第40話 覚悟と決意
ゴブリン達に制圧された拠点集落を取り戻した蟹江静香一行は、ゴブリン達の死体を焼却処理する過程で、トロールの肉を食べる。それは言葉に出来ない程に美味しい肉だった。
長い間精神を削り、戦いの日々を切り抜けてきた一行には嬉しい報酬であった。
『トロールがこれだけ美味しいなら憶えておこうかな……。今後、目の前に現れたら積極的に狩っていこう。生成を行えば保存食も作れるかもしれないね』
『この美味しさ、【人型である生物を食べる】と云うのが倫理観に反していますけれど、それを全て投げうってでも、お釣りがくるくらいには価値がありますわね……』
『おいしい……! こんなに美味しいお肉、この世界に来てから初めて食べた……』
この中で唯一の人間であるツェルンは、トロールの肉に対して――
『神子、この様に美味であるお肉は生まれて初めてです!』
――見事に適応していた。
『不思議な感覚です。魔力がお肉を通して、身体の中に流れ込んでいるのを感じます。気力も不思議と湧いて、こう……元気になりそうです。この調子で、バーリーンの領地を取り返していきましょう……!』
気合いを見せるツェルンを遮る様に鳴海蝶子が口を開く。
『気合いが入り直している所に申し上げにくいのですが、領地を取り戻す前より、まずはこの拠点に人が戻ってくるのを待たなければなりませんわ』
鳴海蝶子の話によると、この拠点を放棄して次へ向かえば、すぐにでも別のゴブリンやモンスターなどが制圧してしまう可能性が在るという。
『それは……そうかも……こんなにしっかりした場所に、人が居なかったら……。すみたくなると思う……』
『そうですね。ゴブリンが粗雑に使っていた形跡はあれど、建物や施設なんかは利用可能な状態です。あれだけ活動をしていたゴブリン達が居なくなったと分かれば、即座に制圧を仕掛けてくるでしょう』
これらの考えに対し、ツェルンは心配はいらないと返した。
『それならば、問題ないと思います。この土地はバーリーン精霊国における重要な貨物拠点。数日に一度は、偵察を行っている我が国の者が存在している筈です。陥落した事で、長い間下ろされていたバーリーンの国旗を掲げれば、異変に気が付きすぐにでも駆け付けてくるはずです』
『正面出入口の櫓に……とっても長い棒が置いてあったけど、あれは……、旗を立てる為だったんだね……!』
『バーリーン精霊国の旗は白に緑の大樹とその周りに精霊がふたり飛んでいる紋章となっております。どうか、この地が奪還されたという証に、我が国の旗を掲げ直して下さいまし』
鳴海蝶子が即座に拠点の出入口へと飛び立ち、櫓の上に放置された旗を掲げ直した。幸い、ロープを引くと滑車によって高く上がっていく構造であったため、簡単にそれは実行された。
バーリーン精霊国の軍隊がこの場に駆け付けるまでの間、蟹江静香はツェルンと口裏を合わせるよう徹底した。ゴブリンを追い出して人間と友好関係を築き、デスゲーム攻略の礎とするのが目的である。
しばらくすると、旗を掲げた集団が馬に乗って現れた。ひとりの武装した乙女が颯爽と馬から降り、ツェルンのもとへと駆け付ける。
「ツェルン様! あぁ、ご無事で何よりです! して、一体どの様な手段でこの拠点を奪還なさったのですか?」
「おぉ、その声は【神子の騎士ルッツ】であるか、話せば長くなるが、ゴブリンに攫われた際に神子を助けた者が、条件付きでバーリーンに力を貸してくれるという話になったのだ。心して聞け……なんと、八英祖の次世代候補がふたりも協力してくれると云う。ありがたい話だ」
「な、なんと! にわかには信じられません! あの気難しい八英祖たちが、我が国に何の益があって加担すると云うのです!」
「詳しく話をする前に、紹介しておこう。決して、気を失うでないぞ……」
ツェルンに手招きされ、一行がぞろぞろと物陰から姿を現す。
「おぶふぁっ⁉」
初めて見る八英祖の力に充てられ、この場にいる殆どの人間が膝を着いた。
「おのれら! 失礼であるぞ! この御仁らは神子の為、百を超える小鬼を蹴散らし、トロールの首を一撃で跳ね飛ばした豪傑なるぞ! 敬意を払え!」
「うぉっ……! しかし、神子さま! 彼らの力は我々の常識を大きく超えております……! このまま覇気に充てられ続ければ、死者も出ましょう、どうか、力を抑える様お伝えくださいませ……!」
神子の騎士ルッツは、込み上げる吐き気を何とか堪えて発言をしているが、秒単位で着々と疲弊している。モンスターと云うのはそれ程までに度を超えた存在なのだ。
『すまぬシズカ様、こやつらに対して、そなた達の力は強過ぎる様です。力をお納めくださいませ……!』
『あぁ、そうか……私達がミルウィートに感じた様に、人間も私たちの覇気が負担になるんだ……。ツェルンが平気そうだから気にしてなかったけど……これでいいかな?』
『みんとさん、動物を愛でる時の様に、優しい気持ちになれば覇気は抑えられますわ。頑張って!』
『む、むずかしいよぉ~……!』
この中で一番、
『もう、わたくし達は離れていた方が安全かもしれません。蟹江先生、申し訳ありませんが交渉などはお任せしますわ』
『はーい! 任されました!』
年長者である蟹江静香は、覇気のコントロールに長けていた。感情の操作に近しい方法で、強者特有のオーラの様なものが自然と納まってゆく。
『手間を掛けまして、申し訳ございませんシズカ様』
『いいのよ、これくらい。私もミルウィートと会話した時はこんな感じだったし』
『それでは、話と参りましょうか……!』
蟹江静香はツェルンを通して、この場にいる者達に目的を説明した。余計な混乱を防ぐため、自分たちの中身が人間であるという事は伏せた。欲しいのは生徒たちの情報。新種のモンスターが発見された場合、知らせてほしいという要望である。
「この要望を、我が王に通して頂く。ゴブリンに遅れを取るような我々の力では、最早、モンスターたちの進行を止める事は出来ぬ。これは決断の時である!」
「しかし、ツェルン様、次期八英祖とはいえ、モンスターに救援を求めるなど、王や国民が納得するでしょうか⁉」
「愚か者が! 己の力も弁えず、矜持や意地で国や民が守れるものか! 話して分かる相手なら、協力してもらうのが道理というもの! 幸い、彼らは神子たち人間の数による、探索範囲の広さを欲している。戦闘の対価が交流と労働で済むなど、この上ない好機と言えようぞ」
「確かにツェルン様のおっしゃる通りです……。理性的で国の将来にとっては最善策といえるでしょう。だとしても、モンスターに家族や友人を殺された者たちは、そう易々と心を切り替える事は出来ませぬ! 正しさで人は動かぬのです!」
「今! 理と正しさで動かねば、バーリーンは死ぬと云うておるのだ! 騎士ひとりが国民全ての心を語るな! 神子は国民の立場を鑑み、モンスターと手を組もうとも、必ずや国を脅かしたゴブリン達をこの世から滅する! その気概がなければこの国に未来は無い‼ もし、シズカ様が神子たちを裏切るような事があれば、この目を抉り、腹を切って死ぬ!」
この時、ルッツには神子の蝋で閉じられたはずの瞳に、確かなる光が見えた。強い意志と信念、国を守ろうとする決意。そして、覇気が込められていた。
「……! その覚悟、しかと承知いたしました! 神子であるツェルン様の気概と決意、このわたくし、【神子の騎士ルッツ】の名に懸け、必ずや王と国民にお伝えしたしまする!」
「頼んだぞ!」
その後、ルッツの手引きにより、蟹江静香が提示した条件を基に作られた盟約の書がしたためられた。バーリーンの王は神子の覚悟と決意に心を揺るがされ、これを承諾した。
かくして、人間と転生をしたモンスター達との間に盟約が結ばれたのであった。
【トピックス】――――――――
八英祖などの偉大なるモンスターによって支配されている地域や、八英祖の個人を崇拝している団体や国などは存在している。しかし、それは一度たりとも平等な関係で築かれたことは無い。
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