第9話 動き出す箱舟



 翌朝、弥撒、明楽、多紀、羽多、真紀は速い時間から村の外れに集まっていた。一行を見送ろうと村の皆も集まった。先頭に明菜、村長が立ち一人一人に小さな巾着を渡した。

 明楽たちの村は水晶のとれる洞窟があり、水晶はこの時代神が与える守護と民の繁栄をもたらす鉱物とされ、村でも微量しか取れなかった。しかしこの水晶を狙い、たびたび村へ盗賊がやってくることがあった。村の皆で守り抜いた水晶を旅立つ全員に渡すのは、意味がある。

 「どうか皆無事で。」明菜が目に涙を浮かべながら子供たちの顔を撫で、多紀と抱擁を交わした。

 「いってまいります、母さん。強くなって帰ってくるからあんまり泣かないで。たくさん食べて、姉さんたちと仲良くね。」

 「ありがとう。あなたたちこそお父さんや兄さんをよろしくね。私たちのことは心配せずにどうか無事で…。」

 明菜の後ろに立つ二人の姉は泣くのを堪え勇ましく旅立つ弟たちを見守った。

 五人はついに村を旅立った。


 「さあ、まずは神殿に向けて歩こう。村があるときは村で休むが基本的には野営をする。」

 「野営!いいですね。僕たちは初めてだ、兄さん楽しみだね。」「真紀、はしゃがないほうがいいぞ。野営ということは真夜中に熊や猪などの獣に襲される可能性もある。」

 「羽多、真紀を脅すな。夜眠れなくなったらお前が寝かしつけるんだ。」

 幼い兄弟がパーティーに混じったことでやや騒がしくなったようだ。そんな弥撒をよそに弥撒は少し機嫌が悪いようだった。明楽が弥撒の顔を覗き込んで驚いた。

 「弥撒、なぜそんなに機嫌が悪い。しかも顔が真っ白だぞ。」歩き始めて数キロも歩いていない。弥撒はふう、とため息をついた。

 「どうやら急に成長したため長距離を歩くのに不向きなようだ。ひどく体が重い。」

 「弥撒様、私がおぶりましょうか。」

 「いやいい。神殿までは長い。何か足となるものが必要だな。」

 弥撒は道端の切り株に腰を掛けた。何か思いついたようだ。「明楽、わしとともに寄り道してくれぬか。三人はゆっくり進んでくれ。すぐに追いつけるから。」

 弥撒は明楽に自分をおぶるように言い、そのまま弥撒を見つけた森へ行くように指示した。明楽は弥撒をおぶったまま言われた通り森へ向かった。森へ入ると木々や鳥たちが弥撒の帰りを喜ぶように沸き立っていた。弥撒は森をしばらく進むとそのまま自分を降ろすように頼み、地に立つと一匹の鳥が弥撒の元へ飛んできた。弥撒はその鳥に何か小さく呟き、鳥は飛び立った。

 「今何が起きている。」明楽は大きくなった弥撒をおぶってきていたが息一つ乱れることなく弥撒を見ていた。

 「わしは何年かわからぬくらいの年月をこの森で過ごした。森の者たちがわしの母であり父だ。もちろん動物たちは家族のような存在で、よくわしに話しかけに来た馬がおってな。そいつもこの旅に連れて行こうかと思ったのだ。よく走りよく食べ、いい脚を持つ馬だ。」

 「たしかに弱い弥撒には脚がいるな。今の鳥に呼びに行かせたのか。」

 「明楽もだんだんわしのやることがわかるようになってきたな。」

 しばらく待っていると、馬のかける音がした。二人の目の前には額に小さな角が生えた肌色の馬が現れた。かなり大柄な馬で二人乗っても安定するくらいの体格だ。目は薄い青みがかり、とても美しい馬だ。現れたその馬は弥撒を見つけると一目散に弥撒へすり寄った。「ひさしいな、ラオ。」弥撒は嬉しそうにその馬の頬に自分の頬を当てた。

 「その馬はラオというのか。美しい馬だ。」

 「そう、このラオは馬の中でも珍しくてな、群れではあまり馴染めなかったようだ。よくわしのところへ来てはめそめそと泣いていた。だいぶ大きくなった。」

 弥撒の前にラオが伏せた。そのまま弥撒はラオにまたがった。そして明楽に手を伸ばし後ろにまたがるよう言った。ラオの乗り心地は最高だった。肩や腰回りの筋肉の付き方は一流で、どんなにスピードを出しても乗っている二人が最小限の力でとどまることができた。明楽はあまり馬に乗り慣れていなかった。馬に乗って風に当たり地をかけることがこんなにも楽しいことだとは思わなかった。

 先に進んだ三人にあっという間に追いついたラオと二人は追いついたところで少し休憩を挟むことにした。兄弟が大きな馬に感動し、しきりにラオに乗りたがった。しかしラオは弥撒にしか背中を許さず、弥撒が許さないものには背中を貸さないようだった。

 「このまま神殿に向かうとおそらく一番初めに黄香村という村に着くらしいです。先ほど通りがかった旅商人に聞きました。人口四〇〇〇人ほどの村だそうですが、何やらその商人がいうにはその村には問題があるようです。」

 「問題?」「ええ、商人が商売品を村へ運ぶのですが、その村には大きな門があって門の手前で品のやり取りをするそうです。月に一度程度村へ行くその商人がいうにはこれまで一度も村の住人を見たことがないそうです。我々が訪れたとしても村に滞在できるかどうか…。」

 「ほう。訪人入れずの村か。気になるな、訪ねようか。」弥撒はラオを撫でながら空へ目を向けた。「それに…。」

 皆が弥撒を見た。

 「この先の村には何か嫌なイキモノの気配がする。」

 「蛇女のようなモノノ怪ですか?」兄弟たちが緊張したように聞いた。

 「いや、あれとは種類が違う。しかし村のものではどうにもできない気配だ。邪悪な気とそれに怯える人々の様子がわかる。水登村はこの村との交流はないのか。」

 「私たちの村は水晶を取る村です。水晶を狙って村を襲う輩も少なくなかったためにあまり他の村との交流は持ってきませんでした。」

 「そうか。水晶は高価なものだ。下手に慣れ合って奪われても困るか。

しかし嫌な気配だ。今夜黄香村に泊まろうか。」

 

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