第7話 災いの予兆と神獣のいい伝え



 「蛇女によりこの村は長年自分の家族を贄とし雨を降らせていた。皆にとってつらく長い年月だっただろう。

 しかし此度皆の仲間であるこやつらの力で蛇女を討つことができた。もう大事な家族を差し出す苦しさや、やっと降った雨を恨む日々は無くなる。一五〇年もの月日の間よく耐え抜いた。

 ここからはこの後起こることについて話そうと思う。皆が今回の苦難をやっとの思いで乗り越えたのはわかっている。乗り越えられた皆だからこそこの先の皆の未来をできるだけ安寧なものにしたい。どうか心乱さずに聞いたほしい。

 近く、数年の間にこの地に大きな災いが起こる。これはわしの巫女の力、予見の目によって確認した未来だ。その災いは個々で立ち向かおうと決して乗り越えられるようなものではない。今回のようなたった一体のモノノ怪を討つ程度、簡単だ。

 しかしこの後起きる災いは皆が今まで経験したことのないような恐ろしいものだ。何が起こるのか詳細はわしもわからん。災いは何年にもわたり地の者たちに血を流させ、大事な物たちがこの世から去るだろう。予見したのはその程度だ。

 そしてわしがこの地に降りたのはそれを食い止めるためだ。わしは皆が知る巫女とは異なる存在だ。ヤサ神より加護を受け、すべての生命に干渉できる。今後わしはヤサ神の巫女としてこの地を統べ、平穏をもたらすことを目的とする。

 して、皆の力が必要な時がやってくるだろう。その時、有無を言わさずわしに力を貸してほしい。わしのために死ねとはいわん。皆の大事な家族を守るために手を貸してほしい。」

 初めはざわついていた。そんな皆の様子に明楽が口を開いた。

「俺からも一言言わせてほしい。今回俺は俺の大事な家族を守りたくて蛇女にたたきを挑んだ。結果ここにいる弥撒の力で無事家族を守ることができた。

 しかしこの一五〇年の間誰もあのモノノ怪を討つことができなかった。今回のように運よく力のある巫女が現れることばかりじゃないってことだ。たとえ巫女の力がなくても自分の家族は自分の力で守れるようにならないといけない。皆で強くなろう。怯えずに生きていこう。」

 弥撒や明楽の静かで強い語りは村の皆の心に雨のように染みたのだろう。皆心したように頷いていた。弥撒は一度目を閉じ、そして膝をついた。弥撒にならい明楽も跪いた。

 村のもの皆に向って最大の礼を施し、気が済んだように「では、飯を喰らおう。」と大声で言った。

 

 気が済むまで食事を楽しんだ弥撒と明楽は、村長の家から少し離れた演舞場に隣接された舞の館に向かった。蛇女の残骸を調査するのと、これまでの村の歴史が収められていると聞きその書物を読みたいと弥撒が言い出したのだ。

 明楽もその館に足を踏み入れるのは初めてだった。これまでの村の歴史とは過去の大きな災いや巫女たちの経歴、村の人々の出生など様々な内容が収めてある。弥撒が何を知りたいのか不明だがどうせ付き人としてそばにいなければならないのだろう、明楽も渋々付き合った。弥撒が書物を読み漁っている間、明楽は刀を振ってみたり、トレーニングをしてみたり、時間を最大限使って暇を持て余していた。 

 弥撒の集中力はすさまじく傍らに読み終わった書物が壁のように積みあがっていた。こまめに片付けないと面倒だと思い、大人しく明楽は書物を棚にしまい始めた。 本を棚にしまっていると一冊の書物の表紙に目が吸い寄せられた。それは明楽が生まれる何年も前に書かれた神獣たちについての書だった。

 明楽の村はヤサ神の洞窟から一番近い村だったため、ヤサ神についての言い伝えは詳しかった。しかしそのほかの神獣についてはおとぎ話のように囁かれているのみで詳しく知らなかった。明楽はその書物を手に取り弥撒の横で読み始めた。

 古くから伝わる神々たちの言い伝えは司獣である麒麟よりもたらされたようだ。神獣の中で唯一人間と接触のあった麒麟は人語を話したという。生命の循環はヤサ獣、ナギ獣、ヤタ獣の順に回っており、ヤサが大きな鰭で生命を生み出し、ナギ獣が一本角で種族を増やし、ヤタ獣が三つの目で生命の終わりを見極め地に返す。地に返った命はまたヤサ獣のいる海へたどり着く。

 この命のやり取りは人間が誕生してから何千年と繰り返されてきた。弥撒の話しだとこのあと数年の間に災いが起き、神獣たちをも揺るがす事態になるのだろう。横で黙々と読書している弥撒に目を向けた。いきなり弥撒が顔を上げ明楽をじっと見た。

 「なんだ。」

「いやな、この書物によると蛇女は村の巫女たちの力が弱まり、雨が降りづらくなって急に表れたようだ。なぜ村の近く、しかもヤサ獣のそばでモノノ怪がここまで強大化したのかがわからん。」

 「モノノ怪というのは何を源に強大化するのだ。」

 「基本的にはモノノ怪というのは存在せん。モノノ怪は種族の違い、血類の違いで生まれるのだ。イキモノにはそれぞれ固有の螺旋があってな、いわゆる血種というものだが、その組み合わせによって人か動物か植物か決まる。しかし螺旋の違う者同士が交わると螺旋がかみ合わなくなる。かみ合わなくなった螺旋を無理やり組み合わせようと本来イキモノが持ち合わせないはずの負の力が働く。そうしてモノノ怪になっていくのだ。」

 「では蛇女は何と何の交わりなのだ。」

 「わからんか。蛇と人だ。巫女が力が出せなくなった頃に蛇と巫女が交わり契約を交わしあの蛇女ができあがった。ただ、この交わりには必要なことがある。第三の種族の立ち合いだ。二つの種族だけでは成立しないはずの交わりがどのようにして蛇と人間を交わらせたのかがわからん。」

 「立ち合った種族がいたというだけではないのか。」

 「それはないはずだ。こういう異種の立ち合いには立ち合ったものにもそれなりのリスクがある。種族同士の歴史や規模にもよってリスクは異なるが今回の蛇と人間では螺旋の構造が全く違うためにもし立ち合った種族がいたとするならば立ち合ったものにも何かしらの異変があったはずだ。しかしわしが見た限りこのあたりの地にそのような異変は感じない。

 まずはこの交わりから調べる必要がありそうだ。」

 「調べるのはいいが、何から始めるのだ。その交わりがあったころに生きていたものはもうこの村にいない。情報を聞くにも相手がいないぞ。」

 「言ったであろう。わしはヤサ神の巫女だ。血筋さえ合っていれば情報を辿るのなんか簡単だ。さっそく明日、村の巫女の家系をあたろう。」

 弥撒は読み拡げた書物を片付けもせず出ていった。明楽は仕方なく弥撒の散らかした書物を片付けた。

 片付けている明楽の元へ明菜が来た。

 「兄さん、今回は本当にありがとう。私と兄さんの悲願が叶ってこんなに心が穏やかなこと初めて。荷菜も村の皆から英雄と言われて、私も多紀もとても誇らしい気持ちでいっぱいだわ。

 一つ、多紀のことなんだけど、多紀は弥撒様の印によって弥撒様にどこまでもついてお守りする役を担うと言っていた。私も多紀の命を救ってくれた弥撒様へ恩を返すにはそれしかいないと思っているわ。でも、家族がばらばらになるのは避けたいの。」

 「俺も弥撒が俺たちをどのように使うかはわからない。しかしあの人は本気で国を統べるつもりでいる。そうなると村を出る日が来るだろうな。」

 「ええ、多紀を一人で行かせるのはどうにも寂しくて。兄さんに相談なのだけど、私たちの子、羽多と真紀の二人を弥撒様の護衛として連れて行ってくれないかしら。」

 「いやでもそれは…。村を出るということは危険な目に遭う可能性も高くなるということだ。二人がいくら男の子とはいえ俺がずっと二人を守り続けることはできない。」

 「ええもちろんわかっているわ。でも今回のモノノ怪を倒すために二人は村の誰よりも鍛錬を重ねてきたし、男なら村でぬくぬく生きるより危険の伴うような武の道を究めたいのよ。私が蛇女にさらわれる前にあの子たちを用意しておいた隠れ家に連れて行ったでしょう?その時あの二人は私を守るために戦いたいと言った。でもどうしても危険な目に遭わせたくなかった私はあの子たちを置いて一人蛇女のところへ帰った。後になって思うと、もしあの時私が死んでしまったらあの二人に申し訳ないことをしたなって。きっと呪って、悔しがって私のいない人生を苦労して生きていくことになったと思うわ。あの後二人と話をしたの。」

 「二人は多紀とともに行きたいと言ったのか。」

 「ええ、父親とともに弥撒様の腕となり武の力を磨きたいと言ったわ。二人は幼いころに聞いたあなたの強さにも憧れたようね。麓未のことがあって剣を握っていないあなたが、今回のことをきっかけにまた剣を握ることになり、自分たちも強くなれると思ったようよ。

 兄さん、兄さんさえよければあの二人を強くしてあげてほしい。命を守ってほしいんじゃないの。自分たちで皆を守れるように育ててほしい。多紀は兄さんより武の力は劣るわ。二人はそんな父親の力になりたいのだと思う。」

 「俺も直接二人と話そう。弥撒にも話を通さないといけない。弥撒は自分の部下は自分で選ぶと言った。もしかすると力ない二人には興味がないかもしれない。」

 「弥撒様と話すなら、私も一緒に。母親としての義務は果たしたいの。」

 

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