第14話 おなかすいた。
巨大な岩盤を削り出して作られた拠点は、この世界に突如として出現した。
魔人の力によって呼び寄せられた者たちが、志半ばで初めて命を落とした時、大いなる力によって引き寄せられる。
地下に作られた、円形の空間。切り出した石を無数に積み上げ、作り上げたその構造は、遥か古代ローマに建設された闘技場を彷彿とさせるものであった。
集められた者達は、時と場合に関係なく、今日も支配者の生贄になっている。永遠に思える肉の弾ける音、骨が砕かれる音、耳を塞ぎたくなるような悲鳴と慟哭。
「この【死に戻り】ってやつは便利だよなぁ! 死んでも生き返るから、無限に経験値が手に入るぜ! おらあっ! 仲間にいれてやったんだから、役に立てよ! なんの為に、お前のレベルまで、わざわざ上げてやったと思ってんだ!」
死に戻りには、裏技の様な仕様がある。復活するたびに、体の一部が欠損、喪失するが、必要最低限、命の継続に必要な要素である、頭と胴体だけになった場合、喪失は停止する。手足を奪われ、仲間内で殺され続け、レベルだけを上げられた彼らは、この地獄の苦しみを、心を殺して耐えるしか術がなかった。
「さっさと起きろ! お前らを投げつけて相手を倒せば、お前らにも経験値が入るんだ! 分配がどうたらって、アイツら言ってたよな! 利用させてもらうぜ! 散々鍛えた筋力に、ビルドパワーの
殴られたであろう生物は、一撃で粉々になり、辺りには肉の残骸と血飛沫が広がる。そして、すぐに死に戻りが始まる。次はレベルは揃えられ、殺されるのだ。
この試みで、レベルは確かに上がる。例え格下でも、経験値100は確実に手に入る。仲間として陣形を組み、分配方式で経験値を分け与え、強くしてから殺す。この仕様の裏を突き、【短縮戦闘】が起こらないギリギリの境界線を見極め、死ねない者を殺し続けている。
時には、レベルアップした者同士を殺し合わせ、経験値を一気に獲得させる事もあり、レベルが高い相手を拘束し、もう片方の低い相手が、一方的に殺す事で、ジャイアントキリングの
「ちょっとぉ! 次は私たちの番でしょ! レベルを揃えるのが協定なんだから、守りなさいよ! 魔法で消し飛ばすわよ!」
「そう固いこと言うなよ! お前らが攻撃してくるなら、俺も手加減が出来ねぇ! 死に戻りをしたところで、誰も得しねぇんだ。仲良くやろうぜ、俺たちはな……!」
彼らは理性が薄れ、力に溺れている。レベルを無尽蔵に上げ続け、仲間内で殺し合いをさせる。死んでも生き返り、獲物が消える事はない。この仕様にいち早く気付いたずる賢い奴は、今どこで何をしているのか、【殺され続けている彼らは、経験値になる為に、この場で生かされている】いや、殺され続けているの方が正解かもしれない。まるで生き物に餌を与えて太らせるような……養殖……。
いや、これは牧場。デスゲームの最中に作られた、【死に戻り牧場】だ。
微睡んだ意識の中で、耳障りな声が響く。最初はある程度聞こえていた様だが、死に戻りを繰り返す度に、感度が落ちていく様な感覚がしただろう。相変わらず、何を言われているのか、聞き取れない様であり、他の経験値たちにこの話題を振っても、『オペレーターなんか居ない』と一蹴されて終わる。千切れた手足も、レベルが上がるたびに再生はするが、その度に殺されて、【経験値にされる】
いくらレベルが上がり、
逃げようとすれば、魔法が一斉に飛んでくる。逃げられるはずがない。この地獄の様な日常からは……。陰鬱とした空気がその場を支配するが、どんな状態でも毎日飽きもせず、腹は減る。いつもは奴らの食べ残しを漁り、生き永らえている。
拠点の地下を一部を改造したこの牢獄は、全面が石造りの為、脱獄することは不可能。しかも、長い間拘束された所為で、死に戻りの地点は更新され、死んだらこの牢獄で蘇生されてしまう。
万が一脱出したところで、この地域は凶悪なモンスターがしのぎを削っている。生きて逃げ出し、別な拠点を見つけ、一晩を過ごすなど、可能性は乏しい。
まだ監視が甘かった最初の頃に、逃げ出した経験値たちは、言葉も発することが出来ないくらい、殴り殺され、魔法で粉々にされ、徹底的に心を折られた。牢獄の場所が変更されてから、彼らの姿を見た者は誰一人としていない。
『誰か、助けてくれ!』 そう祈って、何日が無意味に経過したか想像に難くない。両親、先生、友達、神、思いつく限りの名前を羅列してみたところで、一向に助けは来ない。
牢屋内に倒れ、ひと時の物思いにふける彼も、例外ではない。
「あの日、給食の時間に全てが変わり、終わってしまった。あぁ、また給食のカレー、食べたいな。5杯食べたら流石に注意されたけど、独特な汁気がまた……」
「おい、出ろ! 今日はお前が経験値になる日だ!」
抵抗する力はない。もう軽く、100回以上は死に戻りをしている。『何でこんな目に遭わなければならないのか。俺が何をしたというのだろうか』自問自答を繰り返しても、運命は動かず、答えは一向に出てこない。
「コイツは大人しくてつまらねぇなぁ! 折角経験値として死ぬんだから、もっと泣き叫んでくれないと張り合いがないぜ! アドレナリンが出ねぇんだよ!」
(あぁ、腹が減った。もうなんでもいい。早く終わらせてくれ)
「そいつ、まだ目が死んでないわね。叫び声ひとつあげないのに、目がまだ生きてる。いつか私たちに仕返しをしてくるわよ。楽しみね」
そう告げた女は、ガチャで手に入れた魔法を、楽しそうに手の中で転がしていた。
「ダメだ、こんなんじゃ威力が足りねぇ……! 俺達をこんな目に遭わせた魔人って奴には、いつまでたっても勝てる気がしねぇ!」
(復讐に燃えるのも結構だが、俺は早い所、自分の経験値としての役割を終えて、残飯を漁り、眠りたい。一瞬でも安らぎを得られるのであれば、もう今は、死んでも構わない)
「アンタは防御無視、私は絶対魔法貫通。このふたつがあれば、攻撃は通りそうなものだけどね……」
「いや、俺は見た! あいつの! 魔人の恐ろしさを! 俺達なんか蟻以下の存在だ‼ あいつは俺を見るどころか、意識すらしていなかった! 絶対に許さねぇ!」
「でも、同級生を使ったこのシステムも、もう限界じゃない? 上がる頻度は堕ちて来たし……。人間を襲った方が経験値手に入りそうよ?」
「バカかお前は! 人間が徒党を組んだら一番やべえ生物なのは、俺ら元人間が一番わかってるだろうが! 文明レベルが低いとはいえ、奴らの数は多い! まだ殺すような戦闘はしていないが、そこいらの一般兵でも、そこそこ強い!」
「その様子だと、以前に戦ったのね?」
「殺さない様に、やっとの思いで追い返したら、倍の数で攻めてきやがった! 言葉が合わねえから話も通じねえし、その所為で俺は、最初の拠点を追われて逃げて来たんだ! ふざけやがって、あの野郎ども!」
「そんな目に遭ったらね……残酷でも、この安全な方法を取るしかなくなるか……」
「殺しきったとしても、それを調査する奴等は絶対に現れる! 俺たちはこの世界について何も知らない! そんで俺も、今までの人生でゲームを全然してこなかったから、どうすりゃいいか分かんねぇ! 手探りでも、やるしかねぇんだよ!」
「なぁ、お前。もう、人間は殺して喰ったのか?」
「あぁん⁉ そんな訳ねぇだろ! 気色悪ぃ!こんな姿になっても俺は人間だ!」
「レベルの高い相手を食べると、力が増す。そんな話を聞いたことは無いか?」
「さぁな! 医食同源とか、そんな話するなら殺すぞ!」
「お前らが毎回捨てているゴミ、あれはこの付近に住む動物や、モンスターだよな?」
「それが、どうしたってんだ! 与えてもらえるだけありがたいと思えよ!」
「それには感謝している。俺はよお、腹が減って腹が減って、毎回それを、残さず食うんだ。そうするとさ、なんだかわからねぇけど、面白い具合に、力が溜まっていくんだよね……!」
「ちょっとアンタ、コイツの
「あぁ⁉ そんなの最初捕まえた時に、1回見たきり……! お前、まさか! 俺が殺すまで! 【一度も死んだことがなかったのか⁉】」
『サクリ』とスナックを噛む様な、軽快な音と共に、胴体だけで跳躍し、力自慢の喉笛が噛み千切られた。大量の血が噴き出し、傷口を抑えつけるも、出血は止まらない。
「待ってなさい! 今、ヒールを!」
「素早さが相手の2倍以上ある時、複数回行動出来るんだ。知ってたか?」
「えっ……⁉」
『ガブリ』と、今度は果実を齧る時のような音がした。生物の頭蓋骨は、こんなに脆い音がするんだと、その時、彼は初めて知った。
頭を噛み砕いたことで、魔法使いは死に、レベルアップが果たされた。全身の欠損が一瞬にして復活し、元の身体を取り戻していた。その四本の脚は大地を踏みしめ、身体の感覚を少しずつ取り戻している。
「て、てめぇ! この瞬間を狙って……⁉ しかし、何故だ! レベル差が10以上あるお前が、なんでこんな攻撃を!」
「教えるつもりはない。どうせお前も死に戻りする。俺はこの世界に飽きた」
「そうさ、俺は死に戻りする! そうしたら、なんとしてもお前を見つけ出して……! な、なんだ⁉ 何をする! やめろ! 痛てぇ! なんでだ! なんでお前なんかの攻撃が! 俺はレベル25の大猿型モンスターだぞ! 何でこんなに素早いんだ! この! 豚の癖に!」
「へぇ、レベルが25もあるのか、それは良い事を聞いた。お前を食えば、更に力が手に入るかもしれない。可食部も大きいし、なかなか喰い応えもありそうだ」
過度な死に戻りにより、記憶も曖昧になっていが、それだというのに、原初の欲望と言うものはいつも明確で、活力を生み出してくれる。
「――腹が減った」
刈り取られる側となった大猿の脳を、まるでスプーンで掬い取るように抉る。非常にシンプルな事柄ではあるが、基本的に生物は、脳を破壊されたら死ぬ。抵抗する隙すら与えられず、大猿は次々と食い散らかされて行く。骨も、肉も、血も臓器も、咀嚼するたびに、βエンドルフィンが溢れ出し、喰い進めていく毎に、脳のシナプスが軽快に踊り出す。これは、高揚だったであろうか、人としての感情は失ったが、生き物として、まだ最低限の機能は有しているように思える。
「あぁ! 強い奴の肉ってのはこんなに美味しいものなのか⁉ 凄いぞ! 全身に力が満ち溢れるのを感じる。筋肉のしゃっきりした食感と、脂の甘みが上手く整っている! 骨もサクサクとした食感で、骨髄のエキスもしっかりと濃厚な旨味に溢れている! もっと食べたい。もっと食べたい。食えば食う程に腹が減る! グレリンが分泌されるのを感じる! インスリンで血糖値が上昇する! お腹が空いた。お腹空いた。お腹空いた。食べるたびに力が溢れる。大丈夫だ、殺したところでまた死に戻る。そうすればまた食べればいい。食べたい。食べたい。食べたい。食べたい」
「なんだろうな、何も聞こえないな。なんだか耳障りな感覚だけがある。助けてとか、痛いとか、今まで自分が散々発してきた言葉だったはずなのに。何も聞こえなくなってきた。食べ物がほしい。食べ物がほしいな。そうだ、食べ物を探しに行こう」
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繰り返される雑音は、なかなか消えなかった。
腹がいっぱいになると、彼は微睡を経て、深く眠りについた。
【ルール】――――――――
デスペナルティの補足。100回目以降の死。記憶の欠落を許可。
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