第24話 聖生者たち


 モンスターの身でありながら、不用意に人間へと接近した蟹江静香は、鉤縄による集団拘束を受け、身柄を拘束されていた。


 カルチノーマの鋏も封じられ、絶体絶命へと追いやられる。蟹江静香は敵対心を込めて、この場にいる全員に念話を爆音で殴りつけた。


『放せ!!』


 蟹江静香を中心として、超音波の様な現象が展開する。


 大音響を脳内に直接ぶつけたことで、拘束が緩み、鉤縄の先から人がバタバタと倒れて姿を現した。強烈な負荷に耐えられなかった者は、隠ぺいの術を破棄され、目や耳、穴という穴から血を吹き出し、昏睡状態へと陥る。


「子供でもやはり八英祖の才覚を持ち合わせているか……。炎では拘束具が燃えてしまうな……。かと言って電撃は対策されてしまう……。じゃあ……氷結させるしかないよね? 曇天を生み、氷河の止まる時よ、顕現せよ!【ダイヤモンドダスト】!」


 周囲の空気が一瞬にして凍る。熱帯平原という灼熱の環境下で、自然をねじ伏せ、絶氷が展開される。吐く息は白く曇り、草木は水分を奪われ涸れ果てる。


 「氷を侵食せよ!【カルチノーマの鋏!】」


 自らの身体を硬直させ、動きを封じる絶氷の壁に、腐食が広がってゆく。しかし、新しい氷が展開する速度の方が明らかに早い。これは、相手の魔力が底知れぬ程に高いという証明である。


『放せ! 放せ! 放せ!』


「いくら念話を飛ばしても無駄だよ。ボクにはそれを防ぐ手段があるからね。お前は大した経験値になってくれそうだ」


 トドメを刺そうと手をかざし、詠唱を行おうとしたその時。


「グラニュート卿! これでは話が違う! 我々にカルチノーマの子を提供してくれる契約ではなかったのか⁉」


 戦場に飛び出し、声を挙げたのは、仕立ての良い刺繍の服装に身を包んだ男の姿であった。それに伴って、掛けられていた隠ぺいの術が時間切れとなる。


「そんなこと言われてもさ、こんな強い個体、ボク以外誰が対処出来るって言うのさ。誰が拘束して、誰が運ぶの? こんな体積のある生物を、生きたまま運ぶなんて無理だよ。殺してバラして、運ぶしかないだろ?」


 位の高そうな相手に対して、へりくだる様子もなく、平然と会話するのは、年端もない子供であった。白銀の髪に整った顔立ち、贅沢を尽くした衣服と外套。店では到底購入不可能な、豪華な杖を振りかざし、氷の勢いを強めてゆく。


「しかし、それでは……! これだけの冒険者を動員してお膳立てをした方々に申し開きも出来ませんぞ!」


「机上の空論を自慢げにひけらかす愚か者たちの事なんて知らないよ……。じゃあ、こうしよう。カルチノーマの子供が死なない様に。ボクはこの絶氷拘束を外す。あとはその冒険者の集団で捕獲させよう。かなり痛めつけたから、頑張ればなんとかなるかもよ?」


 この提案に身なりの良い男は難色を示した。いかに消耗しているとはいえ、次期八英祖を相手に冒険者の集団でなんとか出来るものなのだろうか、この場で判別するには責任が大き過ぎた。


 さらに、念話絶叫による効果で、冒険者の半数は脳をやられて戦闘不能になっている。この状況から無事にカルチノーマの子を回収するというのは、無理難題と言えるだろう。


『何でこんな事するんだよぉ……!  怒ったかんな! 許さないかんな!』


「おぉ……! やはり次期八英祖……! 『この恨みはらさでおくべきか、我を傷付けしものを一族郎党皆殺しにしてくれる』とは、なんとも恐ろしい存在だ……!」


「あぁ! 誤訳が酷過ぎる! 状況がどんどん悪くなるぅ!」


 蟹江静香は自慢の頭脳を活かし、この場における突破口を見出そうとした。


 知能判定【2】【4】 成功! 少なくとも、氷から脱出できる方法は思いついた。腐食の進行が間に合わないのであれば、他の要因で氷を突破するしかない。


「それで、決めたの? 絶氷解くからね!」


 その言葉と同時に、内部から氷が破壊され、鉤縄も切断される。


「グラニュート卿! 解除が早過ぎます!」


「違う! ボクじゃない! こいつ。自分で絶氷拘束を破ったんだ! 一体どうやって……!」




 達成判定【5】【1】 成功! カルチノーマの鋏が氷の壁を完全に破壊する!


「筋肉振動による熱生産……! いくらなんでも頭が良過ぎる……! こいつ本当にモンスターなのか……⁉」


 蟹江静香が実行したのは【シバリング】と呼ばれる筋肉振動、いわゆる【身震い】である。人は身震いをすることで6倍の熱を生み出すといわれているが、現在の筋肉量は人間の時の数十倍に相当する。


 生産される筋肉と熱の量は、エネルギー換算として等倍で増える訳ではない。つまり、人間が行うシバリングの数百倍の効果があるのだ。


「ぜぇ……! ぜぇ……!」


 問題があるとすれば、筋肉が大きい分運動量が増え、体力の減りも激増することにある。要するに燃費がものすごく悪いのだ。


「ドラムロールみたいな速度でHPが減ってるのが分かるぅ! このままだと死ぬ! もう死ぬのは嫌だ!」


 決死の覚悟で、攻撃を繰り出すも、相手に攻撃は届かない。


「ボクを煩わせないでくれる?」


 地表より生み出された氷の槍が、蟹江静香の鋏を貫通して胴体へとねじ込まれる。氷の槍は螺旋を描いた溝が彫られており、回転させる事でデスマスクの分厚い外装甲を容赦なく削り出してゆく。


「【カルチノーマの鋏】!」達成判定【5】【1】 成功! 氷の槍を砕いた!


「厄介な鋏だなぁ……! ボクを煩わせるなって、言ったよねぇ⁉」


 氷の大斧が頭上より振り下ろされ、カルチノーマの鋏は完全に切断されてしまう。


「いけません! グラニュート卿! このままでは死んでしまいます!」


「うるさいよ」


 蠅を追い払うかのような動作と共に、男の首は弾け飛んだ。空気を圧縮させて爆発させたのである。この手を払うという、一瞬の隙が反撃の好機を生み出した。


「腐食効果はまだ残っている!」


 蟹江静香は切断された鋏を殴り飛ばし、相手にぶつけたのである。鋏に残された腐食の効果が、丁寧に仕立てられた衣服を侵食してゆく。


「このスカートとブラウス、お気に入りだったのになぁ……。外敵を目の前にして油断したボクが悪いんだけど……。服を壊したキミはもっと悪いよねぇ……⁉」


 一呼吸をする暇もなく、収束する膨大な魔力。それは回転する炎の刃となってデスマスクの装甲を滑る様に切り入れる。熱したナイフでバターを切るかの如く、蟹江静香の肉体は切断され、意識は一気に遠のいてゆく。




 ――蟹江静香、2度目の死である。



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