第30話 親子の再会


 熱帯平原の探索をしていた蟹江静香たち3人は、偶然にも【魅惑のミルウィート】引きいる兵隊軍団と遭遇した。彼らが行っていたのは【デミルーン緑化農法】と呼ばれる、緑を蘇らせる活動であった。


『答えろ、【カルチノーマの娘】、我ら八英祖、力を持つ者は匂いですぐにわかる。余の姿を遠目に偵察するなど、何が目的ぞ……?』


 蟹江静香の位置は離れており、丘の死角となっている位置だ。完全に気配だけで念話を飛ばしているのが分かる。そしてという事は、正確な位置も発見されたという事である。


 静かに空気が動いた。

そよ風程度の動きだが、それはミルウィートの移動を意味している。


 蟹江静香の脳裏には、一瞬逃げる事も過ったが、次の瞬間には音もなく、目の前にミルウィートが存在している。その実力差は明確であり、あのカルチノーマを凌駕する力を全身で感じていた。


 10メートルを軽く超える体躯に、メタリックマゼンタの艶ある甲殻、強者の覇気、能力値ステータスは軽く数千倍を凌駕している事だろう。レベルが向上した事で少しずつ積み上げて来た自信が、砂の城であったことに絶望した。


『魅惑のミルウィート、覇気をしまってください。あなたの力は私達には強過ぎる。裸で台風の中を彷徨う様な環境下では、念話も上手く使えない』


 蟹江静香は重力が数十倍になった様な重圧の中で、念話を捻りだした。


 すると、全身に掛かっていた重圧は緩和される。


『これでマシになったはずぞ。これ以上、余の力は内に秘めておけぬ。許せよ。カルチノーマの娘。さぁ、理由を話せ、何故、この地にいる』


 蟹江静香はレベル差による誤訳も考慮し、言葉を慎重に選んだ。


『我が身は、母カルチノーマより生まれ、世を渡り、見聞を広げる事を許された身である。力を蓄え次世代の八英祖となる為、友と共に……!』




 目の前に光が走った。




『つまらぬことを言うな。嘘はすぐにわかる』


 デスマスクの脚が1本空中に放り出された。ミルウィートの数ある内の脚がひとつ、揺らいだかの様に動いただけで、蟹江静香は脚を失ったのだ。痛みは想像を絶するものであったが、デスマスクとしての耐性が、その痛みをすぐに静めてくれる。


『レベル上げ……と、私の生徒を探し出す事。これが目的……!』


『それでよいのだ。つまらぬ嘘は身を亡ぼす。自分が誰の目の前に居るのか、よく考えて口を開くが良いぞ……』


 生徒を守る。最悪自分が死んでも死に戻りする。喪失は起こるがリスクとしては仕方のない出費だ。ここをなんとか乗り切るしか先は無い。蟹江静香の頭は恐怖に支配され、竦んでいた。いくら生き返るといっても死の痛みは、耐え難いものだ。


『母……! せんせえを傷付けないで……!!』


 強い意志の念話が周囲に響いた。それは大砲の音数倍に匹敵する音量であり、後ろに控えていた兵隊蟻は数匹気絶した。


『やかましい子が居ると思えば……! 【混ざりモノ】が……。余の子として生まれるなど……いや、まて、おまえ……何故生きている……!』


『教えない……!』


『どの様なからくりがあろうとも、この世界の理の中にある。くそ……! 我が子でありながら、見れば見る程に忌々しい……! 目がくらむ程の輝く桃色の光沢……! こんな! 余より美しい蟻が! この世に居ては! ならんのだ!』


 ミルウィートは相塚みんとを踏み潰そうとしたが、目測を誤ったのか、脚は相塚みんとの真横に振り下ろされる。


『く……! くそ……! なんて美しいのだ……! このままでは余の帝国が、全て娘一匹によって覆される……! そんなことがあってはならん! 余は、魅惑のミルウィート! 八英祖の最強の美を持つ者なり!』


「こ、これは……! 嫉妬……⁉ いや、もしやキュートアグレッション……!」


「知っているの⁉ 鳴海さん⁉」


「えぇ、恐らくミルウィートは、理性と本能の間に揺らいでいるわ。本能では娘を可愛がりたいのに、女王としてのプライドと誇りがそれを許さない。自分よりも美しいと認めてしまうと、彼女の中で存在意義が崩壊してしまうのでしょう。そして脳は、そんな暴走する自分を抑えつける為、暴力性を無理矢理に呼び覚まし、みんとさんの美しさで発狂するを防いでいるのですわ!」


『母……♡ また、わたしを……ころすの……? 愛して……?』


『や、やめろおおおおおおっ! そんな可愛い! 麗しい! 美しい顔で余を見るな! クソッ! 能力値ステータスに関係のない力! 【混ざりモノ】の分際でこれ程の力を持つなど、あり得ぬ……! 殺さねば……! なんとしても!』


 相塚みんとの可愛らしさに、兵隊蟻も複数体がその場で気を失っている。同族にとって、彼女の存在は国家の存続にかかわる問題なのである。


『ミルウィート様! 具申致します! 姫を殺すのは思いとどまり下さい!!』


 声を張り上げ目の前に現れたのは、立派な鎧に身を包んだ蟻の豪傑であった。その大きさはミルウィートの半分ほどだが、それでも十分な迫力と実力を備えている事が纏っている覇気で察することが出来る。


『うぅ……! ミサード! 貴様ぁ! 余に意見するか! このミルウィートに!』


『ミサードだけではございませぬ女王陛下! この老体、レッドウォールも、姫様の殺害には反対しておりました!』


 さらには、赤い髭を生やした巨大な蟻も登場し、ミルウィートに進言をした。


『ミサ……♡ 爺や……♡ 母を止めて……♡』


『ぐおぉおぉおぉっ! 姫様ぁあああああっ!』


『ぬうぅぅおおぉっ! 姫ちゃまああああっ!』


 相塚みんとが甘えた声を出すと、オスのふたりは地面に臥してしまった。呼吸が乱れ、息が荒くなり、今にも気絶しそうな状態である。彼女に酩酊しているのだ。


「どうやらあの媚びは、オスにはもっと効果があるらしい……」


「蠱惑的という度合いを完全に超えてますわ……。恐ろしい子……!」


『母……♡ わたしたちを見逃してほしいな……♡』


『ぐおぉおっ! 貴様ぁ! 使ったな! 魅了チャームを! 余に向かって! 恐ろしいメスだ! こんなのが居ては国が! いや、世界が亡ぶ! この娘をこの世に残してしまえば、恐ろしい魔女が誕生してしまうぞ……!』


「先生的には、もう誕生している様にしか見えないんだけど……」


魅了チャームは使ってないよぉ……♡ まだ♡』


『ぐおおぉぉっ! このままでは自我がもたぬ……!』


「相塚さん、なんとかミルウィートの力が取り込めないか、試しにおねだりしてみてくれる?」


「はぁい♡ せんせぇ♡」


 相塚みんとはいわれた通りに、おねだりをしてみた。


『母……♡ 仲直りして……♡ 母との絆がほしいなぁ……♡ 』


『ぬんっ!』


 ミルウィートはその場で自分の脚を斬り落とした。血を流し、冷静さを保つためだ。決して、おねだりに屈したわけではない。


『あまり余を怒らせるなよ……! アントリーヌ! その脚はくれてやる! 余が貴様の美しさに屈する事のなかったという、鋼の決意を証明するものぞ! 今後、余への関りを一切禁ずる! 破ろうものなら今度こそ殺す! 良いな!』


 ドスンと大地にめり込んだミルウィートの剛脚。それを置いて一同はこの場から退散した。姿が見えなくなるまで、兵隊たちからは『アントリーヌ姫様、万歳』の声が聞こえた。




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