第38話 作戦開始


 バーリーン精霊国の領地内へと入った一行は、陥落している集落をゴブリン達の手から奪還すべく、作戦を練っていた。デスマスクの驚異的な視力によって、集落周辺の情報が明らかとなってゆく。


 集落はこの地域における、商業拠点として利用されていた。滝から川を伝って流れる豊富な水を利用し、水堀として外敵から身を守る役割と、水上輸送を可能にした構造をしている。


『攻略の手段が多いというのも考え物ですなぁ……』


 蟹のモンスターである蟹江静香と、水堀の相性は最高であり、ゴブリンを引きずり込んで溺死させる事も容易である。基本的にモンスターは、水生生物以外は泳ぐという技術を持ち合わせていないからだ。


 近くには自然豊かな山林もあり、あらゆる可能性を秘めている。


『しかしながら、資材が豊富にあるとしても、道具から作り始めると云うのも効率が悪い。いかに技能スキル作成があるとはいえ、私ひとりで大規模な罠は作れそうにないかも』


『先生には範囲攻撃があるので、ザコ狩りには打ってつけですわ。相手の総数を減らすというのは大規模戦闘において必要不可欠な問題ですから、安全な水堀で集団を引き付けて間引き、その間に支配したゴブリン達で特攻&魅了チャームこれがこの時点ですぐに行動できる作戦ですわ』


『おねえさまは、何をするの?』


『わたくしは、集落の上空からおふたりのサポートを行いますわ。我々は目の見える範囲であれば、天の声を経由して互いに会話する事が可能。上空で敵の流れを探りながら戦うというアドバンテージを持っています。これを利用しない手はありませんわ』


 オペレーションシステム【天の声】は統括モードと個別対応モードが搭載されていて、それぞれが独立している。これは他の生物は持ち合わせていない為、大きく戦場で有利に働くのである。


『流石は鳴海さん……。軍師の経験がおありで?』


『いえ……。わたくしの考えはあくまでも机上のモノ。経験に基づくものではありませんわ。しかしながら、むやみに集団で特攻するよりも、全員の特徴を最大限に活用するとなれば、この手しかないと思います』


 鳴海蝶子の発案した分断作戦は、どの時間帯であろうと実施が可能な現実的作戦である。本来であるなら相手の生態を詳しく調べ上げ完璧な戦いに臨みたいというのが本音ではあるが、時間を掛ければかける程、この世界の外敵は強くなってしまう。


 のんびり対策している間に、ゴブリン達が進化してしまう可能性が十分にあり得る。それを防ぐためにも、即座に対応を行わなければならないのである。


『敵の手に落ちた集落を取り戻す戦い……。【タワーディフェンス】ならぬ【タワーオフェンス】ゲームだね……!』


 蟹江静香によるその発言で、この地一帯の空気が一転した。




『タワーオフェンスモード突入!』




『むむっ……! どうやら、蟹江先生による新しいゲームの概念が構築されたようです。これは、ゲームにおける【イベントシナリオモード】の様なものですね』


 天の声から機械的な通知が発せられる。


『つまり、蟹江先生の発言でこの瞬間から拠点奪還作戦は、【イベント戦におけるミニゲーム扱い】になった訳ですわね。これが我々にとって吉と出るか、凶と出るか……』


 この世界の理屈は、この場にいる誰にも理解できない。ただ、今までの戦闘システムとは異なるルールが適応されているという事実は、全員の感覚に共有された。


『より、シミュレーションゲーム感が強くなった感覚があるね』


能力値ステータスに変化はないけど……。違和感……? みたいなのが、身体に纏わりついているみたい……』


『これまでの戦いとは異なる方法で攻略しなければならないのか……。しかも、チュートリアルなしの一発勝負……。やはりこの世界は私達に優しくないわね』


 悠長な判断はしていられない。突如変貌した世界の理に、ゴブリン達も慌ただしくなる。続々と各施設からゴブリン達が集合し始めている。彼らは三体で一組となり、ユニットを組んでいた。


『魅了で支配しているゴブリン達と同じようにチームを組んでいるね。もし、これがシミュレーションゲームなら、あれが1ユニットになるんだろうか』


『相手が既に感づいています。この作戦をチュートリアルとして、決行する以外、わたくし達に選択肢は無さそうですね。蟹江先生は水堀から奇襲。みんとさんは正面の出入り口からゴブリンをおびき寄せてください。ツェルンはみんとさんと行動を共にしてください』


『『『了解!』』』


 こうして、軍師鳴海蝶子による指揮の下、拠点奪還作戦が開幕した。


 集落の出入り口付近に陣取った相塚みんとは、支配下に置いたゴブリン達を先導し、戦いながらも魅了チャームを活用して、戦いを搔き乱している。


 蟹江静香は、真後ろに位置する水堀から奇襲を仕掛け、大斧でゴブリン達を殲滅。一方的な虐殺が開始された。


 上空で偵察と連絡を行う鳴海蝶子は、ゴブリン達の行軍における流れを終始、ふたりに連絡し、挟み込まれない様に指示を出し続けた。


 集落拠点から続々と駆り出されるゴブリン達のユニットは、何処からともなく現れた大型のモンスターに蹂躙されている。事情を知らない者が見れば、これは異様な光景に映るだろう。


『豊富な水資源をゴブリンの血で汚すのは忍びない。全員溺死させよう』


 偏った思考から繰り出される蟹江静香の行動により、続々と溺死体を生み出していく。この結果も水資源を汚している様にも思えるが、後で食事も兼ねた掃除をするつもりである。


 送り出した部隊が一向に帰ってこない状況を受け、拠点の屋内に身を潜めていた上位種、トロールが姿を現した。その巨体と分厚い脂肪は、打撃を無効化し、冷気を遮る。備えた怪力は大木を素手で引き抜くほどに逞しく、人間など紙きれの様に吹き飛ばすだろう。


 そんな巨体が相手するのは、三体の巨大甲殻モンスターである。


 トロールは何故、自分たちの手に入れた拠点を別種族に襲われているのか、到底理解していなかった。縄張り争いに負け、領域を追い出される事はあっても、ここまで一方的に数を減らされた経験はなかったのである。




『この大きな個体が、この集団のボスなのかな』


『思ったよりも……。大きくないかも……? わたしと同じくらい……?』


『みんとさん、あなた今、2メートル半越えですわよ。十分にデカイですわ』




 彼女達の会話は念話によって行われているが、知能が高くないトロールにとっては、連携が取れ過ぎていて不気味に感じる。本能で感じていたのは、蟻のモンスターが魅了チャームによって、他の二体を支配しているという憶測であった。


 蟻のモンスターで、これ程の大きさと強さを持っている個体は、必然的にミルウィートの関係者であるという事が理解できる。トロールは何処かのタイミングでミルウィートの怒りを買い、滅ぼされようとしているのだと察した。


 しかし、これは好機チャンスともいえる。ミルウィートの後継者であろうとも、目の前に居るのはミルウィート本人ではない。次世代の女王であることに間違いはないが、『たかだか、ゴブリンの上級だと侮っているに違いない』と、トロールは悪知恵を働かせた。


 隙を見て攻撃を与え、女王である蟻を倒すことが出来れば、信じられない程の経験値が手に入る。そう考えたトロールはその場に跪き、敵意がない事を示した。


 全てはタイミングである。蟻が警戒を説いた瞬間、隠し持っていた人間の武器で喉笛を掻っ切り、ボスを倒せば勝機はある。


 トロールは悟られぬ様、細心の注意を払い、首を吹き飛ばされた。


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