟹江静香は大斧と鋏を使い、周りの森林を伐採し始めた。戦闘を行うスペースを作り、燃えるものを確保する為である。彼女達の様な大きなモンスターには、戦うための条件が存在する。


 その条件を満たす為には、それなりの広い空間が必要なのである。


「ツェルン達の話だと、ゴブリン達は炎に弱いという」


『まぁ、万物の弱点は火で間違いないんですけどね』


 オペレーターからの茶々は的確であった。


「つまり、伐採した木々を燃やして洞窟内に放り込む事で、炎と煙で壊滅させる作戦ですわね」


「全然うまく行く確信は無いけど、私達自体が洞窟に入っていける訳じゃないからね。籠城をされたらそれまでになってしまう」


『洞窟を調べましたところ、高さを考えると――』


【マスク判定】


『――ひとりなら入れそうですけど、構造がどうなっているか不明の為、全員で攻略。というのは難しいと思われます』


「ゴブリンの様な種類であれば、屈んだりして侵入可能かもしれませんが、わたくしたち、誰一人として体の構造的に小さくなれませんわ……」


 巨大モンスター3体で洞窟を正攻法で攻略するなど、土台無理な話である。


「何をやってもダメそうなら、相塚さんに穴を掘ってもらって、水を何処からか引き込みましょう。或いは全部破壊するか」


「そうですわね。やってみてダメなら全部壊すしかありませんわね」


「それでは改めまして、攻略開始!」




『タワーオフェンスモード突入!』




 周囲の空気が一転し、森の中が騒がしくなる。戦闘形態が切り替わったのだ。


 伐採した木々から枝を斬り落とし、それを積み重ねてファイヤーボールで火を付ける。炎を次第に勢いを増し、洞窟の入り口を全て塞ぎ切った。この状態で次々と木をくべていくと、乾燥していない木からは水分を含んだ煙が大量に発生し、風の流れで次々に洞窟に煙が吸い込まれて行く。


「先生、いけませんわ。これ、洞窟内部に風の通り道が存在してますわよ」


 勢いよく周囲の風が動く。それは炎が上がる事で、その場の酸素が急激に減り、その勢いで風が生まれる。更にそれが【洞窟内部に吸い込まれて行く】というのは、吹き抜けが存在しているという証拠なのだ。


 入り口は炎の壁でしっかりと塞がれている為、ここからゴブリンが逃げ出す心配はない。それを考え蟹江静香は、鳴海蝶子の飛行能力で、上空から風の抜け道を探す様に指示をした。


 煙が縦長に広がる場所を発見し、天の声システムによる会話で場所を知らせ、蟹江静香がその場に辿り着くと、酸欠の状態で倒れ込んでいるゴブリン達を発見した。息も絶え絶えといったところだろうが、その中に一際覇気を放つ個体が存在した。


 ゴブリンとも、トロールとも異なる、赤の肌を持つ大鬼、オーガである。


 だがしかし、レベルが存分に成長している蟹江静香と、鳴海蝶子の相手にはならなかった。煙で弱っているオーガに対し、雷撃蜂の神経毒で動けなくしてから首を刎ね、他のゴブリンも同様に首を刎ねた。


――――――――戦闘終了。



報酬―――――――― 

 経験値+30000

――――――――入手。



『タワーオフェンスモードが終了しました』


 経験値を獲得したが、レベルは上昇しなかった。


 オーガを捕食したことによって得られたのは、筋力+LV3であった。


「これで一通り、ゴブリンは討伐できたかな」


『洞窟内部のスキャンを実行したところ、問題ないかと思われます。洞窟内部で煙に巻かれ、中毒死したゴブリンの数を考えれば、妥当な所かと……』


「獲得経験値の少なさを考慮すると……。やはり、直接倒さなかった事が起因しているのでしょうか?」


「タワーオフェンスモードも、前回とは条件が色々と異なるからね……。何処かで検証はしておきたいけど、そんな悠長事も言ってられないからなぁ」


 その後、相塚みんとと合流を果たし、火の後始末を終えた後、拠点へと帰還する。後に、ツェルン率いる探索部隊がこの洞窟を調査することになるのだが、内部で驚くべきものが発見される事となる。


【トピックス】――――――――

 己が努力をしている時、他の者にも同じ様な時間が流れている。この世界では日夜新しい命が生まれ、死んでいく。今生き残っているのは過酷な生存競争に打ち勝った強者だという事を忘れてはならない。

――――――――――――――――


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