第20話 猿蟹合戦


 ――熱帯平原


 蟹江静香は戦闘で得た狼を素材化し、夜通し装備の修理を施していた。手と脚を器用に使いこなし、狼から手に入れた体毛を糸状に加工して編み込み、高強度のロープを工作していた。鎧と身体を上手く固定するための工夫である。それに伴い、鎧の全体的な強度も回復した。


「探索再開しよう」


 熱帯平原をそのまま北へ北へを進むと、突如として新たな敵に遭遇した!


 2匹の大型バッタが、シマウマを襲っている。


『……』


「オペちゃんさぁ……。無言で圧力掛けるのやめてくれない? 言っておくけど、毎回不意打ち失敗するのは私の意志ではないからね⁉」


『私は何も申し上げておりませんが?』


「最初から戦闘に参加してイニシアティブをとればいいだろ! それで解決! ついでに前回レベルアップによって習得した【薙ぎ払い】を使ってみよう!」


 遂に不意打ちを諦め、やあやあ! 我こそは! と言わんばかりに戦闘に雪崩れ込んだ。当然の様にバッタとシマウマは混乱し、慌てふためいている。


 イニシアティブ判定により、蟹江静香、シマウマ、バッタABの順番となる。


【薙ぎ払い】――説明。


 前面に対して薙ぎ払いを行う範囲攻撃。密接していなければ成立しない。達成値は20であり、全体に対して2D6+6のダメージを与える。この攻撃にはカルチノーマの鋏による腐食効果は適応されない。


――――――――説明終了。


「この攻撃の方がダメージコントロールが容易なのでは?」


『おそらくは【カルチノーマの鋏】がこの世界では異様な存在なのでしょう』


 達成判定【3】【6】


 3体に対し、瀕死手前の強烈な攻撃が繰り出された。この攻撃により、敵の憎悪が蟹江静香一点に集中する。3体は目的を絞り、一斉に攻撃を繰り出す。


 しかし、厚い防御力と鎧の装甲に守られ、蟹江静香にダメージは入らない。


 達成判定【5】【2】


 再び繰り出される薙ぎ払いにより、3体の外敵は見事に討伐された。



――――――――戦闘終了。



報酬―――――――― 

 経験値+4500

――――――――入手。


 戦いでの損傷が激しく、素材となるような部分を確保する事が出来なかった。


「さぁ、もぐもぐするか」


技能スキル捕食の効果により、外敵の肉を摂取。蟹江静香の――』


【1】【3】【6】 【4】【5】【4】 【4】【4】【3】


『幸運が3、素早さが4増加しました』




能力値ステータス――――――――――

〈状態〉 デスマスク 中型 LV2

〈称号〉 親喰らい

〈名前〉 蟹江静香かにえ しずか


HP  354/354

MP  126/126


筋力  86

頑強  88+2

素早さ 94

器用さ 71+4

知能  74

幸運  81


技能スキル〉 捕食 作成 製薬 念話

〈攻撃系技能スキル〉 カルチノーマの鋏

        薙ぎ払い

〈基本系技能スキル〉 頑強+LV1 

        器用さ+LV2

        英祖の力

〈装備〉魔獣の鎧(防御力+10。水耐性)

〈呪い〉必要経験 3倍

――――――――――――――――


「心なしか、シマウマが美味しかった気がする。虫もそれなりにイケる」


『デスマスクに進化した事で、味覚にも何かしらの変化があったのかもしれません』


「モンスター以外にも、相手のレベルが高い程に旨味があるとかだったら、ちょっと戦闘もやる気が出るかも知れないなぁ」


『グルメバトルですね』


「違うなぁ……。字面は合ってるけど、意味合いが全然違うなぁ……」


 その後の探索は特に何に遭遇するでもなく、順調に進んでいった。素早さが上昇している恩恵もあり、蟹江静香の移動速度は自動車並みになっていた。


「なんとなく、人の時の感覚で移動してたから気が付かなかったけど、この身体ってものすごくフィジカルが高いんだなぁ。多分ジャンプ力も相当出る」


『戦闘を観戦している限り、既に蟹江先生が知り得る生物としての枠は大きく超えていると思われます。しかし、システムの見立てでは、レベルの上昇に伴い、更に身体能力は向上する事が予測されます』


「は~! この身体能力が人間に戻った時に備わっていたら最高なのにな~! セクハラキモハゲデブ教頭を肉団子にしてやれるのに~!」


『教師という職業はそれ程までに辛いものなのですね……』


「いっけね! ついつい本音が……! 気を取り直して探索だ!」


 探索判定【6】【5】 新たな外敵が姿を現した。


 1体の猿が、ダチョウとニワトリに襲われている。戦いは今にも始まろうとしていたが、蟹江静香は、猿が武装をしている事に着目した。


「武器と防具をしている! 生徒だ!」


 黒曜石と木の棒を組み合わせて作られた棍棒と、猛獣の毛皮と爬虫類の鱗を編み込んで作られたベストを着用している。攻守ともに万全と云える備えがされていた。


 相手が念話を習得していない事を考慮し、乱入をすることで相手を助け、自分に敵対心が無いという事を証明する作戦を実行に移す。接近すればオペレーター同士が同期することで、会話が可能となる為、それまでの時間を稼ぐのが目的だ。


 乱入判定【2】【6】 成功!


 蟹江静香は、猿を庇う様に乱入し、ダメージを請け負った。多少のダメージは受けたが、デスマスクの乱入により、戦場は一瞬硬直した。


『オペレーターシステム、同期完了。会話が可能になりました』


「よし! 私は蟹江静香! あなたは私の生徒ですか⁉」


「おう! この声は蟹江ちゃんか! 再会の感動もあるが、ここはひとつ、目の前のこいつらを黙らせてからにしようぜ!」


「この声は、木下藤吉きのしたふじよし君だね⁉ 防御は私が受け持つから、攻撃に回って!」


「いよっしゃああああっ! 漢、木下藤吉! 参り仕る!」


 蟹江静香の参戦により、力の均衡が大きく崩れ、その後の展開は圧勝となった。デスマスクの装甲がダメージを防ぎ、木下藤吉の素早くも力強い棍棒の攻撃が、的確に相手の弱点を叩く。


――――――――戦闘終了。


報酬―――――――― 

 経験値+1600

――――――――入手。


「はぁ……はぁ……。蟹江ちゃんの堅牢な守りがあった故、戦闘がかなり優位に動けた。感謝する」


「かなり辛そうだけど、大丈夫なの?」


「心配はいらぬ、おれの戦い方が、この環境に適しておらんと云うだけの話よ。猿人の特性を生かそうと動きを止めず、体重を乗せた棍棒の一撃を放つ。理にかなってはいるものの、如何せん、この戦術には体力が必要不可欠である……」


 木下藤吉は、インベントリから、動物の内臓で作られた水筒を取り出し、水を被る。水の気化により、熱を放出しているのだ。


「積もる話もあろうが、ここはひとつ日陰で休む事としよう。この日差しではおれの体力は奪われるばかりぞ」


「そうだね。オペちゃん、この先に休めそうな場所は存在する?」


『吉野家早霧さんから入手したマップによりますと、この先にオアシスが存在しています。水分補給に適した場所だそうです。向かいますか?』


「OK。向かおう」


 ふたりはオアシスに向けて歩き始めた。木下藤吉の疲労度を考慮し、蟹江静香は彼を背中に乗せて移動することにした。


「おれのと比べて、蟹江ちゃんのオペレーターはよく口が回るようであるな」


「良く言われるけど、それはやっぱり【絆の楔】が影響しているんだろうね」


『そうですね。魔人の召喚に巻き込まれた皆様、全員にオペレーターシステムが付与されているのは間違いないのですが、前にも説明しました通り、付与された人物の特性や、絆の楔による効果で、システムが一部制限される場合があるようです。他の生徒たちから入手したログによりますと、特に会話と解説を司るシステムがダウンしていることが多い様です』


「うむ、現におれも現状が掴めず、がむしゃらに戦い続ける事しか出来ない時期があった。しかし、ゲームをクリアすれば元の世界に帰れると通知され、今日もこうして歩き詰めていたという訳である」


「藤吉くんは、何を以てゲームクリアと通知されたの?」


「おれ達をこの地に呼び込んだ元凶を殺せば、ゲームクリアだと聞かされている」


「……? 確かに、その方法でもゲームはクリアする事が出来るけど、何故私と合流して宝珠を集めるという条件は開示されなかったのかな?」


「おれが知り得るクリア条件はこれしかない。他に方法があるのならばそちらの方が早く目的を達成出来るやもしれぬな……」


『現状5人のデータが集まりましたが、どれも【絆の楔】によるシステムの不具合で、何かしらの条件開示を損ねています。他の生徒も、何をしたらいいのか分からない状態である可能性が在ります』


 その後、オアシスに向けて歩みを進めると、デスマスク特有の視力でオアシスを発見した。この場には様々な動植物が収束し、誰一人として敵対心を持っていない。この場に置いての暗黙のルールが、動物界にも構築されている。


 水辺に到着し、一息つけると思いきや、そこに一組の人間たちが現れる。


「どけどけ! 下等なモンスター共め! この水源は俺達が使うんだ! 大事な水を汚すんじゃねぇ!」


 男女を含めた5人組は、ロバの引いている【そり】に大荷物を積載して、熱帯草原を渡ってきた様である。動物たちが脅かされ、散り散りになったのを目の当たりにし、木下藤吉が声を挙げた。


「なんて不貞ぇ野郎たちだ! この水源は皆のモノ! あのような狼藉、許してはおけぬ!」


「そうだね。あんな横柄が自然界で許されるわけがない。ここはひとつ……」


 説教のひとつでも垂れてやろうと、蟹江静香はその大きな体を移動させる。客観的に見れば、自動車並みの巨大な蟹が、猿を乗せた状態で現れた。この事実に周囲はざわついた。


「な! なんだこの巨大な生物は⁉ 虫? いや、甲殻類か⁉ 馬鹿な! 牛以上の大きさがあるぞ! こんなモンスター見たことがない!」


 現在、蟹江静香の体躯は軽自動車に匹敵しており、生物としては驚異的な大きさをしている。この大きさの生物が目の前にやってくれば、人間は必然的に恐れおののく。


『君達! この水源は動物たちも利用しているのよ! 礼儀良くしなさい!!』


 脳内に直接念話をぶつけると、4人が頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。念話を習得していない冒険者の様である。しかし、残り1人である立派なローブを身に纏い、杖を携えた老人は驚き、念話で返した。


『おぉ! この水源に住まいし大いなる力を持つものよ! 怒りをお鎮め下さい! この様に強大な力を持つ者が支配している領域とは露知らず、我が物顔で動物たちを虐げた事、誠に申し訳なく思います。どうか! お怒りをお鎮め下さい』


『どうやら念話が可能なようね! 自然の恵みは生きとし生きる全てのものへの祝福! それを独占しようなんてダメよ!』


『まこと、おっしゃる通りにございます! どうか、お命だけは……!』


 実力を見抜いているのか、精霊使いは蟹江静香に対して、へりくだった態度で敵意がない事を示した。それを見ていた仲間たちは、納得がいかず、精霊使いに詰め寄っている。


「ヘンリー爺さん! アンタともあろう者が、なんでこんなモンスターに頭を下げるんだよ! たかだかデカイモンスターだろ!」


「ガルドス! この愚か者が! 念話を行使する魔物が、どれ程知性が高く強い個体であるか、冒険者ギルドで習わなかったのか⁉ しかも、このお方は超上位種であり、八英祖であられるカルチノーマ様の力を宿している! つまりは正式な八英祖の次世代後継者なるぞ! 死にたいのか⁉」


「ヘンリーの爺様! それは本当なの⁉ カルチノーマと云えば、熱帯雨林地域の大覇者。その後継者が熱帯平原の地にいるという事は……!」


「間違いないぞ! メリベラ! 500年ぶりに【大変革】が起こるということじゃ! 生きている間に遭遇できるなんて、ワシにとっては奇跡そのものじゃ!」


 蟹江静香と木下藤吉は、そっちのけで盛り上がる話題に完全に置いて行かれている。何故なら、彼らの使う現地の言葉は、【ふたりには分からないからだ】念話を通した意思疎通なら可能だが、彼らは先程から現地の言葉で会話をしている。


「オペちゃん、彼らの言葉って解析できる?」


『彼らの話す言語はとても癖が強く、解析するのは不可能ですね。津軽弁と沖縄弁を混合させた様な言葉で話されているので、今の所無理です』


「それは無理だわな……」


 蟹江静香は、敵意がない事と、この地での狼藉を改める事を促す都度を話した。


『自然界において、不条理に力を用いて他者を貶めようとするのは良くない事よ。己の過ちを省みなさい!』


『浅ましくも力を振りかざし、この地を踏み荒らす者に、平等なる死を……! なんと恐ろしい……! 我々はとんでもない怒りを買ってしまった様じゃ……! 一体どうすればこの事態を免れることが出来ようか……!』


「そんな事言ってないが⁉」


『念話の精度が甘いでしょうね。レベル差がある所為で、翻訳が上手くいかないのでしょう』


 蟹江静香は慎重に言葉を選ぶことにした。


『お前たちの狼藉は、許す。今後は、水源を独占したりしない様にしなさい』


 ヘンリーはこの言葉を聞き入れた様で、何度も感謝を伝えた。


『大いなる存在を継し者よ! 寛大なお心、感謝致します! 我々は必要な水が確保でき次第、この場を去ります!』


 出て行くまではしなくていいと思ったが、余計な事を言うと、話が拗れてしまう可能性が在る為、蟹江静香は何度も頷き、理解を示したように見せた。


 彼らが去った後、動物たちは少しずつ水辺に戻った。




【トピックス】――――――――

 この世界には八英祖に対して好意的な者もいれば、そうでない者も存在している。各地方を様々な方法で支配している八英祖は、尊敬される場合もあれば、恨みを持つ者も居る。

――――――――――――――――


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