第8話 決意の印


 

 弥撒は明楽の家で寝泊まりしていた。明楽も当たり前のように家に帰るという弥撒をそのまま連れて帰っていた。弥撒は夜になると明楽が弥撒を見つけたときの幼女の姿になる。

 その姿で眠るときは祈りとは異なる子守唄のようなものを口ずさんでいる。その唄がないと休息できないのか小さな声で小さな体を折りたたみ唄いながら眠っている。 しかし朝になると明楽より先に起き、姿を戻している。意識が戻ると姿も戻るようだ。

 宴の翌日、二人は明菜の家に向かった。明菜の息子、羽多(うた)と真紀(しんき)が膝をそろえて弥撒たちを待ち構えていた。明楽は事前に弥撒に二人のことを話したが反応はいまいちな様子だった。

 「弥撒様、よくお越しくださいました。昨日は眠れましたか?」明菜が声をかけると、弥撒が明菜の肩を叩き二人の前に座った。

 「よおく眠れたぞ。明楽の家は草の香が強くて居心地がいい。わしは草木の中で育ったからな、乾いた木や石の香りだけではどうにも眠れん。

 して、そなたが明菜の息子たちか。父に続きわしの家臣になりたいそうだな。」 

 二人の息子たちが首を垂れた。

 「はい、私が上の兄、羽多でございます。こちらが弟の真紀です。私たちは蛇女を討つため五年以上の月日をかけ鍛錬を重ねました。此度の件解決していただき、村の皆は弥撒様のおかげで救われました。われらも父、多紀とともに弥撒様のお手伝いをしたいのです。

 どうか村を離れるときはお側においていただきたいのです。」

 「話は聞いておる。羽多、真紀それぞれいくつだ。」

 「羽多が十二歳、真紀が八歳です。羽多は荷菜の双子の弟になります。」

 「ほお、双子か。してお前たちはどのような武器を使う?」

 二人の兄弟は部屋の奥から武器を持ってきた。兄は弓、弟は指具のようだ。兄の弓はかなり小ぶりで弓の幅が広いもの、そして弟は指に着け、先に針や毒を仕込んで相手と戦う体術メインの武器のようだ。村では男の子達が自分に合う武器を選ぶのだが、それは本人の希望だけで選ぶものではなく、扱う者の成長スピードや体のパーツ、身のこなしなどから選ばれる。兄は視野が広く遠距離に向いた足力のあるタイプ、弟の方は俊敏でスピードがありパワーも持ち合わせるタイプなのだろう。

 弥撒は二人をじっくりと眺めそして一人ずつ自分の近くへと招いた。まずは弟の真紀をそばにこさせ、いきなり真紀の額に自分の額を当てた。真紀は驚いたがそのままじっとしていた。そして次に兄の羽多を呼び同じように額を当てた。羽多は真紀とは違いまっすぐに弥撒の目を見続けていた。二人の目を見て、弥撒は一言言った。

 「わしはお前らの命を守ることはしない。自分たちで強くなれ。」

 その言葉に二人の男の子は嬉しそうに顔を見合わせた。


 「良かったのか。あの二人。」

 明楽が弥撒に聞いた。

 「わしも直接みるまでは連れて行かんと思うとった。だが、あの子らの頭の中には小さな村で燻ぶらせるにはもったいないほどの闘争心や防衛本能が備わっておる。幼いころから本気の殺意とともに鍛錬したせいだろうな。ほっとくと明楽、お前よりも強くなるやもしれん。体術の稽古をつけてやれ。」

 歩きながら話す弥撒は大層機嫌がよく、明楽もなんだか嬉しかった。明菜の息子たちは生まれたときから明楽のことをよく慕っていた。多紀は明菜とは少し年が離れており、二人にとって明楽は父よりは兄に近い存在だった。よく鍛錬にも付き合っていた。明楽は二人が生まれる前村一番の武闘家で村近くに現れる盗賊や野党の始末は全て明楽が行っていた。明楽と明菜の父は村の男衆を率いる武長であった。物心つく頃にはすでに武器を握り父に人の切り方を教わっていた。その父に教え込まれた明楽は同世代の子たちはもちろん、年上の剣士にも負けなくなっていった。父が倒れた後明楽は十四歳で武長を引き継いだ。

しかし明楽はその長の任を、麓未を失った年に自ら退いた。

 明菜の息子達はよく森の中で鍛錬していたらしい。獣と戯れていたせいか、人間同士の鍛錬よりよほど二人の力を急成長させた。

 二人はかつての巫女の血筋を辿り、二人の女性にたどり着いた。弥撒曰く巫女の力はもうほとんどないようだ。二人の女性は老婆の姉妹で、家族は二人以外にはおらず村のはずれで動物を育てて暮らしていた。お互い家族には先立たれ、最終的には住処を共にしたらしい。弥撒が二人と話している間、明楽は家の外で時間を持て余していた。この辺りは村の中心より離れた土地のためのどかで、人の声なども届かない。風も心地よく、明楽はそのまま草原でうとうとまどろみ始めた。

 一時間もたっただろうか。弥撒が明楽を起こしに来た。弥撒はなにやら収穫があった様子だ。

 「おい、わしが話を聞いている間に昼寝か。呑気な奴め。」

 「こんなに昼寝にうってつけなんだ。仕方がないだろう。気持ちよく寝ていたのに乱暴に起こしよって。それで、どうだった?」

 「ああ、あの者たちの頭の中や血筋を調べさせてもらった。やはり腑に落ちんことがある。あの者たちの家系の巫女の力は自然力にまつわる力のため簡単には衰退しない。しかし蛇女が現れる半年前に急に巫女の力が消えたそうだ。そこへ蛇使いなる者が現れ、巫女たちと蛇の仲介をし、蛇女が誕生したようだ。その蛇使いは被り物をしており人なのか獣なのか全くわからなかったそうだ。ただ、交わりの仲介人ということは人でも蛇でもないはずだ。何者かわからん。しかし人とそれ以外のイキモノが通じるには言語が一緒でなくてはならない。言語が違う者同士交わる場合は、麒麟の使者を依頼せねばならない。」

 「麒麟とは神獣の麒麟か。」

 「ああ、麒麟はイキモノの成長に必要な知恵を与え、地で生きる者たちの進化をコントロールする。さらにすべてのイキモノの言語を操りイキモノ同士の橋渡しが可能な神獣だ。」

 「だがその口ぶりだと麒麟は関わっていなかったのだろう?」

 「ああ、そもそもこんな主従関係の生まれる交わりを麒麟が許すとは思えないしな。その仲介人が何者なのか確かめる必要がありそうだ。そしてとても良い情報を得た。」

 「いい情報?」

 「知っているか明楽。この地は縦に長くその中央を割った北側に麒麟がいて、南側に虎獣がいる。そしてその中心部にはそこに相応しいものだけが立ち入れる神獣たちの神殿があるのだ。その神殿はこれまでの地の歴史が全て詰め込まれた遺跡があり、この世の流動を漏れなく理解することができるそうだ。

 ただ、この神殿に立ち入ったものはこれまでに一人しかいない。昔人間が初めて火を使い、争いを起こした時に多くの人が死にヤタ獣の力が弱まったことがある。海獣の力が弱まると海獣が力を得ている源の海の地の底が弱まった海獣を回復しようと無理をする。そうすると地の底は怒りとなり地上に地震として災いをもたらす。その時も同じように地震が起き、あまりに大きな揺れでナギ獣が揺れを抑えるのに二週間はかかったそうだ。揺れ続ける中で人間は争いは無駄なことだと気が付いた。その時に人間を束ねた王、龍人というものがその神殿に踏み入ることを許された。

 もう何百年も前の歴史だがその神殿にたどり着くことができれば今回のような不可解な交わりが起きた理由、また人間に苦しみを与えたがったものが何者なのか分かるかもしれん。」

 「しかしその神殿は選ばれたものしか立ち入れないのだろう。どんな条件であれば入れてもらえるのかわからないのにどうするのだ。」

 「そんなものは手探りでやるしかない。ただ、この地を統べることができれば入れてもらえるだろうとわしは睨んでいるがな。」

 「そんな曖昧な…。」

 「曖昧などではない。そもそもわしの目的は国を統べる事。神殿はそのついでだ。」

 弥撒の目的は明楽にとってなんとも大きいものだ。国を統べるのに何年かかるのだろう。

 今明楽は二十八歳になる。麓未を失い、あの人以上に家族にしたいと思える女性はもう現れないと感じていた。麓未を守れなかった自分を生涯恥じたまま人生の幕を閉じるつもりだった。

 しかし弥撒と出会い、ただの薬師で終わらせることはもう叶わない。弥撒についてこの地の統一を目指すとして、それは明楽がどれほど老いぼれたら叶うのだろう。

 視線を遠くに投げ、何かを考える明楽の様子に弥撒は少し心配そうに「どうした。わしにつくのが怖くなったか?」と聞いた。

 「いや、そうじゃない。俺はこのまま何も成し遂げず小さな村の薬師として人生を終わりにするつもりだった。でもお前が現れた。目標だって叶うはずのないものだ。だが不思議だな。お前に力を見せつけられたせいか、俺も何か成し遂げたくなった。」

 「そうか。ならよい。てっきりお前の表情が暗いものだからついてくるのが嫌になったのかと思ったが。」

 弥撒が少し走り、明楽の前に立った。

 「明楽よ、わしにはわかる。お前は決して幸せとはいえない生の終わりを迎えるだろう。

 この旅はそういうものだ。だがな、麓未の時のような孤独や悲しみ、やりきれない感情はすべて昇華してやろう。お前の最期はわしが必ず側にいて、息が止まるその時まで唄を唄ってやる。お前が安らかに息を止めたら海へ帰してやる。」

 弥撒はしっかりと明楽の目を見据え言い放った。明楽はこの小娘に言われた軽い言葉を否応なく信じ、この瞬間こやつを心の底から信用すると誓った。

 明楽はゆっくりと跪き、片膝をついた。両手はこぶしを作り顔の前で合わせ、首を垂れた。

「われ汐明楽は、主弥撒巫女に己の命すべてを捧げ、何物も恐れず、憎まず、主の命ずる務めの遂行を固く誓う。」

 明楽の誓いの言葉は村に伝わる武の誓いで、長に捧げる言葉だ。弥撒は明楽の合わせた拳に触れ、ゆっくり明楽を立ち上がらせた。

「わしもお前のような信じるにあたいする人間に真っ先に出会えるとは思わなかった。

 お前だけはわしを裏切るな。わしを信じ、ともに人々の平和のために力をあわせよう。」

 二人はお互いをしっかり見つめ、どんなものでも解けない決意の紐を結んだ。


 そこから一週間、弥撒は荷菜の雨降りの舞の指導を、明楽は羽多と真紀を含めた村の男衆に体術、剣術の稽古をつけた。主力の明楽たちが村を出た後も村の安全が守られるよう礎を気づくためだった。

 荷菜は雨巫女としての才を十分に発揮し、村は連日大雨だった。弥撒の指導が四日に差し掛かるころ、次は雨降りの対、日照りの舞の指導に入った。弥撒曰く荷菜にあったのは雨巫女の才だけではなく、日和の才も持ち合わせていたようだ。もともと持っている雨巫女としての才は蛇の力によってより強化された。雨巫女の力が増すことで均衡の関係に当たる日和の才が発現した。

 実は雨を降らせるより、晴天を維持するほうが難しいらしい。何せ大気には雲が常時流れ、雲は風の影響でどこへでも動いてしまう。村はもともと山に囲まれた盆地で一度雲が入り込むとなかなか動かない。しかし日和の才は、雨雲をコントロールする雨巫女の才とは違い、風をコントロールする方法だそうだ。雨雲より風の方がはるかに規模が大きく、荷菜もそちらのコントロールに苦戦していた。

 四日目からは晴れたり、曇ったり、雨が降ったり、天気が安定しなかった。荷菜の苦しんでいる心境が鏡のように天気になった。

 姉が苦しんで頑張っているためだろう。弟たちの成長にも目を見張るものがあった。

 上の兄羽多はもともと弓の扱いに慣れていたのもあって九割九分ターゲットを逃すことがなかった。幅の広い弓はよくしなり、放つパワーも強かった。飛距離は長く、対象に刺さったところでより奥深くまで突き刺さる。弥撒が事前に兄弟の武器に加護印をかけたこともあり兄弟は面白いほどに武器を操った。

 弟の真紀は羽多と同じくらいの体系ながらパワーを持て余し、自分より一回りも二回りも大きな相手を稽古場の端まで吹き飛ばすことができた。

 二人とも褒めるべきことは多いが反面、それぞれ弱点もあった。兄の羽多は繊細な弓使いのため指先に怪我などがあると、的への集中力が顕著に低下した。本人もそこが自分の弱点であることは気が付いている。弟の真紀はパワーはあるものの長距離戦に弱く、距離を取って責められると兄と同じく集中を欠いた。しかし二人の相手をするなかで、明楽はこの兄弟が二人で一つの的を仕留める方法であれば隙がなく勝率は限りなく百に近づく。

 二人はずっとお互いだけを仲間として鍛えてきた。ツーマンセルは二人の十八番だ。

 何をするにもタイミングが合い、一週間が終わるころには二人は勝てない相手が明楽以外にはいなくなった。

「二人とも、いったん休憩しよう。」「ええ、父さん、もう少しだけ。」「いや、もうこれで連続四戦目だ。」多紀はおてんばな息子たちに振り回され疲弊しているようだ。

「二人とも、多紀ばかりいじめるな。次は俺とやろう。多紀は少し休むんだ。無理して動くと怪我をする。」

「ああ、すまない、明楽。」

 ひきつった口角はそのままゆっくりと下がり、多紀は俯いた。蛇の贄になるための蓄えはとうに消え、体つきは硬くがっしりとしたものになっていた。

 たった一週間で体形が変わるほど己を追い込む多紀は息子たちに恥ずかしいところを見せたくないというプライドがあるのだろう。その気持ちは明楽にも十分わかった。

 弥撒が稽古場に入ってきた。村のみんなも弥撒に仕える者たちも一同に礼をした。

「お疲れ様。明楽、話がある。こちらへ来い。」弥撒は何やら只ならぬ様子だ。

「どうかしたのか。」明楽が尋ねると、弥撒は表情がこわばった様子で話し始めた。

「今朝、あの巫女の家系の二人に会いに行った。もうすでに村長には話したが、あの二人の婆の様子が可笑しい。わしらとは会ったこともなく巫女の歴史については何もしらないと言っておる。」

「なんだと。年齢のせいで忘れてしまっているわけではないのか?いや、でもあの二人は毎日欠かさず村へ降りて村の菓子屋でお茶をして話をする習慣があったはず。村の者に最近のあの二人に物忘れがあったか聞いてみよう。」

「それはもう聞いてきた。あの二人にそのような様子はなかったし、わしも実際に彼女らの頭の中を覗いた。

 中を見るとな、少しいじられた形跡があった。記憶をいじられていたのだ。人の記憶というのはその時の風景をかたどって一枚一枚重ねて保存するのだ。しかしあの二人の記憶の中でわしらと会った時の一枚と巫女に関するすべての記憶の項が抜かれていた。記憶は長方形の紙を長い方、短い方交互に重ねるのと同じで記憶の持ち主がすぐにその場面を思い出し、数ある項から取り出して使う。一度使った記憶の項は無くさないように同じ位置に戻す。そのため縦と横が交互になっている。

 わしが、記憶がいじられていることに気が付いたのもそのためだ。」

「記憶を消すというのは本人の意思でできるものなのか。」

「そこが問題でな、人間というのは賢いイキモノで記憶を消そうと思ってもどこかに欠片が残るものなのだ。その欠片は年数が経てば経つほど上書きされ、奥の項へ移動する。

 今回に関しては特に最近経験した記憶だから探すのに時間がかからないはずだ。だがその欠片が見つからず、項もずれている。」

「では何者かによって消されたということか。例えば弥撒のような巫女ならば他人の記憶を消すことは可能なのか。」

「わからん、やったことがないからな。しかしもし誰かが記憶を消したとするならばわしのような特別な加護をうけたものでしかありえん。もしかすると蛇女の交わりの仲介人も記憶を消した何者かがやったのかもしれない。これ以上わしらに情報を渡さないためにあの二人から記憶を抜いたのかもしれん。

明日にはこの村をでよう。その何者かがこの村を自由に行き来できるならばわしらがいることでまた誰かに接触するかもしれぬ。」


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