第35話 襲撃&襲撃
夜の熱帯平原を、危険も覚悟で探索していた蟹江静香は、レベルアップの後に大斧を拾った。その後、集団行動を行っているゴブリン達を発見し、彼らの持ち物に人間の女性らしき存在があったのを発見した。
デスマスクである蟹江静香は、リスクを避け、種族特有の視力で遠くから観察を続けていたが、夜という事もあり、ゴブリンの持つ【荷物】が人間であるという確証を得る事が出来なかった。
「もう少し、近づいて様子を見よう」
蟹江静香がゴブリンの近くに向かおうとしたその時、
袋の中から爆音の念話が放たれた。
『助けて! 助けて! 誰か!』
ゴブリン達は頭を抱え、苦しんでいる。
それは蟹江静香に対する、明確な救助信号であった。
『わかった! 助ける!』
強襲判定【1】【6】 成功!
達成判定【6】【4】 成功!
両手を放し、耳を塞ぐようにして苦しむゴブリンに対し、蟹江静香は大斧よる薙ぎ払いを繰り出す。
腕力×握力×速度×大斧=破壊力。
ゴブリンは4体全て、頭が吹き飛んで死んだ。一方的な暴力であった。
――――――――戦闘終了。
報酬――――――――
経験値+4000
――――――――入手。
ゴブリンが死んだことで、その場に袋が投げ出される。蟹江静香は力加減を間違えない様に、袋だけを破り捨てた。
『小鬼の気配が消えた……! 何処の何方か存じ上げませんが、お救い頂き感謝申し上げます……!』
袋から這い出したのは、淡い緑髪の少女であった。体中に生傷があり、扱いの悪さが目に見えて判別できる。中でも一番目を引いたのが、【両目を蝋で塞がれている】事であった。
『……その目はゴブリンにやられたの?』
蟹江静香が念話を送ると、緑髪の少女はそれを否定した。
『バーリーンの神子は精霊に近しく、その存在を深く知るため、自らの視力を固く封じます。傷ではございませんので、ご安心ください』
目の大部分が蝋で隠れている為、彼女が笑っているのかは口でしか判断が出来ない。少なくとも、年端もない少女の目を封印する習わしに、蟹江静香は嫌悪を抱く。
『この様な醜女を、英雄たるお方に晒す不作法、どうかお許しください』
『ん? 姿が見えないのに、なんで私が英雄だと思うの?』
『神子は目を封じると魔力の流れを【視る】事が出来るのです。あなたの放つ力は大きく……おお……きく……? はて……身の丈がこれ程大きい人物は初めてです』
神子は魔力の流れを可視化し、その結果として蟹江静香の秘めたる魔力を見切るも、その正体には辿り着けてはいなかった。
『私は、デスマスクのシズカ。蝕のカルチノーマより生まれしもの。熱帯平原でレベル上げをしているところなの』
『蝕のカルチノーマ⁉ それに娘とは……! 神子の知らない所で八英祖の世代交代は着々と進んでいたというのですね……! しかし、何故でしょう……あなたからは八英祖の様な禍々しい魔力を感じません……! どうして……!』
『混乱するのは仕方ないけど、とりあえず。君の名前だけでも教えてくれない? 呼ぶとき不便だからさ』
『申し遅れました、神子は、【ツェルン・ゴルプベルガー】と申します。バーリーン精霊国の神子にございます』
蟹江静香は、詳しく話を聞こうと考えたが、こんな熱帯平原の真ん中で長話をする訳にも行かず、ツェルンを背中に乗せて拠点へと移動した。この時、天の声によるマップオペレーションにより、敵を避けて帰還する手筈となる。
『そうか……。ここより北東の山岳地帯に築かれた人間と精霊の国……。山を削り出して寺院を築くなんて、建築技術が発達しているのかな……』
『シズカ様、山を削るのは精霊の仕事にございますわ。我々人間には出過ぎた真似。多少の調整はなさいますが、全ては精霊様のお力によるものにございます』
蟹江静香の背中に搭乗したツェルンは、鎧に施された剛毛を手綱として、しっかりと掴まっていた。自動車の速度で移動する蟹に乗るのは初めての様で、肌で風を感じ、心を弾ませていた。
『しかし、精霊国がゴブリンによる大襲撃を受けているなんて……。事の発端は何だったの?』
『山岳地帯ではここ数年、モンスター達による縄張り争いが過酷なものとなっていました。小鬼たちの住処は中央地帯より、やや東側にあり、人間の領域近くに存在しておりました』
彼女の話によれば、最近モンスターの中で個体でありながら、強力な力を持つ者が現れ、山における力関係が変化、ゴブリン達は住処を追われ、人間の国に雪崩れ込んだという。
『その、ゴブリンと云うものは、自然界的に全滅すると、何か問題ある?』
『小鬼種族は力の差がそれぞれございますが、何処でも繁殖する生命力の高い種族にございます。滅ぼす事は難しいかと……』
『あの感触だと、この辺のモンスターの半分くらいしか力がない様に思えたんだけど、最下級の小鬼だったのかなぁ……』
『そんなことございませんわ! 小鬼一体は兵士がふたりがかりで倒すもの、神子の国ではその様に習います! 決して、侮れる相手ではございませぬ!』
『そういうものなのか……。とりあえず、夜が明ける前に拠点に帰ることは出来たみたいだ……』
『ここが……シズカ様の拠点……。神子は目が見えませぬが感じます、この中から感じる強大な力……! これは……? 人間の魔力……?』
『ツェルン! 振り落とされないでね!』
蟹江静香は瞬時に拠点の違和感を察して、生徒ふたりが待機している最奥の空間へと急いだ。そこで待ち受けていたのは、進化途中の相塚みんとを守る、傷ついた鳴海蝶子と、武装した人間4人の存在であった。
『私の生徒に何してるんだっっっ!!』
大砲の様な念話が4人を襲う。しかし、それ程大きな影響は出ておらず、蟹江静香の方に気が付いた。
「どうなってるんだ? 討伐予定の大蟻の女王は、雷撃蜂が守ってるし、今度は見たこともないデカイ甲殻モンスターだ……!」
「仲間が攻撃を受けたのを見て、明らかに逆上している! 挟みこまれる前に陣形を整えるんだ! 全員! 【ダンジョンモール】!」
魔法の杖を携えた若者が、陣形の宣言を行うと、4人は、前衛職を前後に配置し、その中央に後衛職を設置。後衛職を守り、挟み撃ちを回避する陣形に切り替えた。
『鳴海さん! 無事なの⁉』
『問題ありませんわ先生! 防御に徹すれば、この程度の相手……!』
『鳴海さん! あなた……! 反撃しなかったの⁉』
『わたくしの後ろには、無防備なみんとさんが居ます! 彼らの狙いは進化途中の蠱惑蟻でしょう……!』
鳴海蝶子は相塚みんとを守るため、防御に徹していた。彼女が反撃に転すれば、攻撃の隙を突かれ、無防備な相塚みんとに危害が及ぶ。これを何とか防がなければならなかったのだ。
『幸い、わたくしのHPはまだ半分以上残されていますわ! 蟹江先生が来てくれて助かった……!』
強がってはいるが、HPが半分になるまで一方的に攻撃を受けたことは確かである。蟹江静香は、念話も効かず、こちらに怯えもしない人間達に対して、どう対処すべきか悩んでいた。
『ツェルン! この人間達を説得して!』
『わかりました。お話をしてみましょう』
ツェルンにこの場を任せ、
話し合いで解決できないかと考えたが、運命は厳しかった。
『シズカ様、申し訳ありません。呼びかけを行いましたところ、彼らにはバーリーンの言葉が通じませんでした。しかも、念話を封鎖する特別な装備を付けています。外せと伝えるのも無理があります』
『そうか、この場を特定して調べているという事は、情報がある程度、人間に知られているという事、しかも拠点は攻められている……。任務で来たんだろう』
『神界機構によって作られた拠点も、万能という訳ではないのでしょう。これまでモンスターや野生動物からは身を守ってきたのですが、なにか……! 人間側が認識疎外を越える手段を有している様ですね』
天の声の推察は当たっていた。拠点は本来モンスターや野生動物に知られない様、最低限の認識疎外魔法に覆われていた。それは、魔法適性を持つ、人間の様な賢い生物であった場合、丹念に調べれば偽装が剥がれてしまうのであった。
「モンスターに乗ったあの少女、何を考えているかは知らないが……! おい! ブレラ! あの大斧! アイツが手に持っているのを見るのだ!」
「あれは、間違いない! 孤高の黒騎士【グレーリン】のもの! リック! あれを持ち替えれば、相当な遺留報酬が出るよ!」
「そうか! そうと決まればやるしかない! 蟹の上の人がなんなのかは、こいつらを倒してから考えることにするぞ! キャップ! 魔法で牽制してくれ!」
「任せるのだ! 紅蓮の炎よ、我が前に立ちはだかる障害を……ぷぎゅん!」
『こんなところで炎魔法は危ないでしょ……あっ、ギリ生きてる?』
蟹江静香は魔法使い相手に大斧を振り下ろし、直撃した。死んではいないが、殆ど瀕死の状態である。
「キャップがやられたわ! 回復魔法をするから時間を稼いで!」
「クソ! なんて奴だ! 目の前の相手を無視して後衛に攻撃するなんて!」
『蟹江先生、不味いです。相手が弱過ぎて【短縮戦闘】が発生しそうです』
『ええっ⁉ それってキャンセル出来ないの⁉』
『今から調整を行いますので、祈っててください』
『この感じ、ダメそうだな……』
――短縮戦闘終了!
結果として、4人は瀕死の状態になってしまった。
そして当然の様に、経験値は手に入らなかった。
『ツェルン。ヒールとか使えたりしない?』
『可能ですが、この者達は回復したら、また暴れだすのでは?』
『
全ての武器を取り外し、その上で拘束、回復を行った。
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