第36話 さらば蟻塚住宅
カニ生24日目――――――――
ゴブリンから助けたバーリーンの神子、ツェルンを拠点に連れて帰還した蟹江静香は、生徒ふたりが襲われている場面に遭遇した。進化の途中である、無防備な相塚みんとを守るため、鳴海蝶子は一方的な攻撃に耐え続けた。
それは蟹江静香の怒りを買い、反撃の狼煙があげられたかと思いきや、相手が弱過ぎた結果、システムの都合で速攻、瀕死状態に追い込んでしまったのだった。
「こいつら、一体何が目的なんだ……⁉ 俺たちを攻撃をしてきたと思ったら武器を奪い、拘束までしてから回復……! 行動の意図が分からないぜ!」
「こ、この緑髪の少女……! 念話で会話しているみたい。まさか、モンスターを操っているの⁉」
「うむ、そうとしか考えられない……! モンスターが人間相手に、手加減などする筈もない……! そうか、我々は彼女の資産であるモンスターに手を出したのか⁉」
「しかし、依頼にあった巨大蟻の問題はどうなるのだ? モンスターを操るものが居ると云うのも、我々の推察に過ぎない。そもそも前例がない。モンスターと人間は長い間、敵対関係にあるはずなのだ」
人間4人は自分たちの状況も鑑み、会議を行っている。不自然な状況に対して納得のいかない事象が余りにも多いからだ。
蟹江静香は、言葉が通じない事の不便さが、ここまで厄介なものだと改めて実感した。生徒が傷付けられた怒りも、短縮戦闘で毒気を抜かれ、この4人はもはや邪魔な存在でしかなかった。
「先生、みんとさんの進化が完了しますわ! お早く!」
鳴海蝶子の言葉に気が付き、視線を向けると、今まさに相塚みんとが進化から目覚めようとしていた。卵の様な薄い膜に覆われていた身体は激しく発光し、空間全域を眩く照らす。
中から相塚みんとが、自身の力で膜を打ち破り、這い出てくる。粘液に塗れた身体は滑り落ち、そのままゆっくりと起き上がる。
全長2メートル半、光沢と強度を備えたメタリックピンクのボディ。二足歩行へと進化し、腕は4本となった。大胆なボディラインと、所々を主張する緩急の鋭い凹凸は、オスだけでなくメスすらも酩酊させる。
「ぎゃーっ! 欲張りセット過ぎるーーっ! 誰だ! 【僕の考えた最強の昆虫娘】を作り出したヤツは! 加減ってものを知らないのかー⁉」
「うぉっ……! とんでもねぇ爆乳が腕と同じ数だけぶら下がってますわ……! このデザインを採用した奴は、間違いなくドスケベで間違いありませんわ……!」
『データを参照するに、過去に放映されたメタルシリーズをベースに、昆虫感とロボット感を高めたデザインですね……』
一同がドン引きしているのも無理はない。女性が男性を魅了して止まない部分が通常の倍存在しているのだ。
「せんせえ♡ おねえさま♡ おはよう♡」
〈状態〉
〈称号〉 愛されしもの
〈名前〉
HP 360/360
MP 248/248
筋力 84
頑強 88
素早さ 80
器用さ 82
知能 82
幸運 90
〈
〈攻撃系
〈基本系
〈変質系魔法〉
――――――――――――――――
「エロ過ぎぃ! つるつるピカピカのボンデージ着てるエッチな爆乳のアンドロイドみたいな見た目してる! 怖い! 怖い!」
「しかも、2メートル以上ありますわよ。この年齢でこの刺激は、性癖がヒン曲がってしまいますわ……!」
鳴海蝶子は相塚みんとを直視した所為で、立ち眩みを起こした。
「鳴海さんしっかりして! 確かに思春期にこの刺激は強過ぎるけど!」
「せんせえ♡ おねえさま♡ だいじょうぶ……?」
「「ぐわーーっ!! 恐ろしい程可愛いーっ!!」」
ふたりは、相塚みんとの放つ、余りにも強い美少女の波動に吹き飛ばされた。以前の数倍は脳に直接届く甘い声をしている。蟹江静香は泡を吹き倒れ、鳴海蝶子も同じく失神した。
『シズカ様……! しっかりなさってくださいませー!』
背中に乗っていたツェルンも波動に充てられてはいるが、目を閉じているおかげで一撃必殺されることはなかった。拘束していた4人はレベルの違いに失神している。
「えぇ……。わたしは……、どうしたらいいのぉ……?」
『皆が使い物にならなくなってしまったので、優秀なオペレーターであるわたしが、事の顛末を説明いたしましょう』
「わぁ……♡ おぺちゃんありがとう♡」
『うぐぐ……! 天の声にすらこれ程の影響を与える魅了……! やはりミルウィートの直系なだけはありますね……! 危ない危ない……!』
気絶寸前のところで意識を取り戻した天の声によって、この場にツェルンが居る事、人間に襲われた事、それに伴って起こった事などを説明した。それが終わる頃には蟹江静香と鳴海蝶子が意識を取り戻し、全員で意思疎通と情報交換が行われた。
『なるほど……。山岳地帯でそんなことがぁ……』
『そうなの、ゴブリン達が悪さしているという話もあるし、山岳地帯には生徒を探す過程で向かうつもりだったから……』
『ふむ、この機にツェルンに協力し、人間達と友好関係を結んでおこう、という考えですわね。問題は、退治した所で人間側がわたくし達と受け入れる保証がこれっぽっちも存在していない事ですわ』
『カルチノーマとミルウィートの後継者が揃っているのに、敵対するって言われたらもう、どうしようもないんだけどね……ツェルンはどう思う?』
これまで3人の会話を黙って聞いていたツェルンは、自分に話題が振られていると思っておらず、蟹江静香の鎧の上で眠りについていた。
『そうだよね……。ゴブリンに誘拐されてた訳だし……疲れもするか……』
『しかし、何故彼女はこんな熱帯平原に連れてこられたのでしょう? 北東の山岳地帯からだと結構な距離がありますわよ……?』
『それは、彼女が起きてから改めて聴くしかなさそうだね……。それと、この捕えた4人はどうしたものか……。帰しても帰さなくても、この蟻塚住宅はもう使えそうにないだろうねぇ……』
『困っちゃう……拠点はわたしたちが唯一休める場所なのに……。要は、この4人に蟻退治が終わったと報告させて、この場所へ来ない様に誘導すればいいから……』
『意思疎通のひとつでも出来れば、問題が解決しそうなものですのに……』
蟹江静香は持ち前の頭脳と機転で、新たな策が思いつくか思考を巡らせた。
閃き判定【2】【6】 成功!
『相塚さんの魅了で4人を配下にして、報告とかさせられないかな』
『……やって、みましょうか? 【兵隊化】した対象生物は、ある程度の思考を読み取ることが出来るので……』
拘束している4人を
【酩酊支配】――説明。
――――――――説明終了。
相塚みんとが4人を支配している現場に直面すると、それぞれの感想が飛び出す。
「ちょっとエッチ過ぎんか? 腋からフェロモンが出るのは分かるんだけど、腋見せしながら、ふーって息吹きかけるとか、私が男だったら死んでたが⁉」
「見ているだけで悪影響ですわ……! 腕が4本ある所為で、腋も4カ所ある訳ですから実質効果は2倍……! 離れていても脳が痺れそうですわ……!」
「は、恥かしいよぉ……♡ 見ないでぇ……♡」
女王候補である美しい蟻のモンスターが、両腋を露わにしてフェロモンを放出し、その様子を知り合いに見られて恥じらいを見せている。支配を受けた4人は少し高揚した様子だが、相塚みんとに対して完全なる忠誠を誓っていた。
主従のバイパスを通して、言葉ではなく意志で命令が下される。武器を返還し、女王蟻を倒したと報告させる手筈となった。死闘の末に炎で燃やし尽くしたという事にして、血液を持ち帰らせることにする。
「これでうまくいけばいいのだけれど……」
『この4人が何処から来たのかにも依りますね、バーリーンの言葉が通じなかった事を考えると、熱帯平原より東にある国か、南西の国のどちらかなのでしょう』
「これでやれることは一通りできたね。ツェルンが起きたら、北東の山岳地帯に向けて出発しよう。一応日本語で入り口前に書置きでも残しておこうか」
「それがよろしいと思いますわ。この世界の人間は読めないと思いますし」
蟹江静香は蟻塚住宅の入り口に、この拠点は人間に認識されている事と、北東の山岳地帯に向かう都度を石板に書き記した。
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