第11話 人ならざるモノ



 弥撒は館の中に足を踏み入れた。その館には何台も人を乗せる台が並んでおり、人が横たわっていた。その台の一番奥には大きな若い男が一人横になっていた。

 右側には五人の男、左側には五人の女、皆眠っているようだ。しかしよく見ると台には溝が彫られており、そこには赤い液体が流れ出ていた。そして十一人の人間の中心には大きな壺のようなものが置いてあり、部屋中鉄や人の体液の匂いが立ち込めていた。

 弥撒はここで行されているものがどんなことかすぐさま理解した。部屋の中央で両手を合わせた弥撒はぶつぶつと呟いた。弥撒の体から白や緑、黄色などの光があふれ出た。

 その光はそこに横たわるすべての人を取り囲み、出血を止めた。そして弥撒は中央の壺へ近づきその中を覗きこんだ。弥撒が思った通りその壺の中には大量の血なまぐさい臓器と血液がため込んであった。

 弥撒の見立てではこの館は恐らくイキモノの臓器や血液を使い実験する施設だ。さっきの央の様子をみると、ここでイキモノから得た材料で人間の基礎的な体力や筋力、パワーを著しく向上させ、さらに自然治癒力まで向上させる何かを生み出していた。道端に転がり捨ててあった尊い命たちも恐らく実験に使われたのだろう。体に切開創があった。

 台に横になる人々の顔をじっくりと観察した。皆心地いい夢を見ているようだ。表情は穏やかで、しかし顔色は皆真っ青だった。一人、一番奥に眠る大柄な男はそれほど出血が多くないのか顔色は健康な人と変わらないようだった。どうせしばらく起きないだろう。

 弥撒はその壺に手を触れ、目を閉じた。壺からはその中に収められているだろうイキモノ達の声が聞こえた。弥撒はびくっと肩を震わせた。その声の中からその他とは違う異様な声が聞こえた。その声を追うためにさらに意識を集中させるが、その声は弥撒の意識をすり抜け逃げていった。

 弥撒はその声を追うのは諦め、イキモノ達の声の封印を始めた。その場に座り、禍々しい獣と人の混合物を封じるため、唱え始めた。カッと目を見開き両手を壺に着けると壺がドロッと溶け出し、小さな石になった。その石を飲み込んだ弥撒はゆっくり立ち上がった。

 気配を感じ、弥撒がそちらへ目を向けると、一番奥で眠っていた男が起き上がりこちらを凝視していた。

 「なんだ、意外とはやく目が覚めたのだな。もうこの実験は終わりだ。村の再興には時間がかかるだろう。早く他の村へ移ると良い。」

 弥撒はそう男に言い、館をあとにしようとした。すると小さな声が聞こえた。

 「とんだ邪魔者だ。」

 弥撒はとっさに声の方を振り向いた。声の主であるその男は弥撒と目が合うと酷いつくり笑顔のような不自然な笑顔を向けた。弥撒は首を傾げそのまま外へ出た。

 「気のせいか。」

 聞こえてきた声はさっき弥撒が取り逃がした声にそっくりだったような気がした。


 弥撒が外に出ると四人の戦いも終結していた。皆疲れた様子で座ったり、横になったりしていた。央は明楽が縛ったようで柱に括りつけられていた。

 弥撒は央に近づいた。そしてしゃがみ、こう切り出した。

「お前、命を弄んだな。あんなものを作りよって。壺はわしが封印した。この体にな。

 二度とこのようなことができないよう、この後この村に印を結ぶ。印を結ぶとこの村では二度と血を流すようなことはできなくなる。その前になぜこのようなことをしでかしたのか話すのだ。」央は弱弱しいかすれ声でゆっくりと話し始めた。


 「はじめは一人の旅のものを受け入れたことで起きた。その旅人はこの村で出たことのない病を持ち込んだ。その病は俺らが初めて経験するものだったせいで、効果のある薬がなかなかできず、村は一気に半分の人数がその病にかかった。主に臓の出血、手足の強い痺れ、かかって三ヵ月命が持ったものはいなかった。俺はもともとこの村の薬師でな、ある日村のはずれにある森に病に聞く薬草がないか探しに出ていると、そこで一人の男とであった。その男は国の中央から来た使者で薬の知識も持ち合わせているという。そこで小さな石のようなものを渡された。その石を病にかかっているものの中で一番症状が重いものに与えるように言われた。

 俺も国の中央の薬草についてはよく技術が進んでいると聞いたことがあった。藁にもすがる思いでその石を患者に与えると、その患者は三日ほどで元通りに回復したのだ。元通りどころではない、病にかかる前より体力が増え、筋肉が育ち、そして傷までその場で修復できるようになった。翌日その男がいた場所に行くと男は待っていた。

 俺はその石さえあれば村のみんなを救えると思って石の作り方を聞いた。その石にはいろんなイキモノの臓を混ぜないといけないと聞いた。初めは村にいる犬猫で実験を重ね、それでできた石で回復した患者の血液を使って石を作るようになった。

 そうしていくうちに二度と病などに命を脅かされることのない肉体が欲しくなった。石は摂取し続けることで期待以上の肉体に変化できた。これはこの村で大事に保護するべき情報だと思い、あの門で村を閉ざした。」

 黙って聞いていた弥撒は静かに口を開いた。

 「その男とは何者だ。今どこにいる。」

 「何者かはしらん。中央から来たということ以外はな。どこにいるか?さっきまでお前がいたあの館の一番奥に眠っている男だ。確か禄牙と言った。」

 弥撒は急いで館に目をやり、駆け出した。それに明楽たちも付いていき、館に入った。

 しかしあの男、禄牙がいた場所には何もなく、一足遅かったことに気が付いた。弥撒が先ほど感じた異様な声の正体はやはり禄牙のものだった。

 「弥撒、さっきここにいた男の顔は覚えているか。」

 「ああ、まだ逃げ出して時間が経っていない。ラオで追うぞ。明楽、ついてきてくれるか。」

 「ああ、もちろんだ。みんな、遺体を埋葬してくれ。そしてまだ間に合いそうな者たちには俺の薬草を塗って傷の手当てをしてやってくれ。頼んだぞ、多紀。」

 「ああ、わかった。もうあの者たちには戦意がない。安心して弥撒様についていけ。」

 「ありがとう。お前たちもはじめての戦闘で疲れただろう、少し休むんだ。」

 「俺たちは大丈夫です、父さんと一緒に村の人の手当てをします。」

 明楽と弥撒は三人を置いて門の外に出た。ラオは弥撒の気配に気が付きすぐに駆け寄ってきた。二人は周囲を走り回り男の姿がないか見まわすがそれらしい人影は捉えられなかった。

 「弥撒、央が言っていた男と初めて話したという村の外れに行ってみよう。」

 黄香村のはずれには大きな薬草畑とそれほど大きくない湖があった。央が言っていたのは恐らくここだろう。灯はなく、辺りの様子は全く見えない。人がいるのかどうかも不明だ。明楽が服に仕込んでいた火つけ石をつかい近くの木に火をつけた。ボウッと灯った灯により周囲が見渡せるようになった。

 湖の近くに大きな影を見つけた。男が空に顔を向け湖の側に立っていた。

 「明楽、ここで待て。あいつは何やら得体のしれん気配がする。わし一人で話そう。」

 「わかった。だが、何かあれば剣に触れるぞ。」

 弥撒はゆっくり男に近づいた。男は弥撒の方をゆっくり振り返り、そしてさっき見た不気味な笑顔を見せた。

 「央から僕のことを聞いたようだね。」

 「やはりお前の声だったか。お前は何者だ。わしの力から逃れたな。」

 「そんなに答えを急ぐ必要はない。ゆっくり話せばいいじゃないか。」

 「あの村で何をするつもりだった。あんなふうに異種を混ぜ、むやみにイキモノに傷をつけることはこの世では何があっても許されない。それに、央が言ってた石とは遺命石だろう。神獣から加護のある者にしか作り出せない石だ。失われるはずの命を特別な石に変え、その石は遺命を与えることができる。」

 「そうだ、その通り。さすがヤサ神の巫女様だ。」

 弥撒の問い詰めるような気迫に、男は変わらず朗らかそうに笑っている。

 明楽はその男を見て、纏う雰囲気が弥撒に似ていると思った。男にしては長髪で、目は切れ長な精悍というか、なんとも美しい顔立ちをしていた。背が高く武に精通しているであろう鍛えられたその体つきは明楽でも目を見張るものがあった。

 男はただ静かに弥撒の様子を見ており、襲い掛かる様子は微塵もなかった。

 「わしの問いに応えろ。なぜ遺命石をお前が持っている。あの石はこの世でまだわししか作れんはずだ。」

 「そうとも限らない。誰にでもなんでもできるはずなんだ。」

 「なにをわからんことを言っている。遺命石は特別な印が必要だ。神獣から加護を受けたものの体の一部を織り交ぜて作ることでしか完成しない。だから遺命石の効果は絶大だ。

 あのように人に使うと、その材料にもよるが肉体を強めたり、傷に対する治癒力を高める効果がある。央の様子は確実に遺命石の効果だ。」

 禄牙はふっと笑った。笑いながら弥撒へゆっくり近づいた。弥撒は一歩も引かず禄牙を見つめた。

 「ヤサ巫女、君は自分をこの世で唯一の特別な存在だと思っているのだろう?なんと浅はかだろうな。この世は広く、深く、そして何もかもが濃い。やっとこの世に放たれたばかりで何も知らないんだ、君は。」弥撒は答えない。弥撒の後ろで明楽が刀に手を触れた。

 「大丈夫だよ、付き人さん。僕は巫女に何もする気はない。それに…。」

 三人の周りで風が吹き始めた。明楽は目の前の大柄の男の髪が黄金に光り輝き、目が赤く光っているのが見えた。まるで弥撒が巫女の力を解放しているときの様子と同じだ。

 そのまま禄牙は弥撒の肩に手を置いた。手が触れた途端、弥撒も力を解放した。まばゆい光があたりにあふれ、明楽はあまりの眩しさに目を手で覆った。

 「ここでやりあおうか、禄牙とやら。」

 「やりあうわけないだろう?巫女と巫覡がやり合うなんて無粋だ。」

 弥撒も禄牙もお互い一歩も引かないまま数分が過ぎた。弥撒がキッと禄牙を睨む。

 「この手をどけろ。お前みたいな者に触られると、自分の巫女の力が汚れてしまう。」

 禄牙はしばらく弥撒を見つめ、ゆっくり手を降ろした。それと同時に禄牙を取り囲むものは消え、元の姿に戻った。

 「僕は、すべてのイキモノに興味があるだけなんだ。知識を得たい。それもこの地に存在するどんなものよりも。」

 禄牙はゆっくり湖に向って歩き出した。明楽は剣を抜いた。

 「弥撒、こいつはここで…。」

 「ああ、活かしておくと危険だ。」弥撒は光は消さず、巫女の力を使うつもりのようだ。

 そんな緊張する二人には目もくれず、禄牙は話続けている。ぶつぶつと呟く禄牙に明楽が思いっきり刀を振った。しかし刀が禄牙に当たる前に禄牙の手が明楽の刀を抑えていた。

 明楽は自分の攻撃が、素手で抑えられたことに動揺が抑えられなかった。そのままの勢いで何度も切りつけた。しかし禄牙は明楽を見ることもなく、その攻撃をかわし続けた。

 明楽の息が切れたころ、弥撒が明楽の前に立った。

 「お前が何を目的にしているかはわからん。だが興味だけであそこまで生命を弄ぶのならヤサの巫女であるわしが止めなければならない。」

 弥撒は両手を合わせた。大きく風が吹き、弥撒の周りを不思議なものたちが色とりどりに纏わりついた。禄牙はずっと動いていた口をついに閉ざした。

 弥撒は遺命石を作るための呪を唱えながら、禄牙に近づいた。禄牙は抵抗する気がないのかただ立っていた。

 弥撒は禄牙の首に手をかけ、唱え続けた。禄牙はひと時も弥撒の目を離さず捉えていた。

 急に弥撒は唱える口を止めた。弥撒は閉じていた目を開き禄牙を見つめた。禄牙がいきなり弥撒の体に腕を回し、小さな弥撒は禄牙の体に包まれ見えなくなった。

 「弥撒!」明楽が二人に近づこうとすると、禄牙が明楽に手を伸ばした。すると明楽は強い風によって行く手を阻まれ、近づけなくなった。

 風がやみ、明楽が顔を上げると禄牙の姿はなく、立ち尽くす弥撒と暗闇に揺れる湖面だけがそこにはあった。

 

 明楽が慌てて弥撒に駆け寄ると、弥撒は力の抜けたように湖を見ていた。

 「大丈夫か、弥撒。怪我はないか。」

 「案ずるな、明楽。体は何ともない。」

 「ならいいが、戦い過ぎて疲れたか。あの男、禄牙は湖に逃げたな。追うか?」

 弥撒は黙って首を振った。ひどく疲れた様子だ。明楽は弥撒を背負い、湖の側を離れた。

 少し歩くとラオが駆け寄ってきた。ラオに乗り、村へ戻った二人は、村で待つ三人と合流した。村のどの人たちも深手は追っておらず、意識を失っていた軽傷の者たちばかりだった。皆丁寧に手当てされ、休息を取っていた。

 「戻られましたか、弥撒様。お疲れの様子だな、横にして休ませよう。」多紀がラオの背から弥撒を降ろし、休息のとれる場所へ移動させた。明楽も弥撒の近くに横になった。

 村の者たちは五人の力に恐れているのと、怪我の手当てをされたことで完全に戦意はなく、どことなくこちらの動きを探っているようだった。

 弥撒たちの下に央がやってきた。元の細見な姿に戻っている。どうやら一定の時間、遺命石を摂取しないと力はもとに戻るようだ。央は弥撒たちに跪き、口を開いた。

 「申し訳ございませんでした。最初は純粋に村の皆の病を治すためでした。そこに嘘はありません。気が付くとあの石の力に取り込まれ、欲をかきました。今回であの石は作れなくなり、そしてやっと目が覚めました。あの石を使って一時的に己を強くできたとしても無くなってしまえばこの通りです。村を守るために必要なものは石ではなかった。

 過ちに気づかせていただき感謝申し上げます。」

 央は力なく謝罪の言葉を述べた。弥撒は横になったまま、その言葉に応えた。

 「この村は防衛本能が強い。お互いがお互いを守りたいという思いが強いのだろう。だからそれを利用された。今回もちろん長であるお前には少なからず隙があったのだろう。

 だから次はうまくやるのだ。皆をまとめ上げ、何かに頼ること以外で村を強くしろ。」

 弥撒の言葉に央の目からは涙が零れていた。弥撒はあの壺を遺命石にしたときに、台にいた者たちの傷を自分のもつ遺命石の力で回復してあげていた。もちろん央もだ。

 そのせいもあってか弥撒は力を使いすぎ、もう動けなくなっていた。央たち村人の好意があって弥撒が回復するまで村での滞在を許された。

 翌日、弥撒は目覚めなかった。よほど力を使ったのか、体は幼女に戻り穏やかな寝息を立てて眠っている。弥撒の身の回りのことは基本的に明楽が行っていた。村の者たちは初めは皆を怖がっているようだった。だが、幼い兄弟の屈託ない話や、その幼さからは想像できない強さを秘めている存在に村の皆は興味津々だった。兄弟から歩み寄り、半日ほどで村の住民と皆のわだかまりは無くなっていた。

 弥撒は夢を見ていた。禄牙の大きな体に包まれたとき、禄牙は弥撒に呟いていた。


 「ヤサ巫女よ、殺意がないじゃないか。そんな中途半端は呪では僕は封じられない。それに、僕は殺意が全くないくせにイキモノを石にできるあなたにひどく興味をもった。

 これから何度も会うことになるだろう。僕も神殿を目指しているからね。

 また会おう、弥撒。」


 禄牙は弥撒の目的や弥撒の正体、すべてに気が付いていた。

 だが同時に弥撒も禄牙の正体に勘づいていた。弥撒と同じ力を使えるということは神獣の力を少なからず利用できる者のはずだった。そして弥撒と同じように巫覡の力があった。

 神殿に向かうのは、おそらく禄牙の『強い好奇心』のためだろう。神殿にはこの世のすべての成り行きが記されている。彼の強い好奇心を埋めるには神殿に入るのが一番手っ取り早い。ただ、神殿は立ち入る者を選ぶ。神獣へ不義は重罪だ。

 弥撒は禄牙の夢を二日間みた。

 弥撒が寝入ってから三日が立ち、明楽が弥撒の顔を拭くと弥撒の目がパチッと開いた。

 「起きたか、体の具合はどうだ。」弥撒はゆっくりを起き上がった。

 「…。私はどのくらい眠っていた。」

 「丸二日間だ。気持ちよさそうに眠っていて起こすことができなかった。」

 明楽が笑いながら答えた。弥撒はあたりを見渡し、ここが村で一番いい寝所であることを察した。

 「他の皆はどうしている。」

 「多紀は主に村の人と畑作業と薬草について教わっている。兄弟はしょっちゅう狩りに出かけている。昨日はこんなに大きな鹿を取ってきたぞ。弥撒も食べよう。」

 弥撒は明楽が用意した鹿肉を軟らかく煮たものを口にしながら思考を巡らせた。眠っている間に見た禄牙の夢は弥撒の心を穏やかにはしてくれなかった。禄牙は今後もその強い好奇心を持て余し、やってはならない実験を繰り返すはずだった。弥撒は早く禄牙を追い止めなければと思っていた。明楽は弥撒の表情をみて察したようだ。

 「あの禄牙というものを追うつもりか。」弥撒は明楽になら禄牙のことを話してもいいかと思った。

 「あの者の力はわしと同じ類のものだ。巫覡の力だ。わしもあのような存在がわし以外にもいることに驚いた。

 前にも言ったがわしが生まれたのにはわけがある。生れたときにヤサに伝えられた。それが使命でお前の生きる道だと。だとすればあの者がいることにも何か意味があるはずだ。

 どの神獣の使いなのかはわからんがわしと同等かそれ以上かもしれん。

 はっきりとは言い切れんが、わしらの巫の能力値は生まれ落ちた年月に比例して強くなる。わしも祠にいたときはヤサの能力に守られていたせいか、それほど能力の伸びは感じなかった。しかし親元を離れ自分の能力だけで生きている今は日々操る力が増えているのが分かる。わしは自分が何歳になるのかわからん。だが禄牙は恐らく二百年以上は地で生きているはずだ。わしのように自分の身を守ってくれる臣下はいない、なのに派手に動いている。蛇女を嗾けたのは間違いなく禄牙だろう。まだわしらが知らぬような不義は多いはずだ。」

 「二百年か。途方もないな。なぜ臣下を置かないことが強さの証明か。たしかに人間の俺には見向きもしなかった。」

 「のお、明楽。わしが臣下を置くのはもちろん身を守ってくれる、信頼できる味方とともに国を統べるため。だが実はそれ以外にも理由があるのだ。

 実はわしはまだ己の力を制御しきれない。夜の姿は知っておろう?皆にわしの力を分け与えるのにはわしの巫女の能力にはまだ不安定さが残るためだ。夜には力が減り、巫女の力を解放すると自分でコントロールしきれんと感じる時がある。そういう時に皆に着けた印からわしの力を分散させることで能力の暴走を止めている。」

 弥撒は少し悲しそうな、寂しそうな表情で明楽に笑いかけた。おそらく弥撒は自分の巫女としての未熟さにふがいなく感じているのだろう。まだ数日しかともにいない明楽でも弥撒がその小さな体で明楽たちの命を背負うような、大きな責任をもって進んでいることは分かっていた。

 そんな自信がない弥撒に明楽は思わず両手を伸ばした。伸ばした両手が弥撒の頬を包み、ゆっくりと肌に触れた。手は離さずに明楽は口を開いた。

 「弥撒は俺らの救いの巫女だ。村は君のおかげで長きにわたる苦しみから解放され、昔の幸せな自分たちの生活を取り戻した。この村もそうだ。すべて弥撒がこの世に出てきて数日で成し遂げたことだ。だからそんな顔をするんじゃない。君を慕う者たちの誇りや信頼を無下にしてくれるな。なあ?」

 明楽はゆっくり弥撒の髪を撫で、肩に手を置いた。

 「まずは疲れた体を回復し、次の行先やこれからどうするかみんなと考えるんだ。」

 弥撒は明楽の急な優しい表情に驚いた顔をした。そして添えられた明楽の手に自分の手を重ね、目を閉じた。ゆっくりと目を開いた弥撒の目は先ほどのように揺れる不安は映っていなかった。


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ミサノオウ 池里 @ikeri08

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