第31話 異常個体
目の前に残されたのは、八英祖である【魅惑のミルウィート】の剛脚である。光の様に早い攻撃で、蟹江静香の脚を上空へと吹き飛ばした武器でもある。
「これは、相塚さんに食べてもらおう。ミルウィートの力が取り込めれば、生物として大きく進化できる。これは私とカルチノーマの鋏が立証している。それと、私の吹き飛んだ脚は、鳴海さんが食べて頂戴」
「分かりましたわ。【捕食】のあるわたくしなら、直系でなくとも、カルチノーマの力を手に入れる事が出来るという算段ですわね」
「ご明察。とりあえず、夜になると帰りが危ない。剛脚は私が背負っていくから、残りはふたりにお願いするわね」
「この場で食べるのは確かにリスクがあるかもしれませんわね。承知しましたわ」
「わたしも、運ぶ……!」
『それでは、帰り道のルート構築を致します』
帰還判定【マスク判定】――失敗。
オペレーターによるルート構築が失敗したわけではない。帰る途中にモンスターと遭遇したのだ。それも、並大抵の存在ではなかった。
動物の基礎はウシ科のガゼルである事はすぐに理解できた。頭に備わった真っ直ぐな2本の角を観測からである。しかしそれは、3人が良く知っている体形をしていなかった。
全身の筋肉と骨が規格外に発達しており、本来あるはずのしなやかなイメージを全て吹き飛ばす程、筋骨隆々とした肉体をしていた。その瞳は暗闇でもよく光り、真っ直ぐに蟹江静香達を捉えている。
「なんだよあれ……! もう動物じゃなくてミノタウロスかなんかだろ……!」
『異常個体です。もう我々は発見されています』
「ふたりとも、今すぐに脚を食べて! 早く! 私が時間を稼ぐ!」
蟹江静香はこの場で全滅する覚悟を決めた。例え全滅したとしても、八英祖の素材は身体に取り込んでしまえば問題ない。しかし、これが奪われたり喪失したりすれば、大きな損失が出てしまう。彼女は命を懸けて戦わなければならなかった。
『蟹江先生、相手のレベルは恐らく30を越えています』
「嘘だろぉぉっ⁉ 単純計算で
『こちらのレベルが2であれば、引き分けまで持って行けたのですが……』
「レベルダウンの影響がここまででるとは……! もう戦うしかない! 相手が襲ってきたら爆音の念話をぶち込んでやる……!」
超獣ガゼルは、デスマスクを見つめている。
【マスク判定】……殺気を放っていた筈の相手から、敵意が薄れていく。
『デスマスク……! 貴様、カルチノーマの娘であるな⁉』
『普通に話し掛けてくるじゃん……。そうだよ。私はカルチノーマの娘』
『強い覇気を纏うものが居ると思い、駆け付けて見れば、蝕の娘に出会えるとは、なんたる偶然。ワガハイは異常個体と呼ばれるガゼルタウロスの末裔、【サムソン】である。以後お見知りおきを……!』
『私はカルチノーマの娘、デスマスクのシズカ。よろしく』
サムソンが話の通じる相手だと判ると、蟹江静香は秘密だけを伏せて、事情を軽く説明した。ミルウィートの話には特に反応が良く、彼自身は気さくなモンスターであった。
『私たちは、魔人の呪いでこの世界に飛ばされてきたの。この世界について教えてくれないかしら?』
『そうか、貴様ら外来種か。魂の形が随分と異なると思っていたが、そういう事なら話をしてやろう。ワガハイも貴様らの様な知的で話の出来るやつらに会うのは久しいからな。どれ、その辺で酒でも飲もうではないか』
『お酒⁉ お酒があるの⁉ 飲みたい!』
『ほほう、さては貴様イケる口だな……! これはよい。いい酒を出してやる!』
蟹江静香が酒の話題に心を奪われていると、生徒ふたりが合流をした。脚は食べ終わった様である。
「せんせえ……大丈夫なの……?」
「傍から見ていると、古い親友みたいな感じでしたわよ」
鳴海蝶子と相塚みんとは【念話】を獲得していなかった。このままでは不便だと思い、オペレーターに確認したところ、蟹江静香の念話熟練度が十分に育っていたので、この機会にふたりには念話を教える事となった。
『そうか、3人で仲間を取り戻す旅をしておるのか……その、生徒たち、とやらかどうかは分からぬが、やたらと強い豚と、豪傑のイタチには会ったな』
『多分、イタチの方は生徒だと思うわ。何処で見たのか憶えてる?』
『そうだな、北東に位置する山岳地帯だ。あそこは森が多く、身を隠せるところも多い。人の集落が近くに点々とあるが、森の奥にまでは入ってこない。隠れるには最適だろうな』
『情報ありがとう。お礼でもしたいところだけど、生憎と手持ちが何もなくて。今度会うときまでには何か用意しておくわ』
『……そうだな、また会うときの楽しみが出来ると言うものだ! ふははは!』
本来モンスターたちの間で次は無い。明日には死んでいる事の方が多いからである。それを蟹江静香は知らずに約束をした、明日に対しての希望を持っているという、外来種ならではの考え方に、サムソンは少し感心したのであった。
『熱帯平原とはいえ、夜は少し冷えるな……。どれ……!』
サムソンが手をかざすと、地面に燃え盛る炎が出現した。
『魔法⁉ サムソン魔法も使えるの⁉ しかも炎⁉』
『これは【ファイヤーボール】の応用に過ぎぬ』
『ファイヤーボール⁉ 教えてサムソン!』
『馬鹿言うな。魔法を習得するには【願いの力】が必要なのだ。そう簡単には手に入らぬ』
『ガチャパワーとは違うのかな? 妖精さんはこれで教えてくれたけど……』
蟹江静香がガチャパワーを取り出すと、サムソンが目の色を変えた。
『【願いの輝き】だと⁉ 貴様、これを何処で手に入れたのだ⁉』
『いやぁ~! めちゃくちゃ強そうなモンスターを倒した時、偶然手に入ってさ~! 妖精さんにしか使えなかったから、どうしたもんかと思ってたんだよねぇ~!』
嘘である。蟹江静香はモンスター1体に対して、ガチャパワーをひとつ手に入れることが出来る。今までの戦果を合わせて現在、26個手にしている。
『ファイヤーボールなら、それふたつで教えてやる。他にも【ストーンシャワー】や【ビルドパワー】も教えられるぞ!』
『じゃあ、その3個を教えてもらおうかな。報酬は6個でいい?』
『あぁ、構わぬ! すぐに教えてやる!』
妖精の時と同じような手順で、蟹江静香は【ファイヤーボール】【ストーンシャワー】【ビルドパワー】の魔法を獲得した。これで、ガチャパワーは20個となる。
『この【願いの輝き】はどれくらいの価値があるの?』
『貴様は何も知らんのだな……。【願い】の冠を持つアイテムは、モンスターと呼ばれる変異種族、魔力を秘めた生物からしか得ることが出来ない。彼らは体内に魔力を貯め込み、結晶化する特性を持っていて、【力】【輝き】【神秘】【奇跡】【宝珠】の順に精度と輝き、大きさが増してゆくのだ』
『そうなんだ……。モンスターからじゃないと取れない……! それは私達の体の中にもあるの?』
『当然あるとも、それを狙って人間どもが押し寄せてくることもある。まぁ、ワガハイの様な強き者であれば、人間など返り討ちであるが……』
『あぁ……』
蟹江静香は、自分を殺した子供魔術師を思い出した。
『この【願い結晶】は、他にどんな使い道があるの?』
『主に妖精との取引に使用されるな。奴らは魔法の達人。強力な魔法も生み出すが、習得には多くの願い結晶が必要となる。あとは、自分の身体に取り込めば、MPを回復したり、良い経験値となってくれる。魔力の結晶だからな』
『へぇ~。面白い。サムソン物知りなんだねぇ~!』
『フハハ! カルチノーマの娘にそう言われると気分が良いわい! それ、酒を飲め! ワガハイの奢りであるぞ!』
『わーい! 身体の大きさが合わないから飲ませて―!』
『はっはっはっ! こやつめ! ワガハイをいい様に使いおってからに!……しかし、貴様、念話の精度が高過ぎるな……。一体どれ程の訓練を積んできたのだ?』
『妖精さんにも褒められたけど、そうなのかな? 私達モンスターは基本的に人間とは異なり、言語形態と発声器官を持ち合わせていないじゃでしょ。そうなると必然的に念話でのコミュニケーションが多くなるのよね』
『本来【念話】は魔法の中でも高等技術である。自分の正しい意図を相手に伝えるにはそれ相応の【言葉】が必要となるのだ』
『それって【語彙】の事かな……? そうか……。モンスターが喋れるようになったところで、明確になるのは【意志】であり、【意図】ではないんだ……。そうか、だからミルウィートは私のデタラメを見破った……』
モンスター同士の念話は、【言語】によって構築されているものではない。本来であればもっと端的であり、明確な意図を伝える事が出来ない。何故なら言葉を使った社会を、モンスターは持たないからだ。
『それをお前は、念話の中で言語を構築し、【意図】と【意味】を表現している。これは、物体の名前、現象の名前、理の名前を多く持つ者でなければ成立しない』
名詞、動詞、などから始まる言葉の構築。念話を行う際に、これには相当な魔力操作が必要であり、ただ普通に念話で会話しているだけだと思われていた行為は、高位の魔力制御により成立していたものだったのだ。
『魔法は本来感覚ではなく、魔力を含んだ言語によって成立している。おそらく、お前なら使える筈だ――』
【トピックス】――――――――
圧縮魔法。それは、自身の持つ魔力を、ひとつの魔法に込め、発動させる事で何倍もの効果に引き上げる技術である。MPの消費は跳ね上がるが、重ねた分の魔法が一気に発動する。しかし、強過ぎる力には代償が伴う。
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