三章 まだ見ぬ仲間を求めて

第37話 亜人との戦い


 拠点として利用していた蟻塚住宅。

その存在が人間に悟られた可能性を考慮し、蟹江静香一行は、場所を移した。


 ゴブリンに誘拐されていた神子の少女ツェルン。彼女の国を救い、人間との協力関係を築く為、一向は北東にあるバーリーン精霊国を目指す運びとなる。


 デスマスクである蟹江静香に、鳴海蝶子と相塚みんと、ツェルンも搭乗することになるのだが、それは結果として巨大蟹、巨大蟻、巨大蜂、人間によって構成された、【大怪獣甲殻ブレーメン】を誕生させる事となる。


『速度を求める為とはいえ、こんな状況を見られたら大騒ぎになるだろうね』


『ごめんなさいせんせえ……♡ わたし、身体が大きくて速度が出せないみたい』


 行軍に適した素質を持つ、蟻のモンスターではあるが、その大きさと二足歩行の進化系統により、持続して速度を出す事が出来ない仕様であった。


『仕方ありませんわ。その巨体で二足歩行なんて、現実的ではありませんもの』


 身体を支え、移動する筋力は十分あるのだが、デスマスクの移動力と積載量を考慮すれば、全員を搭乗させて移動した方が、遥かに時間の短縮になった。


『感じます。バーリーン山岳地帯の風を……!』


 目の見えないツェルンは、その一際鋭い感覚を以てして、故郷の大地を感じとっていた。ここは、森林と険しい山々に囲まれ、平地は少ないが水源と緑が豊かな土地である。


 山から栄養豊富な水が流れ、大地は肥沃し、動物たちは自然の恵みを堪能している。そんな中を、巨大な蟹が過重積載で通過していく姿は、小型の山が移動しているようにも見える。その影だけを見れば、新手のモンスターだと思われるだろう。


『この先に、ゴブリン達によって占拠された集落が存在します。これらを奪還し、反撃の礎とすれば、バーリーンの国民も清き魂を持つモンスターの存在を認める事になるでしょう』


 ツェルンの拳が強く握りしめられる。目の見えない彼女がここまでして国を守りたいという気持ちを汲み、3人は陥落した集落の数百メートル手前までたどり着いた。


『オペちゃん。ゴブリンに関しての情報はある?』


『はい、皆さんが気絶している間にツェルンさんから仕入れておきました。わたしの持つ過去の世界データと合わせれば、正解に限りなく近い情報が獲得できるでしょう』


【ゴブリン】――説明。

 古より化け物の代表格として扱われる小鬼。人間の子供ほどの大きさしかない者から、成人の数倍まで、様々な種類が存在している。なお、この世界において、ゴブリン、オーガ、トロールなどは同一視されており、全て【異色の肌を持つ、人ならざる者】という認識で成り立っている。大きさや肌の色で、名前が使い分けられるが、基本的に【ゴブリン】【小鬼】などと呼ばれる事が多い。

 この名称は、『決して油断をしない』という意味合いで語り継がれている。

――――――――説明終了。


『ゴブリンの個体はメスが非常に生まれにくく、人間の男女や、鹿などの動物を犯して繁殖する事も可能なモンスターです。故に滅ぼす事が出来ず、人々は長年苦しめられてきました』


『えぇっ⁉ 男性も女性も動物も関係なく孕むの⁉』


『そのようです。どうしてかと聞かれると、神子も困るのですが……』


 鳴海蝶子が腕を組み、ひとつの可能性を導き出した。


『この世界の小鬼は、エイリアンや寄生虫の様なもの、なのかもしれませんわね。卵を相手の体内に植え付けて、中から食い破り成長していく……みたいに』


『そんなのが……たくさんいるのに、どうやって倒すのぉ?』


『デスマスクの視力で観察してみた所、あの集落には100体以上のゴブリンがひしめいているみたいね。倒すにしても、全体攻撃は魔法のストーンシャワーくらいしかない……。となれば、広域で相手の戦力を圧倒的に下げる、相塚さんの【魅了チャーム】と【酩酊支配】による同士討ちを狙うのがベストでしょうね』


『大規模戦闘において、数の差は埋めようがありませんわ。敵を味方にして総数をひっくり返せば、勝機も見えてくるかもしれませんわね』


『とは言え、初っ端から100体を相手にする程軽率ではいけない。試しにそこら辺を警備しているゴブリンに魅了チャームを掛けて様子を見ましょう』


 集落の外周を警備しているゴブリン達は基本的に3体で一組であった。盾持ちの前衛と槍持ちの後方支援、弓矢の遠距離攻撃とバランスが良かった。


 『恐らく、人間から取り上げた装備で身を固めているわ……。ゴブリンって狡猾な生き物だなぁ……』


 自身も武器と防具を装備している事から、ゴブリンに対して秘かな親近感が湧き上がる。だとしても、相手は人間社会に害を成す存在。感心している場合ではない。


 ワザと音を立て、ゴブリンを呼び寄せると、

相手の死角から魅了チャームを掛ける。


 達成判定【6】【5】 成功!


 相塚みんとの魅了チャームはゴブリン3体を見事に酩酊支配した。これによりゴブリンに対して魅了チャームが有用である事が証明された。


『次は、陥落した集落に生き残りが居るのかという問題ですわね。我々の活躍は誰かの目に見られて初めて成功する。例えゴブリンを全滅させたとしても、一部のモンスターが友好的であるという事を信じてもらえないかもしれませんわ』


『ツェルン、小鬼に襲われた場合、人はどうなるの?』


 ツェルンが思考を巡らせ、少し考えてから答える。【マスク判定】


『残念ながら、子供を孕まされると出産の際に、赤ん坊が腹を食い破って出てくるので、その後の人間は小鬼たちの食料になります。無事に生きている人間は少ないかと……。出産前であれば、神子の奇跡で治療する事が出来るのですが、陥落してから時間が経っています。生き残りも少ないかと……』


『それだと、火を放って炙り出す事も出来ないし、普通に武力行使するしかないね』


『あくまでわたくし達の目的は、この土地の奪還にありますわ、集落自体を燃やしてしまっては、友好を示すどころではありませんことよ』


 まさしく本末転倒である。


『火攻めは最後の手段という事で保留にしておこう。相塚さん、ゴブリン達の塩梅はどう? 役に立ちそう?』


 相塚みんとは【酩酊支配】の技能スキルで支配下に置いている生物がどれ程自由に動かせるのかを確かめていた。流石に記憶や思考に関与する事は出来ないが、簡単な命令なら可能である事が判明した。


『彼らに、警備が手薄な場所を案内させる事が出来ます。魅了チャームは相手にお願いする事は出来るけど、複雑なのは無理みたいですね』


『よし、そこを攻略の糸口にしよう。内部で混乱を起こし、統率をしているリーダー格を倒せば……』


『先生は少し。考えがバーサーカー過ぎますわね……。【倒した4体のゴブリンのレベルが低かった】とは、思いませんの? これだけの数を統率している個体となれば、相当レベルが高いと考えるのが自然だと思いますわよ?』


『むむっ……確かに言われてみればそうだ……。この世界は【ゲーム】というルールではあるけど、私達が主人公で、戦い自体がバランスよく仕組まれたシナリオイベントという訳ではない……。レベルバランスを崩壊させる様なボスが存在している可能性もあるか……!』


 レベル0、能力値ステータスオール1でこの世界に放り出されたという事実を鳴海蝶子は深く印象に残していた。ここにいる3人は、たまたま運に恵まれただけであり、悪ければ死のループに囚われていてもおかしくはない。


『人質が存在しないというのであれば、無理に相手の領域に侵入する必要はありません。こちらで大量の罠を用意し、おびき寄せる事だって出来る筈ですわ』


 鳴海蝶子は、この環境を利用した集落の攻略法を立案した。




【トピックス】――――――――

 かつて、ラットを用いて行われた実験において、諦めの悪い個体と成功体験を持つ個体は、水の中に入れられても60時間諦めずに泳ぎ続けた。というものがある。助かるかもしれないという希望は生き物をより強くする。しかし、本当に助かるかどうかは別問題である。

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