第19話 人類発見。


 夜になり、熱帯平原にある丘陵きゅうりょうの段差を利用し、雨風を凌ごうとしたが、数百メートル先に明かりが見えた。デスマスクの種族特性として視野の広さと視力の良さが功を奏し、対象者が誰であるか、即座に看破する。


「人間! この世界の人間初めて見た! しかも4人も! てっきりモンスターだらけのデスゲームだと思ってたのに!」


『彼らの身なりから推測するに、冒険者の様ですね……。野宿用具の一式に金属と革を合わせた装備。武器として金属製の剣と槍などを携帯しています』


「魔法や妖精が要る世界観なら、冒険者が居てもおかしくはないか。彼らから情報を得られるかもしれない。気付かれない様に近づいて観察してみよう」


『それがよろしいかもしれません』


 蟹江静香は気配を消し、野営をしている人間へと近づいていく。彼らは焚火を囲み、食事をしながら談笑している。会話の内容は熱帯平原でのモンスター討伐依頼についてと、各地域で突然変異を起こした生物たちについてであった。


 斥候らしき軽装の人物が、スープを乾いた黒パンでかき混ぜながら話をしている。


「だからさ、俺が組合で聴いた話によれば、この地一帯だけじゃなくて、八英祖の地帯全てに、新種の生物が現れたらしいんだよ。【筋骨隆々で首長の化け物】や【なんでも喰らう馬鹿デカイ猪】なんかが、各地で縄張り争いをしているってさ」


「それは興味深い話だな、ラッキーチャック。そいつらを討伐することが出来たら、俺達【赤き翼】の名も、広く世間に知れ渡るんだろうなぁ……!」


「そうだね、ヴァルターの言う通り、僕たちもチームとして成長し、今では冒険者の界隈において、中堅の仲間入りをした。志としてはそのくらいは高くないと、この先の依頼はこなせないだろう」


 ローブを身にまとった青い髪の青年が、眼鏡の位置を正し、焚火の中で熱せられている鍋から、スープを自分の器へと掬っている。それは線の細い彼の見た目に反して、非常に豪快であり、肉と野菜が主張気味に盛られる。


「おい、シュレイン! それは少々盛り過ぎじゃないのか⁉ 私の分が無くなってしまうではないか! あぁ……! もう汁くらいしか残っておらん……! 何故お前は飯の量になると、こうも意地汚いのだ! それも竜の学院で習ったのか⁉」


「やだなぁ、パトリック。攻撃系統の魔法には大量の魔力が必要になる。食事で不足を補うのも学院の教えだ」


「しっかり教えられてるんじゃないか!」


 戦士、斥候、魔法使い、回復師といった教科書の様なメンバーは、和気あいあいと食事を楽しんでいる。彼らは年齢的にとても若く見え、蟹江静香には自分の受け持つ生徒たちの様な印象を受ける。彼らがこの先も、無事に冒険を続けられる事を願い、距離を取ろうとしたその瞬間――


「全員! モンスターだ! 戦闘陣形!」


 斥候であるラッキーチャックが、忍び寄るもうひとつの影に気が付き、その場の空気が一瞬で引き締まった。現れたのは熱帯草原の狼が4匹。数では対等であるが、前衛と後衛の比率を考えると、その戦いは青年たちが若干不利に見て取れる。


「平原の狼は連携が上手い! 丘を背にして背後を取られない様に戦うんだ!」


 彼らの作戦は的確で、戦いの技量もあった。それは蟹江静香の眼にはまだまだ改善の余地がある完成度ではあるが、正統派の立派な戦術が、確立されていた。


 交戦を3巡したあたりで、狼が2匹退場し、残された個体が遠吠えを上げる。

それは、仲間に送る合図であった。物陰から追加の狼が現れ、その後ろには一回り大きい個体が姿を現す。


「この群れを率いている狼のリーダーだ! あいつを倒せばこの群れは散る! お前ら! もうひと踏ん張りするぞ!」


「「「おうっ!」」」


 彼らは再び気合いを入れ直し、増援を次々と討伐していく。しかし、数に押され初め、戦況は少しずつ暗雲が漂ってきた。


「ヴァルター! 魔法の回数が残り少ない! このままでは……!」


「シュレイン! 魔法を温存してスリングに切り替えるんだ! この大きな狼を倒すには、お前の【アイシクルランス】が必要だ!」


 ヴァルターが的確な指示で、目まぐるしい戦況を臨機応変に対応しているが、長引く戦闘により、体力がじりじりと削られていく。そして遂に、狼の鋭い牙が、ラッキーチャックに届いてしまう。ヴァルターはそれを払い、致命傷は避けることが出来た。


「しまった……! これではもう矢が……!」


 腕に怪我をしたラッキーチャックに、これ以上、繊細な技術が必要とされる弓矢での攻撃は望めない。短剣で対応しようにも、狼相手の肉迫戦は分が悪い。


「もう見ていられない!」


 蟹江静香は丘の上から、狼に向かって奇襲を仕掛ける!


 不意打ち判定 【1】【1】 ドファンブル!


「嘘でしょおおおお! なんで毎回失敗するのぉぉ!!」


 勢いよく高台から飛び出した結果、勢い余って着地を失敗した。1ターン無条件で相手の攻撃を引き付けることになる。サイコロの神は大爆笑していることだろう。


「な、なんだ……。あの大型モンスターは……!」


「しめたぞヴァルター! 狼たちは飛び降りて来たあのモンスターに夢中だ! 今のうちに僕たちは体勢を整えるぞ!」


 シュレインの冷静的な判断で、4人は自分たちの回復に手を回した。その間、蟹江静香は狼に袋叩きにあっている。しかし、その装甲は傷ひとつ負う様子はない。


「もうキレた! お前ら全員鋏の錆にしてくれるわぁっ!!」


 達成判定【1】【5】 成功! カルチノーマの鋏が狼を切断する! 腐食破壊が発動したが、既に攻撃した狼は息絶えている為、意味がない。むしろ、捕食がし難い状態に溶けてしまった。


「さぁ! どんどん来い!」


 仲間の狼を一撃で倒されたことで、狼のリーダーは、蟹江静香の前に立ち、他の狼たちを下がらせ、冒険者たちへとけしかけた。誰にも邪魔されることなく、突然目の前に現れた強敵と一騎打ちをするつもりである。


 イニシアティブ判定! 明らかに素早さは蟹江静香の方が早い! 運の要素で失敗しなければ、彼女が現状フィジカルで負ける要素は殆どなかった。


 達成判定【1】【2】 成功! またしても地雷を踏み抜く羽目になるところだったが、攻撃は成立した。 更には腐食破壊が成功し、相手の動きを奪うことに成功した。これにより、狼は反撃する手段を失い、その場に伏せた。例え首だけになろうとも、相手の喉笛に噛みついてやろうという、野生の誇りを失うつもりは無いようだ。


 放っておいたとしても、腐食が身体を破壊し続けるのは分かっていた。故に、再びカルチノーマの鋏を振り回し、狼のリーダーに対してトドメを刺した。それと同時に、4人組の方も戦闘を終えた様であった。

――――――――戦闘終了。



報酬―――――――― 


 経験値+4000

 大餓狼の大鬣おおたてがみ


――――――――入手。


 レベルアップのファンファーレが鳴り響く。


能力値ステータス――――――――――

〈状態〉 デスマスク 中型 LV2

〈称号〉 親喰らい

〈名前〉 蟹江静香


HP  354/354

MP  126/126


筋力  86

頑強  88+2

素早さ 90

器用さ 71+4

知能  74

幸運  78


技能スキル〉 捕食 作成 製薬 念話

〈攻撃系技能スキル〉 カルチノーマの鋏

        薙ぎ払い

〈基本系技能スキル〉 頑強+LV1 

        器用さ+LV2

        英祖の力

〈装備〉魔獣の鎧(防御力+10。水耐性)

〈呪い〉必要経験 3倍

――――――――――――――――


 レベルアップにより、脱皮が行われ、更に一回り、体躯が巨大化する。体高は人間並みになっており、下手をすれば軽自動車くらいの大きさになっている。今まで比較する対象が存在しなかったのに加え、人間という明確な基準が現れたことで、蟹江静香は自分が異形である事を改めて認識する事となる。


「うわっ……! なんだこの身体の大きさと能力値ステータスの上昇率……!」


『今までの苦労が報われていきますね……。それはそれとして、乱入したのはいいのですが、彼らの処遇はどういたしましょうか……?』


 未だ4人組は、不思議な乱入者に対して警戒を解いてはいなかった。動機も目的も不明な蟹のモンスターが、自分たちを救ったとはとても信じられないといった心境だろう。至極もっともな考えである。


「こ、このモンスター。何故俺たちの戦いに割って入ったんだ⁉ パトリック! 何かこのモンスターに関して情報はないか⁉」


 剣を構えたまま、ヴァルターは仲間に問いかける。


「わからない! ギルドでもこの様なモンスターの目撃情報は無かった! この風格、この辺りのボスかも知れぬ!」


 望んだ様な明確な答えが得られず、硬直は続いた。蟹江静香は考えていた。彼らが念話を使用可能であれば意思疎通が出来るのだが、そうでなければ明確な攻撃行動を取ってしまう事になる。


「それならば……! これしかない!」


 蟹江静香は、その辺の木の棒を鋏で器用に持ち上げ、音を打ち鳴らしながら踊り出した。


 ドンドコ! ドンドコ! ドンドコ! ドンドコ!


「な、なんだ⁉ 威嚇行動か⁉ 俺達に、この場から去れと言いたいのか⁉」


「いや、この風格と身に着けた鎧の様な装備……! 嘸かし名のある支配者と見たぜ! シュレイン! お前念話は使えないのか⁉」


 ラッキーチャックはこの場で唯一解決する策を提案するが、それは軽々しく却下された。


「馬鹿言え、いかに僕が名門【竜の学院】出身であったとしても、それは【精霊使いエレメンタラー】の専売特許だ。【魔法使いソーサラー】である僕にはその技術を手に入れる適性がない!」


「そうだ。例え使えたとしても、相手が念話を習得していなかった場合、敵対行動を取ったことになってしまう。この相手は私たちの手には余る。撤退しよう」


 回復師であるパトリックが撤退を提案すると、残りの3人はそれを受け入れ、そそくさとその場を片付けて退散した。なんとか、コミュニケーションを取ろうと考えた蟹江静香であったが、踊りにキレが増しただけであった。




「ダメだったか……! 折角の人間だったのに……。惜しい事をした」


『そのセリフだけ聞くと、獲物を逃したみたいな印象になりますね』


「人聞きが悪すぎる……。こちらはこんなにも善性に満ち溢れているというのに」


 現状デスマスクは禍々しい雰囲気を放ち、明らかに厄介な立ち位置の外敵にしか見えない存在であった。両手の鋏は力強く、人喰い蟹と言われても納得する見た目をしている。


『ところで、人間って食べたら強くなれるんですかね?』


「オペレーターには倫理観が備わってないのか⁉」


『冗談です。半分は』


「笑えないユニークなんだよなぁ!」


 こうして、初めて人間と接触した蟹江静香であったが、交流を図る事は出来なかった。彼らが急ぐあまり消し忘れた焚火に当たりながら、その場に残された狼の死体を口にする。


『狼の捕食で得られる能力値ステータスを超過しています』


「あぁ、もうだめなんだ……。切り取って食材と素材にしてしまおう……」


 器用さの能力値ステータスが増加したため、それらは簡単に素材と肉になった。肉はその場で食い溜めをし、素材も少しの時間を利用して鎧の修復に充てた。


 こうして、夜は更けてゆく……。



【トピックス】――――――――

 魔人が生み出したこの世界にも、人間は存在している。八英祖の支配する領域で集落を形成し、細々と暮らしている者もいれば、領域外に大規模な都市を築き、国を開いた者も存在している。

――――――――――――――――



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