第10話 気配


 

 日も暮れ、あたりは夜虫の音が響いていた。黄香村が見える丘まで来た。上から見ると村には灯が少なく、村の中心部に灯が集中していた。

 「弥撒様、村が見えましたね。」弥撒はラオに跨りながら村を見ていた。夜になったせいかラオの体は黄金に光っているように見えた。弥撒は兄弟たちを見て笑ってこう言った。

 「怖いか?」「いいえ、俺たちは怖くありません。」

 「羽多はそう言っているが真紀は震えているな。」弥撒の言う通り、勇ましく鼻息を荒立てる羽多に比べ、真紀は返事もせず足を震わせていた。そんな二人をみて弥撒は大声で嗤い、ひとしきり気が済んだところでラオの歩みを進めた。

 村の入り口に着くと、やはり大きな門があり案の定固く閉じられていた。門の端に案内口があり、そこで村のものと話せるようだ。多紀が進んでその案内口の柵を叩いた。叩いてすぐに声が聞こえてきた。男のくぐもった声だ。

 「はい、何用でしょうか。」

 「ここより南の水登村よりきた。この先北側へ行くのだが、今日はもう日が暮れてしまったためにこの村で一泊させてもらえないだろうか。」

 「申し訳ございません。それはできないことです。今村では原因不明の病が蔓延しており、外に漏れないよう村の門を開けていません。」

 弥撒が進み出た。「いつからだ。」

 「いつからとは?」

 「いつからこの村は病に侵され門を閉じているのだ。」

 「半年ほど前からです。」

 「嘘だな、門の木はかなり古いし開けた形跡も残っていない。この木の状態なら門を閉じたのは少なくとも一年以上前だ。」

 弥撒の指摘に男が慌てた様子で声を荒げた。

 「何をおっしゃいますか。門ができたのは半年前です。何を言われてもここを開けることはできないのです。」

 「ここは何やら邪悪な気配がする。何を隠しているか知らんが門を開けろ。さもないとこの門をわしの手のものが吹き飛ばすが、良いか。」

 弥撒の脅しに慄いたのかその男が村長に確認すると言い柵を閉めた。

 「弥撒、やはり様子は可笑しいな。村に入れたとしてどうするつもりだ。中で何が起こっているのかもわからないぞ。」

 「さあ、わしの有能な家臣たち。旅に出て早々に戦闘になりそうだ。武器を用意しておけ。」弥撒の声と同時に四人は体が動いた。なぜなら門の上から弓が放たれたためだ。弥撒はラオが察知し素早くその場を離れた。門の両端にある小さな押戸からずらりと真っ黒な集団が現れた。皆刀をもち、弥撒たちへ剣先を向けている。

 真っ先に動いたのは、皆の予想に反し真紀だった。いつの間に装着したか分からないが、真紀のとがった指具は皆が気が付いたときには、敵の左顔面を捉えていた。自分よりはるかに大柄な相手をなぎ倒し果敢に敵に向かう真紀を見て、兄の羽多も動いた。後方から弥撒が「おお。」と感心する声が聞こえてきた。

 羽多の弓は特殊な作りで弓の上下に小刀が付いている。さらに弓の弦を外すとそれらは槍のような、よく撓る刀へ変化する。羽多はこの武器で短距離から長距離を自在に戦う。羽多は弦はつけずにすさまじい速さで弓を振るった。

 二人の兄弟によって次々と倒される敵たちを見て、明楽と多紀はここは二人に任せ自分たちは男たちが出てきた場所から村へ入ることにした。弥撒も明楽たちとともに村へ入ることにした。ラオにはいったん離れてもらい、弥撒は明楽たちについて行った。

 歩き進めながら弥撒が二人に、「お前たちの血筋は血気盛んだな。素晴らしい武の実力だ。」

 「油断するな!」明楽が弥撒に切りかかってきた男と太刀で止め、戦闘を始めた。

 村はひどく荒廃しており、門をくぐるとそこには草木は一切に目に入らず、道端にはゴミや動物の死骸で溢れていた。弥撒は近くにいた犬の死骸に近づいた。

 「何てむごいことを…。」

 「弥撒様!」多紀が弥撒に男が剣を振り上げているのに気が付き大声を出した。しかし多紀が気が付くより先に弥撒はその男の殺気に気が付いていた。

 弥撒は犬から目を離さずにその男に向けて左手を伸ばした。弥撒が小さく呟くと、その男の動きが一瞬にして静止し、そしてそのまま吹き飛んだ。驚いた明楽たちが弥撒を見ると弥撒の顔が憤怒の表情であることに気が付いた。

 弥撒はすぐさま額の紋章を浮かび上がらせ、大声でこういった。


 「われ、ヤサ神に仕えし巫女、弥撒と申すもの。

 この村の長をわが身前に差し出せ。

 でなければこの村、わしの持つ巫女の力で滅ぼすこともできよう。」


 弥撒の響き渡る声に、皆へ切りかかっていた男たちも少したじろいだようだ。しかし一人馬鹿者がやみくもに弥撒に切りかかった。大声を上げかかってくる男に向って弥撒が両手を合わせ、息を吹きかけた。大声を上げていた男はすぐさままっすぐ後方へ吹き飛ばされ意識を失った。弥撒の異様な力を目にした村の者たちは一気に後ろへ下がり出した。そこへ表門の刺客を捌き終えたのだろう、兄弟が扉をくぐり弥撒たちに合流した。返り血もほとんど浴びていなかった。弥撒の様子や周囲の異常な静けさに兄弟たちも思わず口をつぐんだ。

 その場の空気がピンッと張り詰める中、男の声がした。

「よくもわしの兵士を存分に痛めつけたな、小娘。」

 声のする方を見ると、細見で長身の男が立っていた。「お前がこの村の長か。」弥撒が怒りを含めた声色で尋ねた。

 「そうだ。俺がこの村の長、央公己だ。して、何用でわが村を襲う。ただではすまないだろう。」

 「先に手を出したのはお前たちだろう。この村は何をしている。さっきから邪悪な気配がする。しかも大量に。」

 「よく察したな。邪悪なものなどではない。われらは崇高な行いをしている。邪魔するならこの村の総力を挙げてお前たちを叩き潰そうか。」

 「やってみるといい。聞こえなかったか、わしはヤサ神の加護を受ける巫女だ。それにわしが連れているこの者たちは見ての通りかなりの手練れだ。何人で来てもわしらを倒すことはできない。」

 「ヤサ神の巫女?何を言っている。神獣はただの人に加護などしない。人の世界に干渉などしない。知らないで嘘をついているのだな。愚かな。さて、皆のもの倒れている暇などない、立ち上がるのだ。」

 央の声にさっきまで弥撒たちに倒された者たちが動き出した。


 「馬鹿な。」

 一斉に男たちが五人に切りかかってきた。「多紀、明楽、羽多たちも、自分たちの加護印に触れろ。その印には力の流れを整え、戦いやすくしてくれる。武器を軽く感じ、どれだけ切っても疲れなくなる。存分に戦おう。わしはあの者と話をする必要がある。ここは皆に頼んでよいか。」

 「もちろんだ。いけ、弥撒。」

 弥撒を守るように四人が立った。敵となる男たちは全身を黒い布で覆っているため表情などは何一つわからない。しかし先ほどまで致命傷になるような一撃を喰らっていたはずの男たちは何事もなかったように四人の前に立ち並んだ。

 「さあ、力が湧いてきたな。この邪悪な不死の集団を安らかな地へ送ってやるんだ。」

 多紀の一声で全員武器を振るい出した。その一人一人の勢いは凄まじかった。大人二人はもちろんだが、幼い兄弟も先の戦いで実践に慣れてきたのだろう。その有り余るパワーとスピードで存分に敵を薙ぎ払った。弥撒はそんな四人の中央をゆっくりと歩み、先にある央の館へ向かっていた。弥撒の髪は神々しい白髪へと変わり、目は例のごとく翡翠に輝いていた。口からでる吐息は何かオーラを纏い、全身からプレッシャーが滲んでいた。

 弥撒が皆とともに央の館へ近づいたときだった。外の様子が可笑しいと央が出てきた。

 「なんと、随分劣勢だな。俺も出ないとならぬか。」

 央が着物を脱ぎ、上半身が露になった。その体は傷だらけであちこち切開創と注射痕らしきものがあった。央の体は央の雄たけびとともに急速に筋肉などの組織が発達し始めた。

 気が付くと央はさっきまでの細めのシルエットのゆうに倍以上はあるだろう。

 「ほらな、ただの人ではなかった。」弥撒はそうつぶやくと大きく手を広げた。

 「弥撒、こいつは俺がやる。」

 「いや、明楽、こいつは何らかの方法で自らの能力を底上げしたようだ。あの体を見ればわかると思うがかなり危険だ。わしの力の方が安全と言える。下がっていろ。」

 「いやだ。あの二人に負けていられない。やつは俺が倒す。それに、やつの館にはまだ何かいるだろう?弥撒はそっちへ行ってくれ。」

 「なんだ、明楽も気が付いていたのか。あの奥にいるものに。」

 おそらく弥撒の付けた加護印のおかげだろう。弥撒が感じているものの十分の一ほどは皆も感じられるようになっていた。本当の敵はあの男ではないだろうということに皆感づいていた。明楽は央の間合いへ入った。その様子に弥撒もゆっくりと央の館へ足を向けた。

 弥撒の歩みを止めようと近くにいた刺客が切りかかるが弥撒は一瞥することなく吹き飛ばし進んでいた。

 央は武器を何も身につけていない。さらに防具も。なめられたものだと明楽は腰を落とした。明楽の太刀は特殊な加工が施している。それは刃先が波打っているというもので、一撃を与えるときにその刃先を自分側に引いて切ると波打った部分により、より多くの傷を広範囲に残せるというものだ。その分引く力は通常の刀とは比べ物にならない。

 央は明楽へ向かって大きく拳を振るってきた。大きい体のせいかスピードは羽多や真紀の半分以下ほどだろうか。明楽はいともたやすく央の腹へ傷をつけた。

 しかし、その傷は血が蒸発するとともにすぐに癒えてしまった。体が急に発達したこと、この傷に対する回復力、弥撒が言うようにこいつは何か細工を施しているようだ。

 「切っても死なない。ならばどうする。」

 明楽は今までのどの戦闘でも感じたことのない高揚感があった。こんなに勝ちが見えない試合は初めてだ。明楽はこれまで戦いで手を焼いた経験がなかった。村で明楽に叶うものはいなかったし、盗賊や野党もどれも歯ごたえのない相手だった。しかし旅に出て早々にこんなに歯ごたえのある相手と刀をまみえるとは明楽にとって胸躍るほかなかった。どんなに明楽が切りつけても央の体の傷は痂疲となりすぐさま修復する。ついに明楽は央に投げ飛ばされた。背中を強く打ち付けた明楽は強い痛みに呼吸ができなくなるかと思った。ゆっくり立ち上がった明楽をみて、央は勝ちを確信したのか喜びの雄たけびを上げている。

 より低く刀を構えた明楽は太刀を真横に構えた。明楽は奥歯にぐっと力を込めた。

 「治せないほどの傷をつければいいってことだ。」

 明楽の右足が動いた。あっという間に相手のわき腹から腰に掛けて切りつけた明楽は太刀を思いっきり自分の方へ引いた。少し刃先を切りつけたときより斜めに返し剣を引いたおかげで、央の体には斜めに大きな傷がついた。

 そのままドオッと倒れた央の体はプツプツと音を立てゆっくりと再生しようとしていた。しかしあまりの大傷に修復が追いつかないのか央はせき込み血を吐いた。その央の真上に仁王立ちし、明楽は顔の真横に太刀を刺した。

 「なあ、お前。自分の体に何をした。ひどく醜いが、その体の仕組みを教えろ。それに…。」うなる央の首を強く抑えた。

 「あの館にいるのはなんだ。」



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